Kapitel 3 “Emil” Szene 5
前の怪物の隙を狙う。
夕陽は沈みかけ、空一面には黒い煙の雲が立ちのぼる。
洗熊はジャケットのボタンを外し、アタッシュケースに被せるように脱ぎ捨てる。
「無理です僕には。もう僕は外に出たいだけなんです。貴方の話はよく分かりましたから、はやく、僕をここから出して下さい…………お願いします、兄がいるときにまたその話をして下さい」
「逃げたいの?」
声にならない声を絞り出すも、徐々に確実に恐怖の色彩に覆われていく。
「ダメだよ何考えてるの。世の中のルール無視して生きていこうなんて、そんな悪い事ばっか考えてちゃダメだよ、箱入りだねぇ君は。恨むんならこの国の法律を恨みなさい、オジさんじゃなくてね。素直で愚直で少しばかり貧乏、典型的な下流社会の人間じゃないか。毒には毒を以て制すだよ」
新たな欲望回帰の渦。
「まぁまぁ落ち着きなさい、簡単な話だよ。お兄さん達が身体を壊すまで働く代わり、君が肩代わりすればいい。君が金持ちから搾取すれば良いだけだ。ちょっとだけ特殊な環境で、ちょっとだけ住み込みで働けばいい。ラッキーだったねー、オジさん人脈は相当広いから、君にうってつけの働き口を知っている」
アタッシュケースから透明のファイルを取り出し、数枚のプロマイド写真をエミールに見せた。
銀髪シャギーカットをふわりと揺らめかせ、ロングスカートが際立つクラシカルなメイド服に身を包んだ女性。
睫毛がきらりと長く、ツンツンとした雰囲気を漂わせながら豪華なドレスに身を包み、すらりとしたスタイルの際立せる女性。
「一見美人な女の子だよね、そう思うよね、違うんだ。世界が終わりに近付く中、第三勢力が台頭してきている。彼らは一般的に『オトコノコ』と呼ばれている。因みにこれは社外秘だ」
心ここにあらずの表情を浮かべている。
「はぁ……でもすごくきれいでぜんぜんきもくないから、なんかいいんじゃないですか……すてきないしょうですね」
「オーナーが支給してくれたんだ、オーダーメイドでね」
「おじさん、やっぱりあなたはさいていです。ぼくのようなこどもをいまここで、えたいのしれないばしょにつれていこうとしている。せんたくしなんてない……」
「お兄さん達とお父さんの身の安全は保障しよう。膨大な遺産を持て余した寂しがりの変態伯爵、その程度の人間にお茶を酌むだけの簡単なお仕事。親孝行を考えた事くらいあるだろう、今がチャンスだよ。不憫な人生に別れを告げるチャンスだよ。周りの同級生より一足早く大人になる、それだけの事だ」
「…………あなたはしじょうさいていの、にんげんのくずですね」
顔を紅潮させながら、足元のアタッシュケースを思い切り蹴り飛ばす。
痛みの反動で眼窩に溜め込んだ悔し涙をわっと吹き出す。
安物の絨毯にうずくまり、色あざやかなカチューシャを外し、眼の奥の痛みをじっとこらえている。
「はははそういうこと、君面白いね。歳の割に物分かりの良い方だよ」
こうしてようやく、エミールは丘の上に聳え立つヴェルニオー伯爵様の元で『メイドさん』として働く運びとなった。
エミール自身、今後の運命など知る由もないように、その容貌はヴェルニオー伯爵から寵愛されるのには十分過ぎる程の素養の持ち主であることを彼自身は知るはずもない。
そしてその屋敷では、他の二人の『オトコノコ』との出逢いが待っていた。
二人の兄には継続して仕事が発注されるようになった。
いずれはお客様に可愛がられつつ、愛くるしい笑顔で皆を癒す名物ウエイトレスとして次第にはブランデス内外にその噂を轟かす『オトコノコ』として成長していくのだが、 その話はまた今度の機会にさせて頂くことにしよう。
Verkleiden wir sich!
Kapitel 3 “Emil”
Das Ende.




