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17.人生は選択ミスの連続かもしれない……

(体育祭の運営補助ねぇ……)


 担任であるスフィンクス川島が受け持つ日本史の授業を受けながら、俺は昼休みに周防会長から聞いた話について考えていた。


 要約すると人手が足りないわけでもないが、あるに越したことはないので何かあったら手伝って欲しいとのこと。無論、同好会設立の経緯を考えれば拒否権はなかった。


(つっても基本は学生自治会がどうにでもするだろうし、出番もねぇだろ)


 フラグを立てた直後。チャイムが鳴り、六限が終わる。

 今日はこれで終わりのため、このままHRに移行するのが一年D組の日常だった。


「――さて。貴様らも知っての通り、再来週には体育祭だ。そんなのクラスがいい感じになってそうな秋にやれよ、という主張もあるだろうが受け付けん」


 まぁつまり、〝これをきっかけに仲良くしろよ〟というわけだろう。


「で、だ。今回の体育祭、実を言うとな。かなりの金をかけている」


 真剣な眼差しに俺を含め、クラスの皆が「ほぉ……」と耳を傾けていた。しかし、


「具体的にはD組とA組、2クラス分の焼き肉を全おごり」

「「「……ん?」」」


 一気に話の雲行きが怪しくなり、今度は皆の首が傾く。


「各種目ごと得点を集計し、その合計で敗者がおごる……約七十人前をな。というわけで貴様ら、私の財布と優越感のためにも今年の体育祭必ず勝ちにゆく! よいなッ!?」

「いや金かけてるってそっちかよ」


 俺のツッコミに皆が頷く。担任のスフィンクスは燃え盛っているので本気らしいが。


「当然、手を抜いた者の成績は下がる! テストが満点でも世界史に5はないと思え!」


 ひでぇ。当然この横暴な発言には、さすがに物申す声があった。


「理不尽では?」

「フフ、大人の世界へようこそ――世界史だけに」


 絶対、言いたいだけだろそれ。明らかにそういう表情をしている。

 というかあんたの担当は日本史だろ。やっぱ好きなんじゃねーか、このスフィンクス。


「そう嬉しそうな顔をするでない。私は何も負けたら1にすると言ったわけではないぞ。自分にでき得る範囲の全力で臨めと言っているだけ。そうだろう?」


 嬉しくはない、と恐らくクラスメイトの大半が内心でツッコんだ。


「よいか貴様ら、今を頑張れない人間は明日も頑張れない。そうして大人となった者は、やる理由よりもやらない理由を探し続ける人生を送ることとなるだろう。確かに頑張れば報われるわけではない。だがせめて頑張ったことを言い訳にはせず、それを糧に己を積み上げて前へ進んでゆける人間になって欲しいと私は思っておる」

「「「せ、先生……」」」


 スフィンクスの被り物をしている癖、まともなことをストレートに言われると妙な熱が込み上がってくる。これも一種のヤンキー捨て猫理論の一種だ、間違いない。


「よし、感動したな? 敗者は1だ、覚悟の準備をしておけ――以上」

「「「台無しだよっっっ!!」」」

「というわけで他、何か伝達事項がある者は?」


 担任はスルーして先を促すと、ひとりが挙手をして話し始めた。


「あー、えっとその体育祭実行委員からです。今から横断幕作成のデザイン案募集と出場種目の希望を記入する用紙を配るので明日、書いてもってきてください」

「あくまで希望だ。意味は分かるな?」


 知ってた。それからもう一人の実行委員と共に用紙が配られ、HRは騒々しい雰囲気を保ったまま終了。俺はささっと支度を済ませて教室を出る。すると、


「し、しーちゃんっ! ま、待って一緒に帰ろっ」


 慌ただしく後を追って来た小夏から、階段の踊り場で下校のお誘いを受けた。

 両手を膝につき、肩で息をする姿勢からは焦りのようなものが感じられる。


「けどいいのか、部活」

「ぶ、文化部だからっ。べつに毎日あるわけじゃないよ」

「それもそうか」


 今朝については通話すればいいとして、会長は無断で休んだら怒りそうだなぁ。

 ……まぁ、理由は先輩に考えさせておけばいいだろ。俺が考えるよりは整合性の取れた最もらしいこと思いつくだろうし、無駄に下げたところでその彼女の株も下がるしな。


「じゃ、帰るか」

「うん!」


 *


(――で。この僥倖において、俺は一体どこへ向かうべきか?)


 付き合っている男女が寄り付きやすい場所は人目につくから避けるのはマスト。

 もちろん、渡会先輩と行きそうなところも駄目だ。当然、ス〇バなぞ論外。


 絶対、比較の悪魔にマインドクラッシュされるからな! 現代人は自己中の癖に他人を見ることをやめないから不幸なのだと、ネットや最近の自分を振り返って思う。


 しかしまぁ、こういう時は敵を知らないと対応に困る。今度聞いておかないとな。

 というわけで今回、小夏と放課後デートの場所に選んだのはゲーセンだ。


 理由は単純。渡会先輩は付き合いでソシャゲをやるか、稀に友達の家でスマ○ラをする程度のゲームプレイヤーと見たからである。


 仮にゲーム好きだとしても、タイプは色々だ。家庭用、PC、スマホと同じ趣味なのに話が合わないことはザラに起こりうる。その可能性込みで比較的安全と踏んでいた。


「しーちゃん、ゲーム好きだよね」

「言うてお前も好きだろ? 下手だけど……」


 店内BGMに小夏の「むぅ、否定できないよ!」という声が重なって心地よく響く。

 ともあれどこのゲーセンでも大抵そうだが、入ってすぐにはクレーンがあるものだ。


 取れる景品はぬいぐるみ(ファミリー向け)、お菓子から始まり、もう少し奥に行くとフィギュア(オタク向け)が配置されているのがオーソドックスと思われる。


「あっ、見て見て。しーちゃん、これ可愛い~」


 早速、小夏が目を付けたのはもう見るからにゆるゆるなタコ焼きがデザインされた特大クッション。両手幅くらいのサイズがあり、持って帰る方が大変そうだ。


 脳内で「お前の方が可愛いよ、ぐふふっ」と我ながら最高に気持ち悪い返事をしつつ、カバンを床に置いて意気揚々と百円玉を投入した背中を後方彼氏面で見守る。


「む、む、むぅ……」


 小夏はやや前傾姿勢になってゲームに集中。筐体に反射する両目は視力が悪いわけでもないのに細まっており、それは昔からクレーンゲームをする時の小夏の癖だ。


 変顔に片足突っ込んでいる気もするけど、愛嬌があるから要するにブルドッグ枠。

 でもこういう俺だけが知っている表情は、どんどん渡会先輩に――


「――――っ!」


 ……あ、危ない危ない。危うく自発的に心停止するところだったんだがッ!?

 記憶も少し飛んでいて小夏がすでに三百円を失ったらしい。許さんぞ、久住春乃ッ!


「むぅう、しーちゃん取れる?」

「とーぜん。まぁ、見てろって」

「うん、見てるよ。頑張って!」


 シャツの袖を軽くまくり、良いとこを確実に見せるつもりで俺は筐体の前に立つ。

 期待の眼差しが心地よいがその分、失敗するわけにはいかない。


 しっかりタコ焼きの状態を観察する。どうやら初期位置の右側中央から真横にスライドして近づいてきているようだ。恐らく掴んで少し落ちるのを繰り返しただろう。


 つまり見た目の割にあのクッションが重いか、アームの力が貧弱の二択。


 こういう時は地道に寄せていくしかないと思われる。別に俺はプロでも特別詳しいわけでもないからな。まぁこれがもし先輩だったら、大金をつぎ込んだフリから始めそうだ。

 速攻で店員の甘さを引き出して、いかに楽をするかを考える。うん、やるな絶対。


「お」

「あっ!」


 そうこうするうち、アームがタコ焼きを持ち上げる。しかもアームがタグに少し掛ったのか、すぐには落ちなかった――が、しかしそう都合よくはいかない。


「あぁっ、惜しい!」


 落ちた。とはいえ大きな前進だ。獲得口を取り囲む壁にナナメで引っかかっている。

 俺はすぐに百円を投入。なにせこうなれば端を持ち上げ、上手く滑らせれば――


「わぁっ、しーちゃんすごい!」


 取れる。正直、こんなに早く成功するとは思わなかったが、これも日頃の行い!


「もうちょっと掛かると思ったんだけどな。ほい」

「可愛い~。部屋のどこに置こうかなぁ~」


 だからお前の方が可愛いんだって! この笑顔が二百円で見られるなんてちょっと安くない? お得じゃない? 店員さんが汚物を見る目だけど気持ち良くなっちゃう!


 んで、その後はレースやガンシューティングでもやろうかと思ったのだけども……


「クレーンゲームがいっぱいだね!」

「だなぁ。いつからゲーセンはクレーン置き場になったんだ?」


 そう、困ったことにほとんどが跡形もなく撤去されていたのだ。

 あ、あれ? もしかして放課後デート先としてゲーセンはかなりミスったのでは?


 そうは思いたくないので、俺たちは何故か残っているバスケの筐体に向かう。

 数分後。根強く残っている理由の全てを、俺はすぐに理解した。つまり、


「ふっ、ふ!」たゆんたゆんっ。

「ふ、ふっ!」たゆん! たゆんたゆんっ!


 球が宙へ放られる度。寄せては返す波のように、大きく滑らかにそれは揺れていた。

 なるほどな! これはさすがに口角がたわまずにはいられないな!


 さらに程よく汗と女子高生の匂いが交わり、鼻呼吸をするだけで幸せいっぱいになれる情けない生き物にしてくれる。はわぁ~、今ならNTR以外何でも許せる気がすりゅ!


「――ふぐぉあっ!?」


 突如、顔面に痛みが走った。な、何だ! そうか、全部入学前から続く夢だった!?

 混乱しつつ現実を直視すると、両手でボールを持つ小夏が明らかにむくれていた。


「むぅ、ちゃんと勝負してくれないと怒るよ、しーちゃん」

「ご、ごめんって……」

「ふんっ」


 可愛い。それから小夏がぷりぷりと急ぐのは、二階にある一人用の音ゲーだった。

 ゲーセンで唯一と言っていい、小夏の独壇場である。マイ手袋とかをちゃんと用意しているくらいのやる気に満ちており、対する俺はちっとも上手くなかった。


 小夏が少し怒っていることもあって、ここは大人しくソロゲーマーたちに後方彼氏面でドヤ顔を決めておくに限る。いつ如何なる場合も、精神攻撃は基本中の基本だからな!


(しかし、相変わらず上手いな……普段あの反射神経はどこで寝てんだ)


 ともあれすることもないので俺は周囲を警戒する。というのも小学校高学年の時、背後から小夏を触ろうとする変態に何度も遭遇したことがあるから心配だった。

 物理と店員召喚で抵抗したり、女装で心を折ったのもいい思い出ではあるがなぁ。


(……ん?)


 壁にもたれ掛かりながら腕組んで偉そうにしていると、ある存在に気づいた。

 いやこの場合、気づいてしまったと表現するのが正しいかもしれない。


(……おい、ふざけんな。あれ、今朝の先輩じゃねぇか?)


 尾行である。つまりもう完全に集団ストーカーからロックオンされてねぇか、これ。

 俺の視線を察知したのか、サッと隠れる。甘いな、今さら隠れてももう遅い!


(まずいな。可能性は頭の片隅にありはしたけど、展開が早いぞ)


 さすがに送り届けてから帰った方がいいだろう。ひとりで帰らせたら絶対、絡んでくるだろあれ。しれっと家にお邪魔したかったけど、無理じゃねぇかこのバカ野郎ォッ!


 なんにせよ愚痴ばかり漏らしても埒が明かない。行動するなら早い方が良いだろう。

 俺は小夏が何曲目かのプレイを終えたタイミングで、かなり突拍子もなく切り出した。


「まぁ、今日はこんなもんだろ。そろそろ帰ろーぜ」

「……え。な、なんで。もう?」


 ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ! どぉぢでなのォオッ!

 遊び足りないという感じがひしひしと伝わってくる。俺だって一緒にいだいッ。

 でもここは小夏のことを思うと引かざるを、諦めざるを得ない。苦渋の決断だ。


「ほら、今朝のこともあるしさ。学校のやつに見られたら問題あるだろ、色々」

「……………………先輩は今、関係ないと思う」

「へ?」

「ぇ、あ……な、何でもない。うんっ! そ、そうだね。帰ろっか。えへへ」


 こ、小夏が俺に。お、お俺に愛想笑い? それ以上聞かないで。の意味を含んだアイソワライ? 間違いなく断言できる。失敗した失敗した失敗したしぱぱぱぱ、あぱっ。

 そして行き場のない失意と絶望の中、俺は小夏と静かに帰宅するハメになった。


 *


「なにそれ」


 翌日。二限の数学が終わったばかりの小休憩。

 一息をついた俺のところに、タブレット端末を持ってやって来たのは飾森だった。


「ちょっとイラストを描いてみたのだけれど」

「ははん、そういうこと。どれどれ、俺の審美眼で採点してや――……エッ」


 手に取り、目にした瞬間。表示された0と1の羅列に意識が飛びかける。


 それは河川敷にある橋の下で、制服姿のまま交わる男女だった。そ、それも渡会先輩と小夏っぽい誰かが描かれたやつ。画面端にはスマホを眺める男子(俺)もぽつんといる。


 LINEの返信でも待ってるのかな? 地面の学生カバンから飛び出たスマホにも通知らしき描き込みあるし! あははっ、芸が細かいなぁっ! しゅごぉおい……。


「どうかしら。絵心があると思わない?」

「うん。人の心は?」

「あ。それ、いらないからあげるわ」

「絵の話っ!? 心の話っ!?」


 もう一秒たりともこんなもので俺のか弱い脳みそを汚染されたくはないので、すかさずタブレットを飾森に突き返す。けど絶対、今日の夢に出てくりゅうう、怖いよぉ……。


「つかこれ本人の許可はっ!? 先輩の方はこれ、確実に取ってないだろっ!」

「姉経由で取ったわ。日頃の行いに感謝ね」

「お、お前の姉ってそういう感じだったかなぁ」


 小夏の方は正直、飾森が上手いこと「モデルにしていいかしら?」「いいよー」と二つ返事で了承してそうなので聞くだけ時間の無駄だと経験則で分かる。


「ねぇ、それより一つ聞いてもいいかしら」

「な、なんだよぉ……どっか行っちゃえよ、お前もぉ……」

「――どうして彼女がいるのに、そんなに慌てているの?」

「ぁ……」


 ヤ、ヤバい。反応を見るのが狙いかっ! なんだよ、俺のこと大好きかよありがとう!

 いやまぁ、けど全て理解した上で傷に塩を塗ってくるタイプだしなぁ……こいつ。

 とにかく何と答えるのが正解だッ!? ……誤魔化すか? 誤魔化すかっ!


「え、あっ……し、知ってるか。蚊は交尾した後に吸血しに来るから人妻なのだ、ぜ?」

「そうね。メスは一生に一度しか交尾をしないから大半のオスは童貞で、一部は最終的に羽化したてのボウフラを狙う拗らせたロリコンに変貌するわ。光源氏もニッコリね」

「…………」


 な、なんか思ってた返しと違って驚いてしまった。

 自分の方が詳しいと思って話題を振ったら足元にも及ばなかったとか、そういう感じ。


「何を黙っているの? MTRさせるわよ」

「なんだそれ」

「看取らせ」

「性癖を開拓しようとするのはやめろ」


 確かに寿命の差が生み出す死別の感動ものはそうかもしれないけどさぁっ!

 やっぱり人間を評価するには、何を言っているかよりも何をしているかの方が重要だ。


「まぁ、あなたの病室にはきっと誰か他の男と来るのでしょうけれど」

「ねぇ、なんでいつの間にか俺が瀕死なの? いや死にかけてるけど。つかそういうのはちょっと思っても心にクるからあえて口にしなかったんだからやめろやめて……」


 そもそもそれって寝取られの亜種というか、ただの追撃で死体蹴りだよな?

 私のせいだよね、ごめんねされた後。彼氏からの連絡で病室を出て逝くやつだよな?


「いいじゃない。どうせ、いつかわ死(・・)――誰かにATMられるのだから」

「し、しどい……」


 辛すぎて泣いちゃった。

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