33. 最後の仕上げ
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「ブラッド様が目を覚ました?」
「うん」
それから数日後、ようやくブラッド様が目を覚ましたとの報告があった。
「……何か語っているのですか?」
私が訊ねるとシグルド様は静かに首を横に振った。
「いや、そもそも身体中が酷い傷だらけで、とにかく痛みに苦しんでいてそれ所じゃないらしい」
「あ……」
「ブラッド的には意識が戻らない方がマシだったんじゃないかな」
シグルド様と違って傷が塞がっていない彼は、この後も痛みに苦しみ続けるのだろう。
でも、私たちからすれば自業自得だし、諸々の真相をはっきりさせる為にも目覚めてくれて良かったと思う。
「それよりルキアはどう? 大丈夫?」
「私ですか?」
シグルド様が私の顔を覗き込む。
いったい何の心配をしているのかしらと思った所で思い出した。
(そうだ……魔力!)
「あの女から魔力を奪い返して数日経ったけど、何処かおかしい所はない?」
「大丈夫です。でも最初は何だか変な感じがしましたけど」
今まで、空っぽに近かったものが急に満タンになればそれは身体だって驚く。
でも、私の身体はまだ昔の感覚を覚えていてくれたのかすぐに馴染んでくれた。
「今は返って来た……そんな気持ちでいっぱいです」
「そうか」
私が微笑みながらそう口にすると、シグルド様も微笑み返してくれてそっと私の肩を抱いた。
「私は“魔力を与える”という口実でルキアにキスが出来なくなって少し寂しい」
「なっ! 何を言っているんですか!」
「本当のことだ」
「そ、そんなの……」
わざわざ口実を作らなくても良いでしょう?
そう言いかけたところで我に返り何だか恥ずかしくなる。
顔を赤くしてモジモジしていたらシグルド様がクスッと笑った。
「……ルキアはやっぱり可愛いな」
「シグルド様はそればっかりですね」
「だって可愛いのだから、仕方がないだろう?」
「……ぐっ!」
私が言葉を詰まらせて何も言えなくなったのを見てシグルド様の顔が近付いて来る。
私はそっと目を閉じた。
程なくして甘いキスが降ってきた。
(……幸せ)
「────ブラッドが、目を覚ましたことであの女の事情聴取も大詰めかな」
私は呪返しをした際、自分の魔力を奪い返しただけでなく、どうやら彼女の元々持っていた魔力まで一緒に吸収していた。
なので今のミネルヴァ様は本当に空っぽ状態。
なんの力も使えなくなった。
少し前の私と一緒でまさに“役立たず”───
「ミネルヴァ様は黒魔術のリスクも知らずに、ブラッド様の言われるがまま実行していたのね」
シグルド様は呆れたように頷いた。
「力を失くした動揺なのか“この魔力で何とかしてまた逃げるつもりだったのに”とかも口走ったらしい」
「は? ……全然、反省していないじゃない!」
それに、前回逃げられたのは魔力のおかげではなく、ブラッド様という協力者がいたからでしょうに。
「まあ、魔力は全て失ったし男爵家から籍を抜かれることも決定している」
「……」
「平民として修道院行きか刑務所行きか。それは今後の態度次第なんだけど───」
「反省の色がないから刑務所になりそうですね」
「違いない」
シグルド様は同意するようにはははと笑った。
「それから、ブラッドの件は叔父上とも話したよ」
「ハーワード公爵様は力は取り戻さないの?」
公爵閣下も黒魔術の被害者。
ブラッド様に呪返しを行えば私と同じように力を戻せるはず。
でも、シグルド様は寂しそうに笑った。
どうやら、公爵閣下は呪返しを行うつもりはないみたい。
「それは、私と違って呪返しが出来るほどの魔力が残されていないから?」
「いいや。ブラッドがあんな風になったのは自分にも責任があるからって。ブラッドと一緒に力も葬って欲しいと言われたよ」
「……一緒に」
ブラッド様はこれから事情聴取が行われ全ての罪が明るみにされた後は死罪がほぼ確定している。
父親である公爵閣下がその刑に反対しないのならもうほぼ決まりだろう。
「───さて、ルキア」
「シグルド様?」
「最後の仕上げと行こうか」
「はい?」
シグルド様がスッと私に手を差し伸べる。
最後の仕上げ? その意味が分からず私は首を傾げた。
────
「シ、シグルド様! どうして最後の仕上げ? ……が、陛下なの!?」
シグルド様に連れられて今、私は国王陛下の元に向かっている。
「当たり前だろう? 父上がルキアに何をしようとしたか忘れた?」
「わ、忘れてはいないわ……」
変態紳士……侯爵と結婚させられそうになった……
シグルド様は怒りの表情で吐き捨てる。
「魔力、魔力、魔力って、父上のあの考え方にはもううんざりなんだ」
「シグルド様……」
「私はルキア以外要らない。そのことを今日こそ分かってもらう」
シグルド様がギュッと私の手を握る。
だから、私も強く握り返した。
「もしも、分かってもらえなかったら?」
「……」
「シグルド様?」
私の問いかけに何故か黙り込むシグルド様。
少ししてから背後にまたもや黒いものをチラつかせながら言った。
「そうだな───その時は、強制的に下がってもらおうかな」
「さ、さがる……」
「うん。ルキア、王太子妃を飛ばしてすぐに王妃になるかもしれないよ?」
「おうひ……」
そう語るシグルド様の目は本気だった。
******
「────すまなかった」
「!?」
(ひぇっ!?)
あの陛下が! 私に頭を下げているですって!?
私は目の前の光景に自分の目を疑った。
なんと、シグルド様と一緒に会いに行った陛下は私たちの姿を見るなりまず謝った。
「それは何の謝罪なんでしょうかね、父上」
しかし、そんな私の横でシグルド様は驚くでもなく淡々とした様子で冷たく訊ねる。
明らかにしょんぼりと肩を落としてる陛下は力なく答えた。
「これまでのことだ……エクステンド伯爵令嬢が力を失くした後、二人の婚約を反対し意に沿わぬ婚約を押し付けようとしたこと……」
「……」
シグルド様は冷ややかな目で腕を組んで陛下の事を見下ろしている。
「どうせなら魔力至上主義な所も反省して欲しいのですが?」
「……分かっている。あの日、シグルドを助けようとしたエクステンド伯爵令嬢の姿に衝撃を受けた」
「え? 私?」
突然、話を振られても何が衝撃だったのかよく分からない。
「魔力も豊富で特殊能力……癒しの力も使えるはずだったティティ男爵令嬢と、全ての力を失くしていたエクステンド伯爵令嬢……あの場での二人の行動と志しの強さの差は誰がどう見ても歴然だった」
「陛下……」
「なけなしの魔力を全て使ってでもシグルドを救おうとしたエクステンド伯爵令嬢には何度礼を言っても足りぬ」
そう言って陛下が私に向かって深く頭を下げる。
(ひぇっ!)
実はなけなしの魔力なんかではなく、それなりに魔力があったらしいです、なんて口が裂けても言えない!
「あの場で、魔力の有無ではなく心の強さと真に“相手を想う”ということがいかに大事かを見せつけられた……そして、それは時に奇跡も起こすものだとも」
「え、えっと……」
(だから、実は魔力はあったんですってば!)
どうしよう……
陛下の中でかなり大それた話になっているような気がする。
たじろぐ私にシグルド様は言う。
「父上だけじゃない……あの日、ルキアが私を助けようとした姿に感銘を受けた人が多いんだって」
「え?」
「殆どの者がルキアが魔力を失っていたことをあの時に知っただろう? 」
「え、あ、そうです、ね」
知っていたのは陛下とお医者様とミネルヴァ様くらい?
「それまで何も知らなかったとはいえ、ルキアに対して酷いことを影で言い続けていた自分たちのことをとにかく恥じて反省したらしい。騎士団長なんて首を括る勢いだったとか」
「そ、そこまで!?」
私は思いっきり目をひん剥いた。
さすがにそれは寝覚めが悪いので勘弁して欲しい。
「だから、魔力の有無なんて関係なく、今は誰もが私の妃に相応しいのはルキアしかいないと思ってくれている───ですよね? 父上?」
「…………」
シグルド様に睨みをきかされて、無言でコクコクと強く頷く国王陛下。
もはや陛下は今、完全にシグルド様に圧されている。
(こ、これは!)
確かに私、思っていた以上に王妃になる日が早いかもしれない……!
シグルド様の言った通り、早々の世代交代の予感を感じさせられた。




