Kapitel 4 “das Schicksal” Szene 1
真実を話すためには、誠実であるためには、嘘をつくことができなければなりません。嘘をつくことができない存在なら、正直であることも誠実であることもできません_ジャック・デリダ
「もほうっ、こっ、こいつはちょっと、これは……けしからんだろ…………ぐむむ…………」
中世の魔法使いの思わせる、地球の重力に全力で抵抗する多量の黒髪。
獲物を見つけたカマキリのように、わしゃわしゃと動いている。
カッシーナ・エクスシー社特注のリビングテーブルには、外国語で敷き詰められた履歴書がおびただしく散見している。
「伯爵様、本日の十三時よりジロンド=○○様、一六時よりヘルタ=アルトマイヤー様の入居が予定されております」
血色の好い緩んだ微笑を浮かべる伯爵とは対照的に、睨んだように眉間に皺を寄せながら、屹立した姿勢で報告する。
「ふっふっふっ、ふうっ…………く、うっ…………………………う、ぅああ~」
子狐三匹分の毛皮に覆われたソファーにぐったりともたれながら淡い吐息を交え、落ち着きなく身体をよじじらせる。
右手は身体の一部をせわしなく撫で回し、左手に添えた銀髪少年のプロマイドをまじまじと見つめている。
「伯爵様、昨日のストラスブール市議会議員選挙にて無事当選されたオリヴェイラ先生から、直々に電報が届いております」
「あぁ……本当にね、大変だったよねジロンドちゃん……おじちゃんがふがいないばっかりに、こんな辛い暮らしをさせているなんて思ってなくて……ん~♡」
「朗読させて頂きます。『日増しに暖かになりましたが、ヴェルニオー伯爵様はいかがお過ごしでしょうか。昨日の市議会議員にて、私セバスチアン=オリヴェイラは無事トップ当選を果たす事が出来ました。変わらぬ支援活動に心より感謝申し上げます。特に選挙参謀本部に派遣して頂いたサツキ様、彼の決断力と交渉力によりこのような結果がもたらされた事に何の疑いもありません。これからは一議員として市民の為、伯爵様の為に全力で奉仕させて頂きます』」
「ご苦労だったな、サツキ」
とろんとした表情で執事の顔を一瞥し、相槌を打つ。
可憐な執事は嘆息交じりに白のグローブを嵌め直し、眼鏡の縁を押さえながら、訥々とスケジュールの説明を続ける。
「把握した。今月はボーナスを期待しておきなさい、サツキ。そんなことより、彼らとのご対面を午前中に繰り上げて欲しいのだが」
「伯爵様、その件は一昨日も昨日も説明した通りでございます。現場では就業反対の一点張りの親族の方もいたのです。特にアルトマイヤーのおばあ様は、私にいつも罵声を浴びせ、部屋の窓からエアーガンを打ち、終いには塩を浴びせてきた程です。軟禁状態の彼を連れてくるのにどれほどの労力とお金を使ったか……」
「君はよくやってくれている、本当に、頭が下がる思いで一杯だ。じゃあキスしようか」
「伯爵様、既に就業時間内でございます。それでは早速、九時より仕事の依頼が入っております。パンツだけでもお履きになった方が宜しいかと思われます。少々せっかちな方々ですので、予定より早く到着する可能性がございます」
「わかった、パンツ履くから今度、キスしような、な?」
面接指導本に出てきそうな傾き三十度の会釈を下げ、機械的な動作で踵を返し、胸元まで伸びる艶やかな黒髪をなびかせ退場する。
無機質なドアノブの金属音が部屋中に響き渡る。
「可愛いねぇ~やるせないねぇ……」




