第10話「FIRE AFTER FIRE」
先の滝魔との遭遇の後、逃げたガイゼンが廃ビルの屋上で周囲の様子をうかがっている。
先ほど遭遇した暴走族は、集団で一丸となり夜の街を走っている。
自分を探しているのだろうが、先ほどのように多数のチームに分かれて捜索するのならともかく、全員で一つであれば索敵も不十分。
しかも路上を走っているならビルの屋上にいる自分は発見できまいと嘲笑する。
(しかし、あまりゆっくりもしていられぬな)
ガイゼンは思案する。
なぜ、あの程度の暴走族が自分の存在や顔を知っているのか、と。
たまたま情報を掴んだのか?
いや、それよりはIDMが手をまわしたと考えるのが自然だろう。
あの暴走族の構成員はゴミ同然だが、リーダーはそれなりの実力は持っていた。
おそらくあれはIDMの幹部か幹部候補生だ。
それほどの存在が出てきたのであれば、他にも自分を探している幹部連中やその手下が現れていてもおかしくない。
おそらく自由に動けるのは今日まで…ならば今日のうちに現時点で最大の標的である『仲村大輔』を殺しておかねばならない。
その道では有名人である大輔は、調べる気になればいくらでも情報が出てくる。
顔や年齢、経歴はもちろん、居住地、電話番号、果てには乗っている車の車種やナンバーまで。
それらの情報と自分の身体能力を組み合わせればいくらでも追跡できる。
早ければすぐにでも、遅くとも今日中にはかならず発見できるはずだ。
「それにしても、あの程度で幹部だとしたら…。
IDMも私がいた時よりずいぶんとぬるくなったものだな」
先ほど対峙した滝魔…。
ガイゼンは彼を思い出しまた嘲笑うと、夜の闇に紛れて移動を開始した。
さて、ガイゼンがいた廃ビルからそう遠く離れていないモーゼス道場。
立ち上がった慎之介がまた構える。
少しは身体を動かせるくらい回復したものの、ラストライドのダメージは甚大で、もはや先ほどのように自由に飛び跳ねたりすることはできない。
もう、次の一撃に賭けるしかない。
慎之介も自分のタフネスには少々の自信があったが、いくらプロレスラー相手とはいえ、たった一発で自分がここまで窮地に追い込まれるとは、まさか思ってもいなかった。
(さっきの技…ラストライドって言ったっけ。
普通の高校生なら死んでいるんじゃないか)
そう考え、慎之介は少し笑う。
目の前の男、清原快斗は自分より間違いなく強い。
さすがにプロレス界の超新星と言われているだけはある。
それほどの男があれほどの技を使うとは、それだけ自分を認めているという事か。
では、自分はどうだろうか。
『戌閃』をうまく打つことだけを考えて、詩音の言う通り魂を乗せていなかった。
まだ自分にはわからないが、それで違いを出すのが真の戌閃なのだろう。
(しかし、それでこの男に通じるだろうか…?)
もはや自分の体は万全ではない。いや満身創痍と言ってもいい。
呼吸は荒く、足は少しよろめき、利き腕の左拳は先ほどのワンインチパンチの反動で痺れて使い物にならない。
気持ちはともかく身体的にこの状態で万全の『戌閃』が打てるだろうか。
もし打てたとしても、プロレスラーとしての強い矜持…。
『来るとわかっている技では絶対に倒れない』
そんな強い矜持を持つ清原快斗が倒せるだろうか。
…そう考えた慎之介が、最後の手段を思いつく。
快斗はまだ動かない。ダメージは負っているだろうが、慎之介ほどではない。
相手の出方を待っているのだろう。
その姿を見て慎之介は指を差し挑発する。
「さっきの技…ラストライドだっけ?
もう一回仕掛けてみなよ。絶対に破ってやるからさ」
この慎之介の言葉に、会場の全員は仰天する。
何を言っているのだ。その一撃ですでに慎之介は満身創痍ではないか。
もう一発食らえば良くて気絶、悪ければ重傷で入院…。
本当に最悪の場合、『死』さえもあり得る。
快斗も驚愕するが、すぐにフッと笑い慎之介に向かい呟く。
「よう、いいのかよ。下手すれば死ぬぜ」
「あんたさっき僕の攻撃をノーガードで食らっただろ。
そのお返しだよ。つべこべ言わずに仕掛けてこい、この脳筋野郎」
慎之介も負けじと挑発する。
慎之介には何か考えがあるのだろう。
詩音はそう確信するが、それでも心配は拭えない。
万が一のことがあった場合、ここで弟を失っていいのか。
後で何を言われてもやっぱりここで止めるべきではないのか。
そう思案するが…。
「心配するな。もし危なかったら乱入してでも俺が止める。
お前は弟の一世一代の勇気を見守っていてやれ」
と大輔がリングサイドに上りながら詩音に言う。
それを信じて、詩音は慎之介の最後の攻撃を見守った。
さあ、快斗が雄叫びを上げ、慎之介に接近し、その腰を掴む。
そして天高く持ち上げた。
『ラストライド』の準備態勢だ。
このあとはマットに強く叩きつけるのみ。全員が固唾をのんで見守るが…。
(今だ!!)
と慎之介が決意、そのまま胸を抱えるよう膝を引き、次に快斗の首を自由になっている両腿で挟む。
そして自分が振り下ろされる勢いを助力として、自分の体ごと快斗の首を挟んだ両腿を勢いよく後方に振り上げた。
その力と自らが仕掛けたラストライドの勢いに抗えず、快斗は縦に回転し背中から強くマットに叩きつけられる。
「あれは…フランケンシュタイナー!それも、なんてスムーズな形なんだ!」
観戦していたリュウが叫ぶ。
『フランケンシュタイナー』。
両足で相手の首を挟み、そのまま後方に相手を投げ飛ばす高度な身体バランスを用いた技。
己の体重を足を通じて相手の首にかけるため相手は投げられざるをえないと言われ、パワーボム系の返し技にもよく用いられる。
今回、慎之介の体重だけならば快斗は耐えきることもできただろうが、自らのラストライドの勢いもあり、慎之介のフランケンシュタイナーには耐えられず、投げ飛ばされたのだ。
快斗を投げ飛ばした後慎之介はそのまま上に乗って抑え込み、フォール!と叫ぶ。
ハッとした井上が快斗のフォールカウントを取り始めた。
「1!!2!!…」
「うおおおおおっ!!!」
プロレスラーの本能か、快斗が雄叫びを挙げカウント2.8で慎之介を跳ね飛ばす。
そして必死に立ち上がるが…。
密着状態、立ち上がった快斗の不意を突き慎之介が構える。
まずは足に力を込め地を蹴り、腰と肩を瞬間的に回転、痺れて使い物にならない拳の代わりに肘を突き出し…。
「くらえ馬鹿野郎!!」
と叫び、快斗の胸に全力で肘…。
いわば『ワンインチエルボー』とでもいうべき一撃を叩き込んだ。
周囲にゴツッという鈍い低音が響く。
がはっ、と息を吐くと、快斗はそのままゆっくりと倒れこみ…。
リングの上に大の字になった。
快斗はダウンしたまま立ち上がらない。
一時的に気絶しているようだ。
井上がその状態を確認し、命に別状はなさそうなことを判断しながらも…。
すぐに、レフェリーストップを宣言した。
その宣言を聞いて、慎之介もリングの上に倒れ込んだ。
同時にこの場にいた全員が歓喜の声を上げる。
次藤、リュウ、優太が快斗の容態を確認しにリングに上がり、無事を確認した次藤が慎之介に語り掛ける。
「よくやったぞ、天才小僧。きっと快斗もこの先の道を考え直すだろうぜ。
なんといってもプロレス界の超新星が高校生に負けて終わるなんて許されねえ。
俺がぶん殴ってでもそんな道は歩ませねえ」
その言葉に、息も絶え絶えに慎之介が笑顔を浮かべる。
そして、詩音と大輔も駆け寄り、詩音が倒れている慎之介を抱きかかえた。
「よくやった、よくやったぞ慎之介。まさかあんな強いやつに勝つなんて。
母さんもおばあちゃんもきっと喜ぶぞ」
「でも…快斗さんは僕に勝つチャンスは何度もあった。
最初のラストライドの時も、僕が動けなくて場外に逃げた時も…。
最後だって他の技を使われていたら僕は負けていた。
それに最後のラストライドも…最初より勢いが弱かった。
手加減していたんだ。
快斗さんが本気だったら、僕は何回も負けていた…」
「何言ってんだ。お前の行動や選択が快斗をそう動かしただけだ。
つまり満場一致でお前の勝利だ。大いに胸を張れ、慎之介」
慎之介の弱気な言葉に、大輔が笑顔で激励する。
弟分が一世一代の勇気を見せたことが、本当に嬉しかったのだろう。
しかし大輔はすぐに道場の入り口に目を向け、険しい顔でにらみつける。
「詩音…ちょっと慎之介のこと頼んだぞ」
何か不穏な気配を感じた大輔は、リングを下り道場の入口に仁王立ちする。
その後、レフェリーの井上が満足したように頷き、詩音と慎之介に声をかける。
「いやあ、素晴らしい戦いだった。
互いの若さとプライドに想い、そして大技が炸裂した良い試合だったよ。
これほどの真剣勝負はそうそうみられるものではない」
と拍手する。そして言葉を継いでこう言った。
「ところで、二人は姉弟のようだね。
実は、霧神…という姓がずっと引っかかっていたんだ。
どこかで聞いたことがあると思ってね。
…霧神君、もしかして君のお母さん…あるいはその御姉妹は
『雪乃』という名前ではないか?」
「雪乃?霧神雪乃は私たちの母ですが…お知り合いですか?」
詩音のその言葉に、井上は、おお、やっぱりそうか!と嬉しそうに返事をする。
「いやあ懐かしいな、やっぱり雪乃さんの一族、しかもお子さんか!いやあ20年以上前かな。私がもっと若い頃、ちょうど君達くらいの年か。何度か雪乃さんの戦いを見る機会があってね。その美しさ、その華麗さ、その強さに我々もとても見惚れていた。そう、あの方は本当に美しく華麗だった。それでいて気高くてね。そのくせ妙にひょうきんなところもあって…ずっと憧れていたんだ。我々みな、雪乃さんに恋をしていたと言ってもいい。私にとっても過去唯一恋をした女性だ。いろんな意味であの人とは戦いたくない、と雪乃さんと敵だった我々もずっと思っていたよ。どうだい、雪乃さんは息災かい?君たちが子供と言うことはだいぶ昔にご結婚なされたようだね。それを知っていればお祝いを送っていたのに。いやあ、でも雪乃さんは残念ながら私のことなど覚えていないだろうけどね、アッハッハ。いやしかし、君たちのお父上の名前は何というんだい?知っている名前なら複雑だな」
息継ぎもせずによく喋るなあこの人、と思いながら…。
詩音はその言葉の一節に聞き逃せない一言があったのを警戒する。
「母は元気です。今年で44ですが、まだ私たちより強いですよ。
あと、父の名前は宗一です。
婿養子で、霧神宗一…ちなみに父も元気です。
戦いはまったくできませんが」
「宗一さんか…うーん、知らないな。我々とは別業界の人間かな?
まあ雪乃さんが幸せならば私も嬉しいよ」
「ところで、井上さん…一つお聞きしたいのですが。
雪乃と『敵だった我々』とは…どういう意味ですか?」
詩音は護るように倒れた慎之介を抱きかかえ、井上を睨む。
井上は『しまった』という表情して
「あ、いや、それは…」
と弁解するが…。
次の瞬間、モーゼス道場入口の鉄のドアが悲鳴を上げるようにひしゃげ、すぐに轟音を立てて吹き飛ばされる。
全員が驚きそこを見ると、すでにドアを失ったその入口に一人の男が立っていた。
「不用心にも貴様の車が外に止まっていたのが見えてな。
ついに邂逅だな、仲村大輔」
その男の姿に詩音と慎之介が驚愕する。
白髪交じりのオールバック、190cmはありそうな体躯に筋骨隆々《りゅうりゅう》の体つき、人を刺すような禍々《まがまが》しい眼光…。
あれは、そうだ。
不鮮明な写真でしか知らなかったが、いざ目の前にすると間違えようがない男。
あれは…。
「あれは…『ガイゼン』!なぜここに!?
くそっ、みんな気をつけろ!あいつこそが格闘家連続殺人事件の犯人だ!」
と、周囲を見回して井上が叫んだ。
(この人…なぜそれを?
さっきの発言といい、この井上って人は…いったい何者なんだ?)
詩音はそう疑念を深めるも、リングに残っていた全員はより一層警戒を深めるが…。
「心配すんな。このクソヤローはここで俺が斃す!」
と全員を護るように大輔がガイゼンの目の前に立った。
「とうとう会えたな、仲村大輔。貴様を殺すこの時、あえて熟成したこの瞬間…。
楽しみにしていたぞ」
「なんだてめえ、気持ち悪い表現だな。それ、カッコいいと思ってんのか?
まあ人殺しなんて平気でするゴミなんだから気持ち悪くて当然か。
このシロアリ以下のクソ白髪野郎が」
ガイゼンは歓喜の表情をして大きく両手を広げた構えを取り…。
それに応えるように大輔は中指を立てたあと、己のバックボーンである日本拳法と霧神流の合わさった構えを取った。
…詩音同様、なぜ井上がガイゼンを知っているのか、心に疑問を抱きながら。




