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46,王妃からの招待状〔1〕

 バタバタとしていたある日の夕暮れのことだった。公爵家に王家からのお茶会への招待状が送られてきた。

 それを開封するとほのかに梅が薫り、中には文香(ふみこう)が一枚入っていた。なかなかにくい演出である。文香を見るのもずいぶん久しぶりだ。


 香水はこの世界には普及していて、こういう香り関係のものもいくつか用意されている。なるほど、こういうものもすでにあるのか。

 この世界に臭いに対する関心が全くないわけではなく、しかも体臭をどうにかするのではなくこうしたお洒落なものが作られているのにはどこか救いがあると感じる。


 それにしても、「花ぞ昔の()ににほひける」ではないが、香りから花が、日本の花々が、そしてあの世界が懐かしく感じられる。

 匂いは記憶を一瞬で呼び寄せ、過去の世界にすんなりと忍び込める。キンモクセイの匂いを嗅ぐと、私は初めてキンモクセイを嗅いだ遠い過去の幼稚園の情景がすぐに思い浮かぶ。本当に匂いや香りというのは興味が尽きない。


 さて、その中身は非常に丁寧な筆蹟(ひっせき)で書かれてある。王妃の直筆である。


「茶会か……。ロータス、どう思う?」

「はい、王妃マリア様からですので、お受けするのがいいと思います」

「ああ、そうだな」


 王妃マリアとは、第一王女と第二王子の生母である。私たちソーランド公爵家が陰で支援している。


 そもそもなぜ支援しているかというと、マリア王妃の家がソーランド公爵家と昔からの付き合いがあるからだ。

 先々代の頃はまだ王妃は幼かったが、先代、つまり私の父とは面識も親交もあった。その関係でバカラもマリア王妃とは会っていた。


 30半ばであり、バカラと同年代だが、田中哲朗よりは年下で、バカラは公爵で、相手は王妃で、なんとも面倒くさい設定である。王族にタメ口で話せるほど私の心臓は強くない、はずである。


 今から十数年前の当時のソーランド公爵家は発言力も政治力も他家並にあったので、後見として補佐していた。

 この当時は第二王子派、つまりマリア王妃の支援者は多かったという。まだアベル王子は生まれていなかったが、第一王子派とどっこいどっこいだったろうと言われている。


 ただ、私の両親が馬車で転落して亡くなってから、第一王子派の勢力が増していき、アリーシャと同い年のアベル王子が生まれてからも、その勢力が戻ってくることはなかった。それどころか、あのバーミヤン公爵家が政治の中枢に這い寄ってくることもあって、どんどん第一王子派に流れていった。


 バカラ自身は何度も会ったことがあるが、マリア王妃は元来病弱であり、あまり社交の場には出てこない。それゆえに第一王女と第二王子の立場も弱いのだが、それは誰が悪いわけでもない。

 病弱なのは気力や意思の問題ではないのだから、当人の責任でもなんでもないし、後ろめたく思う必要だってない。あえていえば全ての責任は王妃を病弱に設定した開発者だ。


 ただ、そうは言っても王妃は室内で過ごすことが多い。

 元気だった老人も骨折して入院して動かなくなると一挙に年をとって老け込んでしまう事例はよく聞く話である。

 だから、体力と食生活の問題は考えてもいいのではないかと思い、そういうことをまとめて王妃には進言し、いくつかの健康食、滋養のある食品を提供している。


 以前にも王妃と私的なやりとりをしていた手紙の中にも毒味役が食べ過ぎてしまっていて、と手紙が送られてきたことがあった。

 その毒味役は私が送った物を美味しいと思ったのか、はたまた王妃に嫌がらせをしているだけなのか、どっちもなのか、判然としないところはある。

 だから、毒味役にもわからないように渡している。


「ふむ、覚悟をしておかなければならないな」

「はい、おそらくは」


 ただの茶会ではないだろう。ロータスの予測も私と一致している。

 王妃からの招待状を何度も読み返しながら、作業服姿で目を輝かせてあちこちと動き回るアリーシャの姿を思い浮かべていた。


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