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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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12 尋問の時間・下

「さて、大雑把な質問にはなるが、先ずはお前達がアークシアへとやって来た理由を聞こうか」


 盗賊団の男は黙して私を睨み付ける。言葉を尽くしてやる必要は最早無く、両側から男を抑えつける兵士に命じて男を跪かせ、その背に鞭を振り下ろした。

 バシッという、非常に痛々しい音が尋問室内に響き渡る。

 服は脱がせていないので、それ程ダメージにはなっていない筈だ。それを考慮した上で、更に五回程鞭を振った。


 歯を食いしばって痛みに耐える男は、呻き声すら上げない。やはり、単なる盗賊ではない。アークシアの豊かさに目を眩ませて侵入した盗賊ならば、拷問紛いの事をされてまで黙ろうとする強い意志など無い筈だ。


「質問を変えよう。何処へ向かっていた?」


「……アークシアの地理など、分からぬわ」


 黙っていると鞭を食らうと思い知ったのか、男は吐き出すようにそう言った。

 嘘の供述は感心しない。鞭を振り下ろす。

 男の纏う麻のシャツに、赤黒い染みが浮かび上がった。蚯蚓腫れの上から更に鞭打たれて、肉が裂け始めたようだ。


 あれだけ領境線を巧みに利用して、ユグフェナの騎士団から逃げおおせて見せておいて、地理など分からぬ等という戯言が通じると思ったのか。


 鞭を左手に持ち替えて、全力を篭めて振り下ろす。肉を叩く音と共に、鞭の先が空気を叩く音が鋭く鳴るのが聞こえた。鎖の当たった部分に一気に裂傷が刻まれ、シャツがみるみるうちに真っ赤に染まった。

 男の歯の隙間から、とうとう呻き声が洩れる。何人かの兵士が顔を顰めるのが見えた。


「ぅ、ぎ、……き、北だ……北を目指していた……」


「北?」


「そ、そうだ。アークシアの東や南は他国への警戒から、強力な軍隊を持つ領ばかりだろうと、北へ……」


 理由はさておき、北へ向かっていたというのは真実味がある。

 ユグフェナ王領とカルディア領の東半分の北には黒の山脈(アモン・ノール)がある。夏といえど、あの山脈を踏破するのは非常に難しい事だ。

 盗賊団の足跡は、最後のジューナス辺境伯領への逸脱から戻ると、それまでと一転して村を避けるように北上している。ジューナス辺境伯領から戻ったのは丁度カルディア領の中央辺り、つまり黒の山脈(アモン・ノール)を過ぎた辺りだ。盗賊団は北への最短距離を走ろうとしていた事になる。


 ──随分とアークシアの地理に明るいではないか。


 男の背に、鞭ではなく足を振り下ろす。腫れた背中を体重を掛けて踏み躙る。

 鞭を振られた時の焼けるような鋭い痛みとは全く異なる、継続する苦痛。人は継続する苦痛には酷く弱い。


「うっ……ぐ……!」


 子供に足蹴にされているというのは、それだけで屈辱的だろう。足を振り下ろすたび、男の喉が低く鳴った。


「女達を攫ったのは、何の為だ?」


「村の……位置を、知る為だ……」


「それだけにしては、随分と手酷く扱ったようだが」


 村の位置を聞き出すだけならば、命を脅かされた状況であの村娘達が口を閉ざそうとするとは思えない。


「……若い何人かが、慰み物に……──ッ!!」


 靴の踵をめり込ませるようにして足を振り下ろした。裂けた肉が丁度上手い具合に抉れたのか、男から声にならない悲鳴が上がる。

 痛みに緩急をつけると、苦痛の度合いは跳ね上がるらしい。

 急激に痛みを与え過ぎたのか、男はふっと意識を飛ばした。苦痛が過ぎると、こういう事はたまに起こる。何しろ男は既に二日、精神を削られてからここへ来ているのだ。


「酒を」


 誰でも良いから取ってくれと指示を出すと、部屋の壁際にある机の上に置かれた安酒の瓶を、弾かれたように兵士の一人が引っ掴んだ。

 尋問の異様な空気に呑まれてしまっていたらしい。兵士はぎくしゃくとした動きで私に瓶を差し出す。

 私はその瓶を、男の背の上でひっくり返した。

 酒が血塗れの背中に垂れていく。

 男は絶叫と共に意識を取り戻した。


「尋問を続けよう。その前に、眠気覚ましをくれてやる」


 意識が朦朧とする程、人は思考が働かなくなり嘘が言えなくなっていく。追い詰め、傷付けられれば痛みで人の意識は遠のいていく。

 鞭を振り下ろすと、男の口からははっきりと悲鳴が迸った。




 全員の尋問が終わったのはそれから四日後の事だった。

 折角の情報源を本当に餓死させる訳にも行かず、僅かな食事を与えたが、そうするとより飢餓感に苛まれて憔悴の度合いは大きくなっていく。

 結果として、後半になるほど鞭を振る回数は減っていったものの、普段使わない筋肉でも動かされたのか、流石に上半身に鈍い筋肉痛を感じるようになった。


 父から記憶の根底に刻み込まれた知識を総動員して盗賊団を傷めつけた甲斐あって、情報はかなり引き出せた。

 尋問二周目で新たに出てくる事柄もあるかもしれないが、分かった事は紙に纏め、テレジア伯爵にすぐに報告できるようにしておく。


 ──疑ってはいたが、やはり奴等は単なる盗賊団等ではない。団員の数人には教養が感じられた。アークシアより文化的に劣るデンゼルと言えど、貴族崩れの盗賊が出現する程とは考えられない。

 つまり、奴等の裏側では少なくともデンゼルの貴族か、それ以上が動いている事になる。最初に尋問していた男の「異教徒」という言葉から考えると、何らかの宗教団体の可能性もあるだろう。


 デンゼル公国で信仰されている宗教は、どれもこれもがレヴァと呼ばれる主神と、それに纏わる神々を崇めるものだ。故にそれはアークシアにおけるクシャ教と対比して、レヴァ教と呼ばれている。

 あの男がレヴァ教のどの宗派に信仰を見出しているのかは結局聞き出せずにいるが……それは逆に考えると、盗賊達のアークシアへの侵入にその宗派が絡んでいる可能性が高いという事ではないだろうか。


 次に奴等の目的地である『北』。数日前に散々北方貴族の動きについて警告された事もあり、嫌でもノルドシュテルムを疑ってしまう。

 貴族院で決定した国家的な動きに対して歯止めをかけ、目障りな存在を片付けたい──ノルドシュテルムがいくら高位貴族とはいえ、それが実現不可能な事であるというのは、テレジア伯爵も認めているあたり間違いではないのだろう。

 だが、それは国内だけの情勢を鑑みた場合の話だ。

 ノルドシュテルムが国外の組織と連携を取っているとすると、話は違ってくる。


 確証は無い。だが、警戒はしておくべきだ。


 情報を書き込み終えたメモを机の鍵付きの引き出しに放り込んで、背筋を解すべくぐっと伸びをした。


 筋肉痛の痛みに呻くことになった。

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