Kapitel 2 “Hölder” Szene 2
「皆さんごきげんよう。本日の現代国語の授業を始めます。教科書八十八頁を開いて下さい。昨日でシラー『群盗』は終わりましたね。戯曲は昨日で一旦終わり、今日から一大恋愛長編詩『ヒューペリオン』に入ります。さてそれでは作者、フリードリヒ・ヘルダーリンについて解説しようと思いますがまずはこの作者を知っている方、他の本を読んだことのある生徒がいたら、手を挙げて下さい」
「はい」
「宜しいわヘルタ、では知っている事を、簡潔にね」
「はい、先生。フリードリヒ・ヘルダーリンは、今から丁度二百年前にドイツで人気のあった詩人であり、また哲学者でもありました。彼の学んだテュービンゲン大学では、後の実存哲学に大きな影響を与えるシェリングと共に、神学・哲学を勉強していました。大学卒業の後、彼は定職に就かず、各地で家庭教師をしながら詩作を行ない、その合間を縫って創作活動に励みました。代表作『ヒュペーリオン』『エンペドクレス』をはじめ、多数の賛歌、頌歌を含む詩を執筆したようです。尚、同時期に人気の絶頂であったゲーテやシラーといった大詩人達とは仲が悪く、シュトルム・ウント・ドラングの運動には直接的に関わってはいなかったようです。七十三年の生涯を全うしますが、若くから躁鬱の傾向があり、人生の大半は闘病に費やしたそうです」
「あ、ありがとう、ヘルタ。先生はそこまで聞くつもりもなかったのですが……」
「いえ、簡潔に話したつもりでしたのですが」
表情を崩さずに、凛とした動作で着席する。
着用していたピンクのタイがふわりと翻る。
(まーた、やりやがった)
(やっぱ、アイツちょっと気持ち悪いわ……)
(教師ざまぁwwwwヘルちゃん大勝利wwww)
(ヘルちゃんのストッキングなぞたいよハァハァ)
(ヘルちゃんのうなじペロペロしたいぉっ!ヘルたんに馬乗りされたいおっ、おっ!)
生徒たちの様々な思惑が錯綜する中、ヘルタは錆びついた表情を浮かべている。
(十年前に読んだ本の解説部分を暗唱しただけなのだが……)
隣の生徒に聞こえないよう、空言を呟いた。
この息づく世界にあって彼は余所者
彼処より逐われし過つ魔物
昏き夢想の代物
夢想は好んで難を成し
逃れ得たのは
ひとえに運
ヘルタは頬杖を付きながら、雲ひとつなく澄みわたる、群青の彩をぼんやりと眺めていた。
誰の言葉だろうか、残念ながら慰めにはならなかった。
そつなく学校生活を過ごす上での強制ルーティーンワーク。
男子生徒からの視線を感じつつ、艶やかな女性を目指して、日々立ち振る舞いには気を付けている。
自我を保つ為、愛を感じる最善策。
母の愛を、父の愛が欲しいがために受動的に生きた十八年間に何の利益があったのか。
誰の為に生きてきたのか。
毎日の走り込みを苦にしない男子達、ファーストフード店で先輩との恋愛話にうつつを抜かす女子達。
ヘルタは群れることが出来ない。
幼少期からこの一瞬全てに於いて余すところなく、ヘルタを抱きしめる人間が存在しない。
足早に学校を去り、父からの頼まれ事を果たすために隣町のグレートヒェン大学で教鞭を執るオイタロス教授の家へと向かう。
内緒のたくらみが、ヘルタの憂鬱に一筋の光を差し込む契機へと変貌する。




