第81話 私のこと忘れちゃいませんかい
「そういえば最近、魔物をよく見ますね」
部活トーキングの中で、ポツリとリミが口にする。以前、テニス部に魔物が現れたことを、思い出しているのだろう。
魔物を初めて目撃した達志としては、あまりわからないが……最近魔物が現れる頻度が、増しているらしい。
それが聞こえたルーアは、なぜかドヤ顔になる。ふっふっふ……と口元に笑みを浮かべて。
「確かにそうですね。しかし、我が魔法にかかれば魔物の一匹や二匹へのへのかっぱっぱ……! 現に、以前部活動中に現れた魔物は、我等部員一同で袋だたき!
その後おいしくいただきました!」
「お前一人の魔法だけでも充分すぎる気がするんだけど。あとやっぱ食うんだ」
ルーアの火属性爆発魔法だけでもオーバーキルだろうに。そこへ、部員一同で袋だたきとは……もはや魔物が不憫だ。
そして魔物を食べるスタイルは、共通らしい。
魔物が現れて、普通ならば怯えるところだが……彼女たちは、食料が迷い込んできた、程度の認識らしい。
末恐ろしいことだ。
「ところで、今の話の流れとは関係のない話をしていいですか?」
「おう、どうした」
「私の体のこと、どう思ってますか?」
それは、唐突だった。
謎の発言。突然の理解不能な言葉に、達志は、いや他のみんなも困惑の表情だ。
過ごして数日が経つが、ルーアのこうした『いきなり発言』は珍しくない。むしろ今回、断りを入れたのでマシだ。
中二病だし仕方ないか、と謎の納得をしていた部分もあるが……それを差し引いても、これは意図のわからない質問だ。
「なに突然。新手の逆セクハラ?」
「ち、違いますよ! なんですか、この、変態!」
顔を真っ赤にして抗議するルーアだが、抗議したいのはこっちだ。この変態野郎。
セクハラ発言をされて困っているのはこっちだというのに、理不尽すぎる。
ルーアの基準がよくわからない。
「まったく……こほん。あのですね、タツは私がサキュバスだってこと、忘れてるんじゃありませんか?」
「……」
本題に入ったルーアの言葉を、達志はただただ黙って聞いていた。
これは、話を黙って聞くという意味の沈黙ではなく……
「え、ルーアってサキュバスだっけ?」
言っている意味がわからない、という意味の沈黙だ。
「案の定の反応! いや、せめて覚えてるって取り繕わないだけになおひどい!」
返ってきた達志の言葉に、ルーアは怒ってみせる。ぷんぷんだ。ぷりぷりだ。ぷりぷりロリだ。
そこで、思い返す。
言われてみれば、初登場……自己紹介された時に、そのようなことを言っていた。気がしないでもないが……
正直今の今まですっかり忘れていた。
ごめんという気持ちが湧かないほどに、清々しく。
「むぅ……」
サキュバスといったらあれだろう、なんかえろい悪魔。その程度の知識はあるが、自分がそうだと言うルーアを、達志は信じていない。
だってそんな素振り全く見せなかったし、このロリボディでそんなこと言われても。
まあ、それはそれで需要あるのかもしれないが。
「まったくタツ! 人の人種を忘れるなんて何事……」
「え、ルーアってサキュバスでしたっけ?」
「え、ルアちんってサキュバスだっけ?」
「ぬがぁあああ!」
追い討ちをかけるかのようなクラスメイトからの言葉。知り合って数日の達志はともかく、クラスメイトにまで忘れられているとは……
「おこなの、ルーア?」
「そりゃあそうですよ! 一体私をなんだと思ってるんですか!」
頭を押さえ、髪を掻きむしっている。おいおい、そんなに激しくすると髪が抜けてしまうぞ。ただでさえ属性盛り盛りなのに、プラスにハゲの属性まで付けてどうするんだ。
ルーアの叫びを聞いた、達志、リミ、ヘラクレスの見解は……
「「「頭の悪いロリっ子中二娘」」」
「ぬぁあああ! なんなんですか、三人で示し合わせたんですか!」
見事にハモった三人の見解に、ルーアの興奮は収まらない。自分が今までそのように見られていた事実に、ルーアは床に膝をつき、うなだれる。
「な、なんてこと……みんなには私が『頭のいい謎のミステリアス美少女サキュバス』として認識されていると思ったのに……!」
どうやら本気でショックだったようだ。そして、そんな夢みたいなことを思っていたとは。
その小さな体がさらに小さくなってしまった姿を見て、達志はルーアの肩を叩く。
慰めの言葉でもくれるのかと、期待するルーア。
「そんなん認識してる奴は一人もいねえよ。そもそも謎とミステリアスの意味が重複してる時点で、頭悪いじゃねえか」
「そんな……!」
追い打ちをかけた。追い打ちに次ぐ追い打ちにより、もうルーアは涙目だ。
ちなみに四つん這いになっているため、後ろにいる男子たがスカートの中を見ようとしている。
それを教えてやるほど、達志は優しくない。
ルーアが突然騒ぎ出したので、クラス中の視線はルーア、そしてその輪の中にいる達志たちにも注がれている。
「なあルーア、みんな見てるしもう少し落ち着いて……」
「落ち着け!? 私の個性の一つを知らないと言われたんですよ!?」
どうにも聞く耳を持ってくれない。
正直ただの人間である達志にしてみればどうでもいいことなのだが。自分の個性とも言えるものを、知らないと言われて……ルーアにはなにかしらのダメージがあったのだろう。
「おいどうした」
「めんどいのが来ちゃった」
騒ぎを聞き付け、現れるマルクス。堅物だけに面倒そうであるが、それがまた口に出てしまっていた。
それを聞いてマルクスは、異論を唱えようと口を開く。
「マルー! マルは私のことわかってくれますよね!?」
「うおう!?」
だがそれは、飛びかかるルーアにより防がれる。いくらロリボディとはいえ、油断していたところにいきなりタックルされては、たまらない。




