Kapitel 5 “der Unfall” Szene 6
夕刻六時を回り、辺鄙な街並みから没落の色彩が滲み出す。
伯爵の執務室に戻り、カーペットに脱ぎ捨てられた伯爵の下着と衣類、乾燥した糊のようなものを包んだ紙くずで溢れ返るゴミ箱を手際良く分別する。
社外秘と捺印され、詳細な個人情報が掲載された履歴書が三十枚程、一枚ずつ丁寧にクリアファイルに挟んでいく。
プロマイドに焼き付けられたシワ、シミ、キスマーク等の有無により、伯爵の好感度の良し悪しが非常に分かり易く映し出されている。
「んん、この中で特に狂人に目を付けられたのは、この子だろうか……可哀想に、まだ恋も知らない年代だろう」
試験最中にパニックを起こした受験生の答案用紙の様にふやけた写真には、黒光りした重量上げの選手を思わせる、上半身タンクトップにペンキで汚されたダボダボの作業服の、感じの良いお兄さん、その首元に優しく絡むのは黒とピンクの縞々ニーソックスに黒のホットパンツ姿。
布生地のカチューシャを身に着け、ボーイッシュな髪型に目元がくりっとしているのは分かるが、伯爵の痛い愛情のお陰で顔から胸元に掛けての折り目が一段と酷い。
虎視眈々と狙っていたのか、静寂を突き破る陽気なアメリカン・ポップな着信音が鳴り響く。
“今日から着るのは縞の囚人服
足首には重い鉄の鎖
今日から着るのは縞の囚人服
足首には鎖、俺はもう、おしまい”
「学校法人アカデメイア、第二総務課のエーデルシュタインと申します」
「はいこちら、実は急を要しまして、そちらのアカデメイア学園に勤務のナナ・シーサンという方が、ディンブラン峠の下り道で事故を起こした様で、現在ふもとの病院に移送中です」
「えっ」
「胸骨圧迫による喀血の症状、左腿外転筋打撲による左大腿骨頚部骨折の疑いはありますが、命に別状は無く意識もハッキリとしています」
緊迫感漂う受話器から伝わるノイズに全神経を注ぐ。
「はっ、かしこまりました、すぐにこちらから使いを出させて頂きます」
「ナナ・シーサンさんは『後は全て勤務先のエーデルシュタイン様に処理をお願い致します』との事で。ところで何度も訴えているのですが、事故当事者は一名のみと把握してますので」
「それはどういう意味でしょう」
「『道路に首から叩き付けられた子供がいるんです、見えないんですか人でなし、どうしてエミール様を先に搬送しないのですか!』と強く訴えているのですが、二人乗っていたという形跡がどうも怪しいと申しますか……とにかく一名のみ搬送中ですので。またお電話しますので」




