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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第三章

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39 エインシュバルク王領伯

 クラウディアと二人、手持ち無沙汰に他愛もない事を話して暇を潰していると、かなりの時間が過ぎていたのか騎士のエルグナードが夕食を誘いに訪ねて来た。

 その頃になると霧雨は薄くなっていて、窓の外の城壁の向こうには晴れ間が見えるようになっていた。カルディア領では黒の山脈(アモン・ノール)に阻まれて日が落ちる時間は早いが、このユグフェナ城砦の東側には大平原が広がっている為、夕食時でもまだ外は十分に明るいようだ。


「部屋の設えにご不満などは無いか、カルディア子爵」


「御座いません。ありがとうございます」


「そうか。カルディア領軍の者達も、与えた部屋をそれぞれ気に入ってくれたようだ。内地の領軍とは思えぬ程よく躾けられた兵士達だな。以前他領の軍を招き入れた時には、初日から騒ぎを起こされて参った」


 気を使っているのか、廊下を歩きながらエルグナードは慣れない様子で何かと話をしてくれている。

 相槌を打ったり適度に話を挟んだりしながら、後ろに付いてくるクラウディアが足取りも軽く上機嫌で男をじっと見詰めているのに気付いた。騎士に特に憧れも思い入れも無いが、彼女に倣ってなんとなくその騎士の男を下からそっと観察してみる。


 年頃はモードン辺境伯よりも上で、ギュンターと同年代か少し若いくらいだろうか。鼻筋の通った精悍な顔立ちで、確かに貴族院で見たエインシュバルク王領伯の面影がある。上背があってがっちりと筋肉の付いた身体はこうして見上げると柱か何かのようだ。

 今日は礼装ではない騎士の装束を着ていて、全体的に黒い。ユグフェナ城砦騎士団に王から与えられた色は黒と銀で、エルグナードは唯一マントに銀糸で騎士団の紋章が刺繍されているのが見えた。


「……黒色の衣装は、引き締まって見えますね」


「ん?ああ。確かにそうだな。毎朝制服に袖を通す時は気が引き締まる」


 私がぼそりと放った独り言のような呟きに、エルグナードは真面目くさった表情でマントを払ってそう答えた。その後ニヤッと笑い、「格好良いだろう」とどこか得意気な声で言う。

 お茶目な人だな、というのがこの男への印象となった。




 そうして貴人用の食堂だ、と通された部屋は、廊下の一画から装飾されていて、王都のテレジア伯爵の家を思い起こさせるものだった。

 床には絨毯が敷かれ、壁には壁紙が掛かり、証明はシャンデリアが灯っている。窓にはベルベット地の見るからに高そうな布をたっぷりと使ったカーテンが掛けられて、無骨な鉄格子の内窓を覆い隠していた。

 食堂の中も、ここが黒鉄の城砦であることを忘れそうになるほど華美に飾られている。目がチカチカしそうだ。シャンデリアを視界に入れるのが嫌になり、出来る限り目を伏せる。


 広い食堂の中央に置かれた長テーブルには既に何人かが着席していて、一番下座の席にはカチコチに固まったギュンターが居る。上座に座っているのは、エインシュバルク王領伯とその息子と思しき男が二人。全員がエルグナードの物と似た黒色の騎士装で、まるで葬式のようだな、などという考えが頭の片隅を過ぎった。

 実際のアークシアの葬式では黒ではなく白い装いをするので、黒服を着るのは前世での葬式の事だが。


「あぁ、よくぞ参られた、カルディア子爵」


 最奥のエインシュバルク王領伯がすっと立ち上がって両腕を広げた。初めてまともに相対した壮年の大騎士の顔には、貴族院で見たような厳しい表情ではなく、エルグナードと良く似た柔らかな微笑が湛えられていた。


「カルディアの勇壮なる五十の兵への感謝として、またその歓迎として、無作法ながらもささやかな食事を用意させて貰った。楽しんで頂ければよいが」


「このような晩餐の席を御用意して頂けて、誠に光栄な事と存じます」


 エインシュバルク王領伯は、まるで出来の良い孫でも見るように柔らかく目を眇める。

 エルグナードが私を彼の左隣に位置する席へと案内し、クラウディアにも椅子を引いて、彼自身が向かい側の末席に着いて漸く食前の赦し乞いが始まった。


「我等が命を長らえるため、食事となった全ての命に我等赦しを乞い願う。クシャの天秤に罪と等価の償いの心が乗せられますように」


 これはまあ、少々堅苦しい「頂きます」のようなものだ。

 城壁を挟んですぐ向こう側に面する隣国ではこれが「神様食事をお恵み下さり誠にありがとうございます」というようになるらしい。その精神は残念ながら前世からずっと理解できないので、隣国に生まれ落ちなくて良かったなとこの祈り文句を言う度にそんな事を思っている。


「赦し乞いをし終えた後で申し訳ないのだが、食事を頂く前に同席の者を紹介させて頂いても良いかな」


「勿論です」 


 私がこくりと頷くと、エインシュバルク王領伯はすぐ隣に座る男を手で指した。髪の色はエルグナードと似ているが少しグレーが混じる、エルグナードよりもよりエインシュバルク王領伯と顔立ちの似た中年頃の男だ。彼は私に向かってそっと目礼した。


「ヴォルマルフだ。最初の息子で、ユグフェナ城砦騎士団の団長を務めている。それから、」


 次席に座る男はどちらかといえば綺麗な顔立ちの男で、エインシュバルク王領伯とそっくりの微笑を浮かべていた。彼だけは身体付きもどちらかといえばやや華奢な方で、他の三人と比べると貧弱そうに思える。


「これは次男のウィーグラフ。騎士団に席を置いてはいるが、あまり武に長けておらぬので、参謀として扱っている。妻に似てあまり厳しい顔立ちをしておらぬから、それほど恐くなかろう?」


 わかりやすく振られた笑いどころに、頬の筋肉が無意識に固まっている事に気がついた。細やかだが隠す気のない気遣いをする親子だ、と通路を歩いた時のエルグナードの様子を思い出して、ほんの少し頬が緩む。


「そっちのはエルグナードだ。私より先にカルディア子爵と言葉を交わしたずるい息子よ」


「ち、父上……」


「冗談だ。テレジア伯爵の育てている子供だと聞いておったから、楽しみにしておったのは本当だがな」


 エインシュバルク王領伯はそう言ってはっはー!と楽しそうに笑った。

 それと同時に口を真一文字に引き結んでいた長男のヴォルマルフがぶふっと噴き出す。ウィーグラフとエルグナードがそれにクスクスと笑った。


 その様子に今度こそ私の頬は完全に緩んだ。クラウディアや緊張に固まっていたギュンターも、いつの間にか相好を崩して笑っている。

 堅物揃いかとなんとなく思っていたエインシュバルク家だが、なかなかどうして和やかな家族である。隣国の侵攻に気を張らねばならない中、悪辣なるカルディアの娘と蔑まれずに済んだことに、私は確かに安堵していた。

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