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公式に銅銭を鋳造できる鋳銭司の官職につけてもらったよ

 さて、大阪の環境を整えたり、生玉荘の荘園の刈り取り後の脱穀に便利な竹製の千歯扱きを提供したり、大和川の付替などを見に行ったり、日明貿易に関しての助言をしたりしている間に文明3年(1471年)になった。


 今年は細川や山名に銭を無心しなくても宮廷祭祀用の費用はほとんどまかなえた。


「脱穀の際には竹製の千歯こきも活躍したし、京の都もだいぶ復興してきたし、堺に換わって大阪も発展してきたしまあとりあえずは順調だよな」


 大道寺重時は苦笑しながら言った。


「まあ戦火に巻き込まれたり、大和川の付替えで、大和川経由で淀川から京へ直接荷物を運べなくなったことで堺が落ちぶれたしな。

 そういったことまで考えてやったんだろう」


「まあな、堺の商人はほおって置けばろくなことをしない連中でもあるし」


 まあこれは堺から大阪へ逃げてきた商人により商いの規模がでかくなったり、塩を自分たちで生産できるようになったりしたのもでかいけど。


 俺は近衛政家、日野勝光、正親町三条実躬などを通じて、俺を朝廷において正式に銭を鋳造する官職である鋳銭司に押してもらうように働きかけた。


「商人共に銭を鋳造させると粗悪な銭が出回ります。

 ですのでそれと関係ない俺に銭を鋳造させる権限を与えてほしいのです」


「ふむ、たしかに堺銭はろくなものではないときくな」


「はい、そのとおりです」


 この時代は博多、堺、鎌倉などで銭を鋳造している。


 だが博多のものの品質はあまり良くなく、堺のものはさらに輪をかけて品質が悪いのだが、それでも使わざるをえないほど銭の量は足りていない。


 その質の悪さは大内氏が1485年に出した撰銭令で、洪武銭や欠除が甚だしい大かけ銭、大きなひびの入った大ひびき銭、大きさを合わせるために打ちつぶれた打ひらめ銭等のいわゆる鐚銭とともにはっきり堺銭は使用してはならないと断言されているくらいだから間違いないが、銅を減らして鉛を大量に混ぜ込んでいる上に小さくて薄いのだから当然だ。


 もっとも1300年代前半の日本でも渡来銭をまねた島銭と呼ばれるものはすでに鋳造されていて、悪銭が増えたため、「撰銭」が行われるようになるのだが、これは元が銅銭を鋳造しないで紙幣を使っていため銅銭が入ってこなくなった事が大きい。


そして1411年から1432年にかけて明と一時国交断絶したことでも銅銭が入らなくなっていて、明銭が鐚銭扱いされたりしたこともあり、まともな銭の割合はかなり低下してしまっていた。


 もともと朝廷が皇朝十二銭と言われる銅銭を鋳造していた時期があったが、だんだん粗悪なものとなっていったにもかかわらず、額面上の価値だけはでかくしたためハイパーインフレとなってしまい、完全に信用を失ったことで平安時代には布を基準とした物々交換に逆戻りしてしまい、平清盛が南宋から銅銭を大量に輸入したことで、鎌倉時代には銅銭が広く使われるようになった。


 鎌倉幕府は武士による地方政権でしかなかったので銅銭を鋳造するというようなことは出来なかった。


 しかし元は紙幣を基本通貨とし、銅銭の使用を禁止したので一時的に、余った銅銭が、日本に流れ込んできたがそのうち入ってこなくなった。


 足利義満が南北朝を統一、公武合体も行い事実上日本の最高権力を獲得した。


 このとき足利義満には「中国の新王朝である明との貿易で銅銭を輸入すること」とともに「新たに国産の銅銭を鋳造すること」もできた。


 実際平安初期には銅が枯渇したが、室町時代には採掘技術や製錬技術の進歩によって中国へ輸出できるほどに銅の量は確保出来ていたのだから自前での銅銭の鋳造自体は可能だった。


 だが、日本での朝廷発行の銅銭の信用喪失の問題は未だ根強く、ここで新たな貨幣をつくっても、国内をようやく統一したばかりの室町幕府では信用が十分でない上に、明との貿易で宋銭を手に入れれば国内の銭不足を確実に解消でき、しかも中国の王朝が作ったということで信用も十分なものを比較的安価に手に入れられることもあって銅銭は再び輸入することになった。


 しかし、足利義満の死後には日明貿易を打ち切ってしまったり、明でも粗悪な私鋳銭が作られたりして良貨不足になったわけだ。


 要は輸入に依存していたために明との間の貿易が活発だと通貨が日本に多量に流入するため銭の価値がさがってインフレに陥り、貿易が途絶したりすると、国内の貨幣量が相対的に減少するのでデフレになってしまうのだが、輸入に頼っている限りは貨幣の量をうまく調整することはどだい無理なわけだ。


 関東では比較的貨幣経済が安定していたのは鎌倉などで鋳造されていた銭の品質が良かったからだな。


 だから畿内でも同じように良質で規格にあった銭を鋳造すれば少しはましになると思うのだ。


「では今上様に話を通しておくとしよう」


「有難うございます」


 結果として、俺は無事に鋳銭司として任命された。


 これで多少は安定して品質の良い銭を市場に供給できるようになるんじゃないかな。


 この頃の鐚銭は戦国時代よりはまだましな状況なので回収して再度鋳造し直してもいいだろう。

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