第47話 無口無表情の鉄仮面
リミの魔法は、芸術的だ。
その際、こちらとちらちら見てくるのが気になる。
「まあ、すごいんだけど……何でいちいちこっち見るかね」
その視線に手を上げて応えることで、リミはわかりやすく喜んでいる。
達志のそれは独り言ではなく、隣にいる見学者にも向けられていた。
「わかんねーけど、うらやましい限りだぜタツ。リミ・ディ・ヴァタクシアといやあ、学年どころか校内トップクラスの美少女。
そんな相手から、ああも好意的に接してくれるってんだから」
「へえ……リミって、そんな人気者なんだ」
隣に座るヘラクレスと何気ない会話を交わしながら、視線はリミに向いている。
時折彼女に手を振り応え、他の人たちの様子も見ている、といった具合だ。
「人気者どころか。校内ランキングじゃ入学当初から魔法技術はトップ。今じゃ校内二大美少女の一人だからな。あの容姿だ、当然ってもんよ。
誰とも関わらず、常にクールでミステリアスな雰囲気に惹かれた男は数知れず。数多の男の告白を断り続けた、堅物美少女。一切の容赦なく告白を振る姿はまさに鉄仮面。
さらにファンクラブが存在してた時期もあって、一部にはリミたんの冷たい目がたまんないっていう、コアなファンもいたらしいぜ」
「……そ、そうなんだ。まあ容姿は……ぶっちゃけ可愛いしな。魔法以外ポンコツって話も、ホントか疑ってたが今の光景見たらそれも晴れた。確かに魔法はすごい。
俺は以前のリミは知らないけど……ファンがいるのも頷けるな」
聞くところによると、昔……というか達志と関わるまでは、無口だったというリミ。
その頃の学校での様子はわからないが、容姿だけでも惹かれる異性はたくさんいるだろう。そこに魔法の腕もトップクラスとなれば、ますます人の目は集まる。
だが……達志は知っている。リミは周りが思うほど完璧ではなく、おっちょこちょいであることを。達志は知っている、リミの料理スキルが壊滅的であることを。
あれには、別の意味で胃袋を掴まれた気分だ。
「てか、ファンクラブがあるって……俺大丈夫かな? うぬぼれじゃないけど、ヘラが言うように俺、結構リミと親密なんだけど。闇討ちされたりしない?」
「ちっちっち、違うぜタツ。ファンクラブがある、じゃなくてファンクラブがあった、だ。
ファンクラブは設立されて一か月で、他でもないリミたんに潰されたらしい」
ファンクラブがあるのなら、コアなファンに妙なことでもされてしまうのではないか。現実にそんなことがあるのかはわからないが、実際にないとも限らない。
それを心配した達志だが、どうやらその心配はなさそうだと伝えられる。
潰された、が具体的にどういう意味でなのかは……まあ、物理的な意味でなのだろう。
どうしてファンクラブを潰したのか……理由を聞くのは怖いので、やめておいた。
「思いのほかアグレッシブなのね、リミって」
出来上がったファンクラブを自ら潰すなど、以前にも妙な行動力はあったようだ。
てっきり、ファンクラブを重宝し、ファンの人たち一人一人の名前まで覚えているレベルなのではないかと思っていたが。
実際は全くの逆だったようだ。
現在、人型の氷の彫像を作っているリミ。それがなんだか、達志の姿に似ているような気がする。
「なあヘラ、気のせいかな? なんかさっきから、俺の彫像ばっか出来上がってる気がするんだけど」
「安心していいぜタツ、気のせいなんかじゃなく着実と、タツ型彫像出来上がってるから」
先ほどからリミの動きを確認していたが、どうにも途中から達志型の氷の彫像ばかりを作っている。
精密に、それでいて時間もかけずに作ってしまう技術は素晴らしい。のだが……なんとも恥ずかしい。
自分の姿の彫像など、嬉しさと羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
「実際、あんな彫像作れるのって、すごいの?」
「そもそも、氷っつー複合魔法自体誰にでもできるもんじゃねえからなー」
つまりは、リミの技術は達志には及びもつかない、すごい技術なのだろう。
すごい技術を、自分なんかの彫像を作ることに使っている……と、達志は嘆息する。
「なあタツ。リミたんがああもタツにぞっこんなのって、理由あんだろ?」
「ぞっこんってまだ使われてんだな」
ヘラクレスの疑問は最もであろう。なにしろ、達志の事情はクラスメートに伝わっているが……達志とリミの関係は知らないのだ。
つまり、リミが達志に助けられた少女……という事実は、伏せられている。
客観的に見れば、初めてあったはずの人間に、こうも積極的なのはおかしい。それが、先日まで無表情無口クイーンであったリミならば、なおさらだ。
ぞっこんなどと、そんな言葉が十年後でも使われていたことに突っ込みつつ、達志は一旦口を閉じる。
別に、達志とリミの関係を隠す必要はない。
むしろ、ヘラクレスのような疑問を消すためにも、説明すべきかもしれない。でないと、達志はともかくリミが変な勘繰りをされる。
だが事が事だ。リミ抜きで勝手に話すわけにはいかないだろう。
そう、考えている時……
「ひゃあー。さすが魔法の腕だけはピカ一ですね」
隣に立つ少女、ルーアの存在により思考は中断される。見れば、感心したようにリミの様子を見ているではないか。
今の台詞の「だけ」に若干強調と毒を見たが。
「ピカ一ってまだ使われてんだな。どうしたんだよ、ルーア」
「どうしたって、さっきから人型の、しかも同じ人物の彫像ばかり作られていたら、気にもなりますよ」
言って、後ろを指差す。見ると、ルーアだけでない。ほとんどの生徒がリミに注目しているではないか。ということは、それはつまり……
「恥ずい……」
リミが作っているもの、達志型の彫像が、みんなに見られているのだ。
当の本人である達志にとってはたまったものではない。顔を赤くして手で覆っている。
「自分の彫像作られて、それを見られるとかどんな羞恥プレイだよ!」
「まあまあ。人型の、それもあそこまで精密なものはなかなか作れるもんじゃない。それを同じ人物、違うポージングで複数体とか、誰にでも出来ることじゃない」
「……へー、そうなん……いや待って。それ俺に対してのなんの慰めにもなってなくない?」




