第64話 話はこれでおしまい
「はあ、真面目だなあリミは」
ちゃんと怒られたい気持ち。
その気持ちを理解することは、出来ないでもないが、実際にこうして怒られることを望む者を目の前にすると……そんな経験がない達志は、どうすればいいかわからない。
なので……
「ていっ」
「わひゃっ!」
無防備なその額に、デコピンをくらわせてやる。わりと強めに。
すっかり油断していたリミは変な声を出してしまい、恥ずかしそうに口を、そして打たれた額を押さえる。
その間の抜けた表情が、なんだかおかしくて。
「た、タツシ様?」
「ほい。どうよ、痛いか」
「い、痛いですけど……」
わざと眉を寄せ、敢えて怒ってる風を装いながら、リミを見つめる。
その視線を受けたリミは、ぞくっと背筋を伸ばす。結構痛む額を押さえながら、困惑した表情を浮かべる。
「ならその痛みが、リミのやったことに対するバツだ。これでこの話は終わり!」
「いや、でも……」
「うじうじしない! みんないいって言ってんだから、次またあんなことにならないよう気を付ければいいだろ。同じ失敗を繰り返さない、以上!
……それともこのバツで不服だってんなら、リミのこと一週間くらい無視しようか?」
「……不服じゃ、ありません」
この話は終わりだと、無理やり終わらせようとする達志に、リミは不服そうだ。
あんなもので、自分が起こしたことに対するつり合いはとれない。そう、思っているのだろう。
だが、達志が追い打ちの一言。それによりリミは、いやでも黙るしかない。一週間も達志と話せない……いや無視されるなど、それは罰以上の拷問だ。
達志としても、同じ家に住んでいるのだから苦しい脅しだとは思ったが、思ったよりリミには効いたらしい。
まあ、家に帰ったらまた謝罪されたりと、この繰り返しになりそうではあるけど。
「あのー……そろそろいいかな」
話に一応の区切りがついたころ、誰かが挙手する。それは、今までの会話に参加してこなかった人物であり、その声色には若干の躊躇があった。
「あ、悪い。先生のこと忘れてた」
「連れてきといてその言いぐさひどくない!?」
保健室の入り口に立っていた、この保健室の主ともいえる人物。保健教師であるパイア・ヴァンだ。
これまでの会話に参加せず成り行きを見守っていたのは、生徒の自主性をおもんじて……ではない。
単に、会話に混ざるタイミングを逃しただけだ。
「はあ……そうよね、こんなポンコツな教師、いてもいなくても同じ……いえ、むしろいないほうが……」
「わーっと! ごめん先生! 謝るからそんな自棄になるのやめて! すんませんっした!」
本気か冗談か、忘れられていたと突き付けられたパイアは、驚くほどにネガティブ思考になる。
保健室に来るまでの間だけでわかったことなのだが、この教師、どうにも浮き沈みが激しいらしいのだ。
突然テンションが上がったかと思えば、今のように恐ろしくネガティブにもなる。
おちおち冗談も言えやしない。わかっていたことなのだが、つい言ってしまった。達志は、後悔しながら全力に謝る。
さっきまで、リミにうじうじすんなと言っていた人物と同一人物とは思えない。周りの冷めた視線が、突き刺さるようだ。
「タツ、せっかくちょっと決まってたのに台無しです」
「惚れ惚れするくらいに見事な謝罪だな、タツ」
「ぺっ」
「仕方ねえだろ! あと誰だ唾吐きかけた奴!」
かっこつかないのは達志自身もわかっている。でもしょうがないじゃない。
「この先生めんどくさいし」
「うわあー!」
「あ」
また思ったことが口に出てしまった。今度こそ泣いてしまいそうなヴァンパイアをなだめるのに、リミをなだめる以上の時間を使ってしまった。
本当にめんど……個性的な先生である。
「こほん。さて……もう体調は良くなっているようね」
「さっきまでわんわん泣いてたのをなかったことにしようとしてやがる」
先ほどまで、見ているのが恥ずかしくなるくらいに泣いていた、いい歳した大人が今はきりっとして、リミの体を見ている。
白衣を着た姿はなかなかに様になっており、こうして見るとちゃんと保健教師なのだと、実感する。
まあ、白衣を着ているから、そう思えるだけかもしれないのだが。そんなことを言ったらまた泣きそうだ。
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
「いいのよ。これくらいしか私、出来ないんだから。だから怪我したときはいつでも頼って。まあ、怪我はしないのが一番なんだけど……」
「あ、鼻血が……」
「ち、ち、血……きゅうー……」
「うおい!?」
こうして見ていると、頼りになる立派な先生そのものだ。そう思っていた時間を返してほしい。
リミが鼻血を出し、それを見るや、まるで罠にかかった小動物のような声を出しながら、倒れそうになるパイア。
なんとか、踏ん張ったために倒れるのは回避したが、顔色は悪い。
……鼻血で、これなのか。ヴァンパイアなのに、血を見て飲みたくなる衝動が走るとか興奮するでなく、血を見ると倒れそうになるほどに苦手。
その一部始終を、目の前で見てしまった。せっかくかっこついていたのに、それらはすべて台なしだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……ぅ、大丈夫、ですよ」
明らかに大丈夫ではないのだが、それがせめてもの強がりだ。なんとも、弱々しい姿なのだろう。その姿を見て、思うのだ。
……ホント、なぜこの人は保健教師になったのだろうか、と。
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