Kapitel 4 “das Schicksal” Szene 3
「思ってたよりも涼しい場所なんですね。ひんやりした空気が気持ちいいです……」
後部座席に敷き詰めたダンボール四箱分の勉強用具と衣服をいっぺんに引き出す。
「おやおやジロンド様、これはいけません」
少なく見積もって四十キロ以上の荷物をひょいと右腕一本で引き上げ、筋骨隆々の左肩に淡々と積み重ねていく。
運転時とは見違えるほどの威圧感、直径はおよそ二倍はあるだろう、増強した力こぶに目を見張る。
「この程度の荷物、以前は手首だけで十分だったのですが、私も老いには勝てませぬ……情けない」
「は、はははっ……」
「では行きましょう、伯爵様がお待ちかねです」
数百万キロの航海の果てにようやく帰港する船長、父の無事を祈り続けた幼子。
優雅な街並みの夕焼けを背景に、まばゆい銀波を浴びている。
「長距離の移動はさぞかし疲れたろう、荷物は執事に全て任せて、今日はゆっくり休みなさい」
えんじ色のネクタイとベルトの上に乗った志望群が特徴的。
(このヘアースタイル、一体どれくらいスプレーを使ってんだろーな……)
「いやいやーお疲れ様、待ってたよー。いやー改めて、ヴェルニオーの屋敷へようこそっっっ!」
「あ、どもども、はじめましてっ、ジロンド=○○と申しますっ。あ、あのっ、母さんの事、手術の手配とか入院とか全部やってくれて、本当に本当に、あ、ありがとうございましたっ」
屈伸運動でもしているかのように頭を下げ、今出来る精一杯の感謝を伝える。
「おーう、これこれそんなつまらない挨拶などいらんよ。お母さんや妹さんの事は何も心配しなくていいからね。それにはじめましてじゃないだろう、『こんにちはヴェルニオーさん、慣れない所もありますけど、これからよろしくお願いしますねっ、ぴーすっ☆』でいいんだよ、ジロンドちゃん」
「えっ、そっその、ご、ごめんなさいっ」
「ほれ顔を上げて、執事も紹介するからね」
顔を上げると、玄関先にタキシード姿の大人たちが整然と並んでいる。
「こんにちは、悪役Aです」
「はじめまして、モブキャラです」
「ようこそジロンド君、ナナシノゴンベエです」
「てへぺろ☆スコティッシュブランドのタートルネックを毎日愛用しているモブキャラです」
「坪井エーデルシュタイン皐月。サツキで良い。よろしく」
ジロンドです、○○ですと流れ作業を繰り返す。
「伯爵様、このタイミングで申し訳ありません。以前ブルクハルト様に依頼していた性転換可能の新薬がつい先程開発された、との連絡がつい先程入りました」
「今そんなものどうだって……うーん、うーん」
「治験を兼ねて無料提供との事で、本日中に連絡がなければ他の企業へのサンプルとして提供する、との事です」
「うーん、うーん……あぁサツキ、二週程前だったか……『生理はいやだけどおっぱいほしい』とかツイッガーで呟いたな確か」
かすかに引きつく頬肉。
「みっ…………んんっ、単なる見間違いでありましょう」
「まぁいいわい、少し面白そうな話だのう、ヘリを使って良いからひとつ頂戴してきなさい」
「かしこまりました」
艶やかな黒のポニーテールをなびかせ、敷地裏に隠れるようにそそくさと退散する。
「他の者は晩餐の準備に取り掛かりなさい。私がこの屋敷を案内しよう、ジロンド君、さぁ私の胸に飛び込んできなさい」
「りょ、了解しましたっ……って、な、何を言ってるんですかっ!」




