Kapitel 4 “das Schicksal” Szene 6
「……そしてこれはウジェーヌ=ドラクロワ作『書斎のドンキホーテ』といってだね、書斎のどんよりとした色調と妄想にふける色白のドンキホーテ、陰陽の対比は常に見る者を震え上がらせる。好きな作品ではないがしかし、気になる作品ではあるねぇ。名作とは得てしてこういうものなのだろう」
「へぇ……よくわかんないっすけど、でも怖いなーって思いますっ」
(これをもし売り飛ばしたら、どれくらいのお金になるんだろうなっ……ヘヘッ、ドロボーは嘘つきの始まり、ってね、逆だっけ)
「ふふふ、では次にカラバッジョの作品を……」
バスローブに着替え、右手にワイングラスを持ち歩き、執事を従わせながらコレクションを紹介していく。
執事の無線機がノイズを受信する。
「はい……はい……、分かった。伯爵様、お楽しみの所ではありますが、申し上げます、先程ヘルタ=アルトマイヤー様が到着され、ご面会の準備が整ったとの事です」
「ほほ~、予定より早かったな、皆せっかちだねぇ~そうかねそうかね皆そんなに私に会いたくて仕方ないのかね……。ジロンドちゃん、次はもっと凄いものを見せてあげるからね。では行こうか」
「兼ねてから噂は聞いております、ヴェルニオー伯爵様」
頭を垂れ、片膝を立て、右胸に手を当てる表敬のポーズ。
「むほほっ、これはまたどこかのおとぎの国から飛び出てきたのかな、灼眼の似合うお姫様だ。初めまして、私がヴェルニオー伯爵だ、どうかひとつ、よろちくび!」
有無を言わせぬ圧倒的な権力が世界を支配する。
「ふふ、この屋敷に住む方々はユーモアを大事にされるんですね。初めまして、カールハインツ=アルトマイヤー子爵が長男、ヘルタ=クロムウェル=アルトマイヤーと申します。強引な形にはなりましたが、この館で執事として働かせて頂ける事を光栄に思います。このような格好で……皆さまをどぎまぎさせてしまうかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します。オーチン・ラート・パズナコーミッツァ!」
「いいねぇ~とても良い。君は外国語も話せるんだよね」
「はい、英語とロシア語、あとほんの少しではありますが、クロアチア語も日常会話程度なら」
「いいねぇ~希望溢れる若人がこんな辺鄙な村に来てくれるなんてねぇ、素晴らしいねぇ、しかもこんなどえすないんらんじょ……ウオッホン、皆拍手しようじゃないか、拍手! 盛大なお出迎えだよ、拍手!」
類いまれな美貌への賛嘆と、同性とは似ても似つかぬ容貌への動揺に包まれる。
(なんだコイツ……ヘンタイ、なんじゃねーのかっ……変なストッキング履いてるしよ……)
ケース越しのホッキョクグマを眺めるように、交わりたくもない世界を凝視する。
「そちらのお子さんは、伯爵様の御子息でしょうか?」
(ムッ)
「初めましてっ、執事見習いのジロンド=○○と申しまーっす」
「むほほ、これはこれは運命のカイコウというやつですな! ヘルタ君、ジロンド君、君たちは四月から執事として一緒に働く『オトコノコ同士』なんだよ」
「へっ」
「へぇ……」
殺陣劇の最中に太刀筋を見切ったような目付きを以て、主への回答を求める。
「そういうことですか……ふふ、嬉しいですねぇ、伯爵様も抜け目ないのですね、お目が高い。ジロンドちゃん、ふっつかものですが、どうぞよろしく」
仔ライオンと仔シマウマがじゃれ合うように、残酷な格差を突き付ける小悪魔の微笑み。
「ふ、ふざけんなよっ! おっ、オレは覚悟を決めてここで働くって気持ちでここに来てんだっ。女装とかそんな下らねー事をやりに来たんじゃねーんだっ! おっ、オレは……オレは、ちゃんと真面目にっここでっ」




