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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第四部『アプロプリエーション』・序章

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00-3 カルディア家大混乱

「はぁ!?この十日中に赤ん坊用の揺り籠を作れだァ!!?」


 工房の中ではあちこちで鋸が惹かれる音や釘を打つ槌の音がしていて、その雑音に掻き消されないように親方は唸るような大声を上げる。

 ほんの一瞬にも満たない静寂が起こるが、優秀な職人達はその間に話を察して作業スピードを早めたようだった。

 五年前、新たな木工職人としてカールソン領から工房丸ごと移住してきた、総勢六十名の工房は、働き口を求めた村人等が少しづつ増えて今や百人近い人数となっている。


「そうだ!それから寝籠と盥と、衣類などを仕舞う櫃もだ!」


 勢いを増した作業の音に私も大声で叫ぶ。

 ここに来るといつもの事ではあるが、まるで戦場にでも立っているかのような気分になる。いや、そこまで物騒な雰囲気ではないが、人とのやり取りの仕方が完全に会戦の時のそれだ。


「おいおいおい、なんだそりゃなんだそりゃあ!どんな突貫作業だチクショウめ!」


「頼む!」


「頼まれてやるよ!領主様の依頼じゃあ断れねえからな!!」


 繊細な木工品を作るようには見えない、屈強な親方はそう威勢よく答えてくれた。


「助かる!」


「そんで、いったいいつの間に嫁さん貰ったんだ領主様はよう!!」


「──あー、まだ……じゃない、私は一応女だ!」


 反射的にそう叫び返すと、工場中からどっと笑い声が上がる。一応なのかよ!と腹を抱えて大爆笑の親方に、私は工期を三日にしてやろうかと内心で毒吐いた。




 用意するものは他にも山ほどある。


「ベルワイエ、私の移動の支度中に悪いが、王都と領内で乳母を手配して欲しい。賃金は月銀貨15枚までで交渉してくれ。それから王都への移動を三日程早めたい。向こうの家の支度はエリーゼに任せる──ああ、そうだエリーゼ。午前の内にオルテンシオ夫人と共に私の部屋の向かいの空き部屋を人が入れるように整えろ。メイド達を使って、ついでにティーラとメフリにも手伝わせてくれ。……ルカ!悪いがイルジュ村の女達にこの袋を持っていってくれ。頼んだ衣類を縫うための針や糸が入っている。アスラン、領軍基地に伝令。王都へ伴う護衛を五人追加。出来る限り弟や妹がいる者を選ばせるように」


 秘書の仕事を超えて家宰のような扱いになっているベルワイエに必要な手配を指示し、ラトカには今の家の中の支度を行わせ、他にもルカやアスランといった手の空いてる者にあれこれと頼んで動いてもらう。

 元から私の学習院行きの支度で忙しそうだというのに、仕事を大量に追加して申し訳ないとは思うが、必要な事なので仕方が無い。

 

「エリザ様、用意する新しいお部屋の敷物などはどのようなものを?」


「敷物とカーテンはテレジア伯爵が使っていたものを。タペストリーは新調するが、それは後で構わない。調度品の類は既に工房に頼んである。午後には色や形を決めに村の者達が来るので、それまでに頼む」


「分かりました」


 困惑した表情のオルテンシオ夫人は、それでも何も問わずに一礼すると下がって行く。

 やっと一通りの指示を出し終えたか、と一息ついて、しかしすぐに「御館様に話があるんだが……」とエントランスホールへギュンターが入って来た。


「あん?何だこりゃ。アスランに呼ばれて来てみりゃあ、一体何の騒ぎだよこれは。御館様が嫁でも連れてくるのか?」


 中の混乱具合を見るなり工房の親方と同じような事を言うギュンターに、「嫁を取ったのはお前だろうが」と返して流す。

 まあ、確かに今の領主の館内はそう言いたくもなるような様子であった。


 この春は無事目出度く結婚する事になったオスカーとクラウディアのみならず、領軍を纏めるギュンターの結婚式も『これまでの忠節に報いる』という理由でこの館で執り行わせたため、未だ片付けも途中で館の住人は元から忙し過ぎる程に忙しそうだった。ついでに、つい先日新入領民の村の命名式も行っている。エリザのアルトラス読みである、イルジュというおそろしく気恥ずかしい名前がついた。

 そうしてやっと私が王都へ行って少しは落ち着くかと思えば、十日後に発つ王都行きの馬車を二台増やす──当然、その分の中身の支度をする必要がある──という無茶を領主が言い出したので、てんやわんやの大騒ぎとなった。是非も無し。


「ナジェの事を茶化すな」


「ならからかうな。それで、何の用だ?」


「あー、そうだ。哨戒中に御館様に青鳩が届いたのが見えてな。いつもこの時間帯には執務室にはいないだろ?だから教えてやろうと思って」


「鳩だと?」


 それも急ぎの連絡用である青鳩……移動速度だけを言うならば、最も優秀とされる赤色の伝書鳩よりも速い種での連絡とは。


 一体どこから、とすぐに階段を上がって執務室へと入ると、窓際では確かに鮮やかな青い羽の鳩が皿の中の餌を突付いていた。

 そのすぐ側に落ちている封書を拾い──私は目を見開いた。


「……王家の印章!?」


 アークシア貴族ならば誰でも知っている、しかし自分宛の手紙でそれを見る事は一生のうちにあるかないかという、王家の印章が封蝋には刻まれていたのだ。


『カルディア女伯爵に王の勅令あり。拠って急ぎ王宮へ参上せよ』


 慌てて開いた中身は、簡潔も過ぎるその一文のみ。

 思わず手に力が入ってくしゃりと音を立てた手紙を放り捨てると、私は今駆け上がって来た階段を全力で駆け降りた。



「……という訳で、悪いが私は先に王都へ発つ事になった」


 はぁあ!?と混乱の最中にある領主の館の住人達から悲鳴のような声が上がるが、王命には代えられない。


「そ、それは解りましたが……、追加のお支度に関しては、今後どのように進めれば宜しいのでしょうか?」


 この中では最も王命の重要度を正しく理解しているベルワイエは一瞬にして冷静さを取り戻し、私が不在でも滞り無く仕事をするべく、そう指示を仰いでくれる。


「必要な物の用意はオルテンシオ夫人に、用意したものの荷支度は私の荷物と共にベルワイエに任せる」


「私ですか?」


「そうだ。……こうなっては仕方が無い。事情があってなるべく情報を伝えずにいたかったのたが……、今此処に居る者達は私の体の一部だ。お前達からこの話が外へと伝わる筈が無いと信じよう」


 ごく、と誰かが生唾を飲む音がした。

 暗殺等という危険が絡むからには、なるべくはっきりと公にするのはもっと後にしたかったのだが。


「──養子を取ることになった」


「は?」


「だから、養子を取ることになったのだ」


 一瞬の静寂があった。


 そして、はあああ!?!?と今度こそはっきりと、混乱に満ちた悲鳴が上がった。

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