2-① 好奇心は
学園デビュー、というのはそんなに珍しい話でもないらしい。
大体の魔法学園生は、地元の魔法研究所での一律検査の結果を踏まえて、その入学を決める。そして魔法使いは、結構憧れの職業だ。検査は十二歳。調子に乗るなというのが無理な話で、大抵の魔法使いの卵たちは、浮足立ってあの学園の門をくぐる。
これまでの引っ込み思案な自分を変えて、明るく前向きな自分に!
……というのは、全然まともな方で。
中には、とんでもない方向に舵を切る人間もいる。
「風が気持ち良いですわ~!」
「…………」
そもそも、本物の貴族のお嬢様だってこんな風に喋ったのだろうか。荷馬車の荷台で両手足を投げ出したテテリッサを横目に、クーディは、まずそこから疑問に思っている。
テテリッサの提案に、クーディは乗った。
確かに彼女の言う通りだ、と思ったからだ。
融資が受けられない。仕入れの資金がない。そうなると魔法の道具も作れないものだから、店が運営できない。これを解決するための、とても妥当な手段。
自分で素材を取ってくる。
そういうわけで今、クーディは早朝から馬車に乗り、降り、ある森のほとりに辿り着いている。
エークラールの森。
冒険者――道具店に素材を卸すため、フィールドワークを生業とするような人々が、よく訪れる場所だ。
「で、何を探します?」
「俺が決めていいのか?」
そんなに難しい場所ではない、と聞いてはいる。
森は森だが、多くの冒険者が立ち入る場所だ。獣道のようなものはいくらだってあるし、それほど急峻な地形というわけでもない。冒険者を始めたばかりの人間が、肩慣らしに通うような場所。
その入り口で訊ね返せば、ええ、とテテリッサは答えた。
「私は夏休み最後の肩慣らしができればそれで――あっ! 言っておきますが、休み明けの定期考査では私が勝ちますからね!」
びしっ、と指を突き付けてきたりもするけれど、こちらの事情を優先していいならありがたい。
そうか、とクーディは頷いて、
「じゃ、〈ハートグラス〉でも集めるか」
言うと、あからさまにテテリッサは、こういうことを言いたそうな顔をする。
そんなのでいいの?
「エークラールの森はそんなに珍しいものがない……ってのもそうだけど。魔法の道具店の地力は〈万能薬〉の出来に出るしな。まずは何事も基本からだ」
〈ハートグラス〉と〈万能薬〉は、この国で知らない人間はいないほど身近なものだ。
〈ハートグラス〉それ自体は、単なる薬草。けれどそれを元にして作られる〈万能薬〉は、これ一瓶で怪我から腹痛から、何から何まで症状を和らげてしまう。
人類から死という概念を取り除いた不死の霊薬……とまでは言わないが。これ一本で大抵の不調は治ってしまうということで、開発以来人類の友として、長く歴史に寄り添ってくれている。〈ハートグラス〉の葉の形が人の心臓、あるいは心そのものを表す♡の記号として使われているのも有名な話だ。
というわけで、まずはここから。
と伝えると、テテリッサはよし、と頷き、
「私にお任せなさい!」
お任せなさいってお嬢様言葉として合ってるのかな、とクーディは思った。
△ ▼ △
別に、凄まじい危険に襲われるわけでもなかった。
こういう素材の採集作業でまず何が危ないと言って、それはもう、遭難の可能性だ。けれど、エークラールの森は初心者向けというだけあって、地図さえちゃんと読めるなら、まず迷うことはない。
次に地形の難しさ。山道を歩いていると思ったら突然崖に……ということも、獣道を歩いていれば、少なくとも誰かが何度も通ったことのある道だ。多少は険しくとも、突然進退窮まるようなことはない。
そして最後に、野生動物。
実を言うと、一度はイノシシの群れと遭遇した。
が、
「ガウッ!!」
隣にいるクーディの方がビビってしまうくらいの剣幕で、ヴィスタ――テテリッサが連れている、虎の精霊が吠えた。
当然向こうは、ひとたまりもない。ぴゅーっと森の奥に逃げ帰って、それで終わり。むしろ時々行き会う冒険者たちがヴィスタを見てぎょっとするから、こっちの方が危険な野生動物になったような気分だった。
それ以外にも、まあ、そこは流石に初心者の冒険だ。地図を読み違えて行き止まりにかち合ったりもした。けれどそのたび、ヴィスタがクーディのことも背に乗せて、坂を駆け上がってくれたりもする。
というわけで、順風満帆。
店から持ってきた採集用の袋は、すぐにパンパンになった。
「で?」
それを地面に置いて、クーディは訊ねた。
〈ハートグラス〉はそれほど重いものじゃない。けれどそれなりの量を運んだから、流石に疲れてきた。腰をトントンと叩く。
それで、テテリッサに問い掛ける。
「え?」
「なんかあるんだろ。俺を連れてきた理由」
初めから、うっすらと思ってはいた。
そして途中からは、確信に変わった。
確かに、この素材採集にテテリッサの精霊、ヴィスタはよく働いてくれた。けれど『夏休みの成果を試す』ようなことができているかと言ったら、全然そんなことはないと思う。
本当に何かの成果を試したいんだったら、こんな穏やかな場所を選ぶ必要はない。
自分を連れてくる必要もない。
まして、くたくたになるまで働いてもまだ日が高いままなんて、そんなとんでもない早朝に自分を迎えに来た意味もないはず。
「手伝ってもらったしな」
だから先を読んで、クーディは言った。
「なんかあるなら、付き合うけど」
「ふ」
不気味な笑い方を、テテリッサはした。
クーディは思わず後ずさる。けれど彼女はそんなことは気にしない。
「ふふふふふふ……」
不気味に笑いながら、彼女は上着の中に手を突っ込み始める。まるで財布を取り出そうとするのような仕草。ナイフでも出てきたらどうしよう。クーディが不安がるのもそう長いことではない。すぐにその答えが、目の前に現れる。
「見つけたの」
きらきらと輝く目で、彼女はそれを掲げてみせた。
「宝の地図……!」




