第58話 ブチギレのリミたん
「あ、やべっ」
回復魔法を取得し、達志を癒やしてくれた幼馴染み。
どうやら、怪我をしていた生徒も治して回っていたようで、その頼もしさに嬉しくなる。
……しかし、どうやら感慨に浸っている暇はないらしい。
安全地帯を作ってくれていた、ヘラクレスの言葉。焦りが混じった言葉と同時に、激しい音がした。
触手や暴走族から、身を守るための土の壁。それが、音を立てて壊れたのだ。
触手が、壁を破壊したのだ。
触手は水だから相性的に不利だったのか、単に力比べに負けただけか。なんにせよ、土の壁を突破された。
「ちょちょちょ!?」
障害物を破壊した触手は、達志に狙いを定める。回復魔法で疲労が回復したが、この距離で、逃げきれる自信はない。
このまま攻められれば、体を串刺しにされて終わりだろう。
そんな最悪なビジョンが浮かぶ中で、触手は達志に襲い掛かる。せめて、由香だけでも……
そうして、由香の体を突き飛ばそうと、体を動かした、その瞬間……
「させません! ていや!」
……瞬間、凍った。
水の触手は見事に凍り、その場で固まって動かなくなってしまったのだ。間一髪、助かった。
それを行ったのは……
「リミ!」
「タツシ様! ようやく見つけました!」
ウサギのようにぴょんぴょん飛び跳ね、達志の目の前に着地する少女、リミだ。
はぐれてしまっていたが、どうやら見つけてくれたらしい。情けない話だが、心強い。
「スゲーなリミ、あの触手が凍っちゃって……」
「いえ、ダメです!」
触手を凍らせたら、動きを封じてしまった。これならば、対処も楽になるのでは……と思った矢先に。
リミは、達志の手を握る。普段なら、自分から繋ぐなんてしないのに。
何事かと思った矢先に、氷が砕け、元の触手に戻ってしまったではないか。
それを見届ける前に、リミは動き出していた。
おかげで一歩早く先に、その場から退くことができたが……リミの氷をも、破壊してしまうとは。
気持ち悪い見た目と、とんでもない破壊力があるようだ。
とにかく今は逃げつつ、体勢を立て直そう。リミもいるんだし、もっとマシなことができるはず……
そう、考えていた最中。
「ヒャッハー!」
そこへ、耳障りな声。正面にはあのトサカゴリラ。
触手に気を取られていたせいか、本人が移動しているなんて思わなかった。そして、トサカゴリラは達志に向かって……
「さんざん馬鹿にしやがって! おらぁ!」
「ぶふ!」
溜め込んだ怒りを吐き出すように、頬に拳を突き立てる。
なかなかに重い一撃だが、耐えられないほどじゃない。なんだったら、目覚めた直後に貰った看護師さんのビンタのほうが効いた。
だが、ダメージはダメージだ。疲労が回復していたため倒れずに済んだが、これ以上醜態は見せられない。
その場で地面を踏みしめ、倒れるのを阻止。これでやられてなるものかと、言葉を返そうとして……
「た、タツシ様! ……お前、今タツシ様を……!」
……頭が、体が、突然の寒さを感知して、震え出した。悪寒が走る、と言うのだろうか……いや、それ以上だ。
雰囲気だけではない、実際に場の気温が、下がったように感じた。このひんやりした空気は、いったい?
その発生源は……リミだ。
「あの、リミ……さむ、寒いんですけど。雪まで降り出したよこれ!」
これは……もしかして、リミは……キレている、のだろうか。
殴られたとはいえ、些細なことだ。しかしリミは、達志が傷つけられたことに、怒っている。
そのリミの気持ちに呼応するように、雪風も強くなっていく。
……場の空気が、変わっていく。
「えっと……まずくね? これ……
リミ……リミさーん? ほら、俺大丈夫だから。殴られただけだからさ!」
急激に辺りの気温が下がったように感じるのは、気のせいではない。
現に、リミの体からは冷気……のような、青白い光が漏れているのが、わかる。
リミを中心に、空気中の気温は低下していく。当然、それは人体にも影響を及ぼし……肌寒さを感じさせる。
……肌寒さで、済むのだろうか。
「む? これは……」
「おや、なんだかひんやり……」
「こ、これはまさかぁー!?」
触手相手に殴り続けていたマルクスが、魔法を撃ちたがりたくてウズウズしていたルーアが、逃げ回っていた生徒の誰かが、口々に体の異変を察知する。
早くも、周りへの影響が出始めたらしい。
遠く離れたマルクスたちでそれなのだ。リミの近くにいる達志は、それはもう肌寒いなんて次元を通り越していふ。
鳥肌は立つは皮膚がふやけるわで、散々だ。
「あの! ちょっと、リミさん!? 俺のために怒ってくれるのは嬉しいんだけど、これ俺にまで……
ってか俺に結構な被害が!」
「あらー、聞こえてねえな。よかったじゃねえかタツ、可愛い女の子にこうまで想ってもらえて」
「想いの結果凍えそうなんだが!? なんでお前平気なの!」
「スライムだから?」
「なるほど、わからん!」
達志のために怒ってくれているのに、その達志に被害が出ているのでは、本末転倒だ。
そしてその達志の声が届かないというのだから、始末に終えない。
直接止めようにも、寒さが増していっているため、近づくことも出来ない。
ならば寒さを感じない、スライムに止めてもらいたい。
「いやー、寒くねえってだけで、動けねえよこれ。タツもそうだろ?」
どうやら、無理らしい。
そもそも、達志が怪我をしただけでこんなにも怒っている。殴られたとはいえ、たいした怪我では……
いや、痛いけど。
それでも、それだけの理由でこんなにも怒っている理由が、達志にはわからない。クラスメイトが傷つけられて怒り心頭なのだろうか。
だとしても……
「心優しいのか鬼畜なのかわかんねぇええ!」
クラスメイトが傷つけられることには敏感なのに、それに対して怒ったときの、周りに対してのリスクが大きすぎる。
それに、気温を変化させるなど、いったいどれほどの力なのであろうか。




