Kapitel 1 “Gironde” Szene 3
「……ぷっ、くくくぅ……」
ハンカチを口元にあてがい、はにかみながら笑いを堪えている。
「……な、何を言うのかと思ったら……ま、まさかシュバイニが……そんな事言うとは思わなかったからさっ……ぷくくっ……あ、アハハハハハハハッッ!」
赤子のように我慢をこらえきれずわっと吹き出す。
ほんの数十秒間であったが、伸びやかなアルトの響きは廊下中に響き渡る。
シュバイニの心の中は羞恥心で一杯に膨れ上がる。
(こ、コイツ……人が真面目に話したのによっ…………オレ、何かすっげー、とんでもない事やっちまったのかな……)
打たれ弱い心がズタズタにされる。
「……な、なぁっ……いい加減、オレの話に答えてくれよっ」
「あ、アヒャヒャヒャハハッッ……はぁ、はぁ……ご、ごめんごめんっ。だ、だって、お前、顔真っ赤でこんな事言われたらよ……恥ずかしくなって笑っちまうぜっ」
不機嫌そうな相方の空気を察し、ごめんと小さく呟くと、マグマの様に紅潮した親友の頬をそっと撫でる。
恥ずかしさのあまり、硬直してうつむいたまま泣きそうになるシュバイニの両手を握り締め、申し訳なさそうに話を切り出す。
「……黙っててゴメンな。あのなシュバイニ、実は……オレから、その話を聞いて、オレからヴェルニオー伯爵様の所で働かせてくれませんか?って、申し込んだんだよっ」
「はえっ」
「実はよ、前から思ってたんだけど、オレ、妹のためにも、本気で働きてーなって思っててよっ。オレのおふくろ、そんなに身体が丈夫じゃねーし、妹は今年から小学校に入るしよっ。オレさ……こう見えても、料理とか得意なんだぜっ。だから、丁度良く『アルバイト』として募集してくれてる、伯爵様の話を人伝いで聞いた、ってわけさっ」
「…………」
「それで、電話して、そのまま面接に行ったらよ『合格ウッッッッッ!』とか右手で親指グーサインを出されちまってよ。オレ、何も話してねーのによ……そしたらオレの親について質問されて、学校の事も話さなきゃと思ってよっ。そしたら『是非君を雇いたいッッッ! ん、何だ、君のお母さんが病気だと、よしきた、世界一の敏腕ドクター、ホワイト・ジャックを派遣しよう。おまけに世界一の調剤師、祈祷師も連れてこようじゃないか! 心配は無用、全額私のポケットマネーで出してあげよう。次は学校かね、よし来た、このブランデスの市議有志を集めて、きみに特別奨学金が支給されるよう働きかけよう。なーに心配はいらん、モーマンタイ! いやむしろまわりくどい! この屋敷に超一流の予備校教師を派遣すればよいだけの話ではないか! そして君が名立たるエリート共の鼻っ柱をグシャグシャに折ってしまえばよいだけの話ではないか! 寂しくなったら実家に帰り、お母さんに会うなり同級生といちゃいちゃしてもたまにはいいだろう。但し、ここでの仕事をきっちりとこなしてくれればね。どうだい、私の事を好きになってくれただろう? ここで働きたくなってきただろう?』って言われてさっ。もうオレ、やるしかねーなって」
「やるのかよっ!」
「おう、もう決めたんだぜっ」
「い、いや、ちょっと待ってくれ、えーと……まず、そもそもヴェルニオーって奴……いや、伯爵様って、そんなおしゃべりな人だったの? なんか……奥さんに先立たれてずっと塞ぎこんでる陰気なオッサンだと思ってたけど」
「そんな噂あったのかよ? 全然そんな感じしなかったぜっ。何か恰幅の良いオッサンで、話しててすげー面白くてよっ、『君ブリーフ派、それともトランクス派?』とか真顔で聞いてくんだぜっ! 思わずホントのこと言っちまったけどなっ」
「そそそそそそそれはな、ななななんで…………おかしいだろ…………じゃ、じゃぁ、お母様にも妹にも学校の心配もなくて、その代わりお前がそこで怪しいオッサンとひとつ屋根の下で働く」
「そういうことっ。へへっ、シュバに隠しておくつもりはなかったんだけどなっ。決めたのはつい最近でさ、先生にも話してねーぜっ」




