Kapitel 5 “der Unfall” Szene 3
「ヴィハジ~ラ♪ ピェ~スニュ、ザヴァジ~ラ……アルラ~♪」
聞き慣れない異国の民謡を口ずさみながら、ソプラノとアルトの中間帯を行き来しつつ、上機嫌な様子で長髪にトリートメントマッサージを施している。
身を潜めなければならず、刹那の見切りで姿を垣間見ようとしても、湯水をふんだんに使っているらしく、こんもりとした湯気で少女の姿はぼやけている。
(ううっ、どうしてオレが覗きみてーなコトしなきゃいけねーんだよっ。むしろ堂々としてここを横切ってみれば……ううっ)
洞窟風呂は浴場の中でも一際高温地帯なのは確かなのだろう、大浴場の温度設定は四十二度と表示されている。
(ううっ……み、みずが飲みたい……ってココ、設定四十八度って! これじゃサウナと一緒じゃねーかっっ! くっ、こんなところでオレ、死にたくないっ、死ぬ訳がない、だ、大丈夫だしっかりしろジロンドっ! ここで倒れておふくろを笑いモノにしてーのかっ!!)
彼には背負うものが憑いている。
間断無く吹き出す水分はジロンドの生命力を徐々に蝕む。
「プスチ♪ オン、ゼムリュ、ベリェジョ~ト♪ ラドヌ~ユ♪」
赤髪の吟遊詩人は優雅に丁寧に、毛糸のマフラーを編み込む様にトリートメントを繰り返す。
悦に浸っているのか、一挙手一動作が非常に遅い。
(……ぽーけっとのなーかーにーはー、ビスケットーがーふーたーつ……よーくしーつのなーかーにーは、ジーロンドーがひーとーつ……)
一五分が経過、未だに浴槽にすら入ろうとしない美少女は、背後に潜む窮地に追い込まれた暗殺人が虫の息である事を知る余地も無い。
(一人地球しりとり……バルカンはんとう、ウガンダ、ダウンタウン…………ん、ンガンダ…………おふくろ、もう、末代の恥さらしものだよ……)
「もう良いよ、なっ、お前がよく頑張ってきた事はオレが一番良く知ってる。なっ、オレは言ったじゃねーかっ、オレと二人で仲良く暮らそうぜ、怪しいオッサンの所に嫁ぐ必要なんかねーってさ。誰もお前に無理なんか望んでねーよ。その代わり……まぁアレだ、ジロンドには色々、その、コスプレとかしてもらわねーとなっ、へへ。おいおい家賃タダで住まわそうってんだぜっ、それくらいサービスっつーか、オトコの心意気で一肌脱いでくれねーとよっ。なっ今からでも遅くねーぜ、マジ大歓迎。で、出来ればよ、こ、こんなぱんつ履いて欲しいんだけどよっ……」
(オレ、今からそっちに行ったら、楽になれるかな……)
「ああ、勿論だぜ、オレとお前との約束だかんなっ」
(連れてってくれよっ、あの光の向こう側へっ……)
血流がオーバードライブし、ロウソクが消える間際の最期の灯火。
この身体に大した才能も価値も無く、ただ漫然と過ごしてきた罰だろう。
いいじゃん、ここでヘンタイ扱いされても、アイツなら、こんなオレでも包み込んでくれる。
ペテロは間違いに気付いて、反省して、それから真面目に布教活動に励んだんだ。
おふくろは全力で護る、どんな事があっても。
だから、ごめん、おふくろ……。
「しゅ、しぃませんでしてっ! やだっもうごめんなさいっ! オレもう後ででまくります!」
コニャックに酔いどれた大学生の様に足取り重く、摩擦係数の少ないつるつるの大理石に足をとられ見事なサマーソルトキック。
後頭部を強く打ち付け、天地の境界線がシンクロする。
虚を突かれたヘルタは子鹿の様に振り向くも、即座に状況を理解し、哀れみの情を抱きつつ侮蔑の視線を送り続けるのみだった。




