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役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません  作者: Rohdea


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32. 奪われた私の力

 

「と、取り返す?」


 その言葉がにわかに信じられなくて聞き返した私の声はかなり上擦っていた。


「当然だ。だって元々ルキアの魔力だよ? 何であんな女が持ったままにしておかないといけない?」

「……えっと、それはそうですけど」

「それに、あの女はこれから罪を裁かれて処分を受ける身だ。今後は貴族令嬢としては生きられないし、魔力なんて要らないよね」

「!!」


(く、黒い……!)


 シグルド様の背後からどす黒いものが見える!

 思わず私はこしこしと自分の目を擦る。


「で、でも、どうやって? 散々調べたけれど、“魔力を奪う”という呪術は見つけられなかったわ」


 私の言葉にシグルド様はにっこり笑った。

 それもまた、どこか黒い微笑み。

 やっぱり黒いのは見間違いではなさそう。


「確かに、魔力を奪われた方法が分からなかった時は無理だったけど……」

「けど?」

「ルキアがかけられたのが黒魔術だと判明しただろう? それなら方法はあるんだ」

「え!?」


 私が驚きの声を上げると、シグルド様が優しく私の頭を撫でる。


「ルキアが動けるなら今から書庫に行こうか?」

「私は大丈夫、ですけど……」


 私よりシグルド様の方が心配よ。

 そんな目でシグルド様のことを見つめる。

 そんな私の気持ちが伝わったのかシグルド様は微笑んだ。


「私も大丈夫だ。だって、ルキアの癒しの力が効いているんだからね」

「そうは言っても、私の魔力は少しだったから完全ではなかったし」


 私のその言葉にシグルド様はあれ? という顔をした。


「もしかしてルキアは、自分の力のことをよく分かっていない?」

「はい!?」


 言われたことの意味が分からず困った顔をする私の頭をシグルド様はまたまた優しく撫でた。


「ルキアはさ、元々規格外の魔力量を持っていただろう?」

「ええ」


 私は頷く。

 シグルド様の婚約者に選ばれたのもそれが理由だもの。


「だからさ、そもそも普通の人とルキアは最初の段階から全然違うんだよ」

「……? どういうこと?」

「簡単に言うと、普通の人だと全力で出し切る必要のある魔力が、ルキアにとっては少しの魔力消費で済む……みたいな」

「…………え?」


(何ですって??)


 私は口をあんぐり開けてシグルド様を見つめた。

 そんなの初耳なんですけど?


「そっか。ずっと分かっていなかったのか……」


 シグルド様が驚いている。

 いや、私の方が絶対に驚いているけども。

 

「そういうことだから、ルキアからすれば私が君に送っていた魔力の量は微々たるものだと思ってたかもしれないけど」

「……」

「普通の……ルキア以外の人からすればそこそこの量の魔力だったってこと」

「なっ!? 私の中にそんなに魔力があったのならさすがにお医者様だって気づきませんか!?」


 あの時、微かな魔力……とか言ってたはず! あれは何だったの!?

 でも、シグルド様は軽く笑って説明を続ける。


「それは、ルキアの持つ魔力の器が大きいから、ルキア自身だけでなく周りも分からなかったんじゃないかな」

「!!」


 私は次から次へと判明する衝撃の事実に更にポカンとし、思いっきり間抜けな顔を晒してしまう。

 そんな私の顔を見てシグルド様は楽しそうに笑った。


「ははは、そんな顔をするルキアも可愛いね?」

「い、今は可愛いとかではなく……! つ、つまり私がシグルド様を癒した時の魔力は……」

「全盛時のルキアの力には足元にも及ばなかっただろうけど、それでも人並みだったんじゃないかな?」

「ひっ!」


(人並みですってぇぇ!?)


 ますます驚いて目を剥いた私にシグルド様は、はははと笑う。

 そして、すっかり塞がった傷口を私に見せた。


「そうでなければ、傷口までこんな簡単に綺麗に塞がらないよね?」

「……!」


 笑いことではないわよ!?

 そして同時に私は重大なことに気付いてしまった。


「待ってください! つまりそれほどの魔力量を私に送っていたから、シグルド様はあの時……」

「うん、まあ……ブラッドの攻撃を防ぎ切れなかったのかもしれない」


 そのことに私は、やっぱりと大きなショックを受ける。

 シグルド様があんな瀕死状態になってしまっていたのは……


「でも、違うんだ! ルキアのせいじゃない!」


 シグルド様は私のせいじゃないと強く否定してきた。


「確かにあの時点で私の魔力はかなりルキアに送っていた。けれど、ブラッドの攻撃を防ぎきれなかったのは私が油断していたからだ」

「でも!」

「あとは……思っていたよりもブラッドが叔父上から奪った力が多かったというのもある。だから、これは私の油断が招いたことで絶対にルキアのせいじゃない!」

「……」


 シグルド様はブラッド様からの攻撃魔法を受けた時、すぐに防御魔法をしいたのだという。

 ブラッド様は跳ね返されるなんて思っておらず、まさかの返ってきた自分の攻撃に自ら倒れ、シグルド様は防ぎ切れなかった攻撃に倒れた────

 ……というのがあの時、二人が倒れていた理由だとは言うけれど……

 それでも私に魔力を与え過ぎてさえいなければ、とは思ってしまう。


「シグルド様……」

「ルキア?」


 私は言葉が見つからずギューッとシグルド様に抱き着いた。


「うん? なんのご褒美かはよく分からないけど、やっぱりルキアから抱き着かれるのは嬉しいね」

「も、もう!」


 そう言って笑ってくれるシグルド様のことが大好きだと改めて思った。



******



「───それで、どうやって私はミネルヴァ様に奪われた力を取り戻すのですか?」


 書庫に着いた私は黒魔術の本を拡げながらシグルド様に訊ねる。

 果たしてそんな方法載っていたかしら?


「それは、ここの記述だよ」

「え?」


 シグルド様は開いた本のとある部分を指さした。

 そこに書かれていたのは……


「呪返し?」

「そう。黒魔術は言わずと知れた禁忌の術。使う側にとって当然リスクが大きいものなんだ」

「リスク……」


 そういう意味でも禁忌の術というわけね?

 なるほど、と私は納得する。


「その中の一つがこれ、呪返し。読んでごらん?」


 そこに書かれている記述によると黒魔術をかけた者は、呪返しをされるリスクを背負うことになる、としっかり書いてあった。

 そして “呪返し”をされない為に術者が気をつけなければならないことが───


「……黒魔術をかけた相手が死に至るより前に、その者に黒魔術の存在を気付かれないようにすること?」

「そうだ」

「───つまり、黒魔術をかけられた者が、黒魔術だと気付いた場合のみ呪返しを行うことが出来る……」

「そう。普通は黒魔術をかけられてから死に至るまでそんなに時間がないだろう? だから、かけられた相手が気付く前に黒魔術の方が勝ってしまうんだろうけど……」

「!」


 私は本から顔を上げてシグルド様を見つめる。


「私に対して中途半端にしか黒魔術をかけられなかったミネルヴァ様は私を殺せなかった……だから私は今、ミネルヴァ様に呪返しをかけることが可能になっている……!」


 私の言葉にシグルド様はニンマリと笑った。

 その背後からはまたしても黒いものがチラチラ見え隠れしている。


「全盛時のルキアの魔力だと呪返しをしようとすると、逆に黒魔術が完成出来ちゃいそうだけど、今のルキアの魔力ならあの女がしたことをそのままそっくり返せるくらいの力だと思うよ?」

「ミネルヴァ様がしたことをそのままそっくり返せる……」


(つまり、私が呪返しをすれば奪われた力を───)


「やるかやらないかはルキアが決めることだ。呪返しはかけられた本人にしか出来ないことだから」


 シグルド様の目がどうする? そう言っている。

 こういう時のシグルド様は決して強要はしない。

 あくまでも私の気持ちを尊重してくれる……

 私はふぅ、と息を吐いた。

 そしてまっすぐシグルド様の顔を見つめる。


「シグルド様。私は魔力を失くしたままでも、これからもあなたの隣に立ち続けたい、そう思っています」

「ルキア?」

「ですが、先程も話したように陛下もなかなか認めてくれないでしょうし、他にもとやかく言う者は必ず出て来るでしょう」

「そうだね、私もそう思う」


 シグルド様が頷きながら少し寂しそうな顔つきになる。

 私はそっとシグルド様の両手を取って握りしめる。


「ルキア?」

「私はその人たちに“魔力が全て”ではないことを知って欲しいと思っているんです」

「うん」

「でもやっぱり、これからのシグルド様を支える為にも、魔力は返して欲しい。そうも思います」

「ルキア……」

「───だから、やります。呪返し」


 シグルド様が手を離すと優しく私を抱きしめる。

 そして耳元でそっと囁いた。


「ありがとう、ルキア」


 そして、シグルド様は私の顔を上に向かせるとすかさず唇を重ねて私に魔力を送り込む。


「シグルド様!?」

「呪返しをする前にもう少しルキアを味わっておこうかなと……」

「も、もう!!」


 私の頬が一気に真っ赤になった。

 

「あ、そういえばもう一つ疑問なんですが」

「うん?」

「規格外と言われる程の私の魔力量……ミネルヴァ様は全て取り込めたのかしら?」


 私のその疑問にシグルド様はああ、という顔になる。


「……あの女、ティティ男爵令嬢も器“だけ”は大きいんだよ」

「器だけ?」


 思わず首を傾げる。

 シグルド様は大きく頷いた。


「あれも、ちょっと変わってるタイプなんだ。でも、器だけで中身が全く伴ってないけど」

「中身……」

「本人が未来の王妃になれる~などと世迷いごとを口にしていたのはそのせいかなと私は思っている」

「……そんな器の大きさもブラッド様に目をつけられた理由の一つなのかしら?」

「多分ね」


 つまり、だ。

 私の魔力を奪った状態のミネルヴァ様は実は今、かなり最強だと言える。

 それにそれほどの器の大きさなら確かに、王妃を目指すことも可能だったのかもしれない。

 でも……

 私は首を振って小さな声で吐き捨てる。


「───それでも肝心な時に何も出来なくてはなんの意味もないのよ」


 本人がどこまで理解していたかは分からないけれど、あの時のミネルヴァ様は最強の力を持っていた。

 きっとあの場でシグルド様とブラッド様、二人を癒すことも可能だった。

 でも、ずっと無理無理と繰り返すだけで、結局何も出来なかった────……


「ルキア?」

「いえ、なんでもないです……見ててシグルド様。私、奪われたものは必ず取り返してみせるわ!」


 私は呪返しを行う方法の記述部分にしっかり目を通した。



 ────そして、その日の夜。

 ミネルヴァ様の大きな悲鳴が牢屋内に響き渡った。


「魔力……魔力が……! 私の魔力が──! 何で? どういうこと? どうしてよぉぉぉ!? こんなの聞いてないーーーー嫌ぁぁぁぁ……」


 何事かと駆け付けた看守たちにミネルヴァ様は大きく取り乱して泣きじゃくりながらこう訴えたと聞いた。


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