31 . 迫る王子様
「ルキア……」
シグルド様が優しく抱き締め返してくれた。
同時に今更気付く。
お医者様はシグルド様の傷が塞がったと言っていたけれど、怪我人に対してこんな力一杯に抱き着くなんて真似をしてしまった。
「ご、ごめんなさい! 怪我しているのに! い、痛かったですよね!?」
私は慌ててシグルド様から離れようとした。
けれど、何故か逆に強く抱き込まれた。
「あれ?」
「ダメ。逃がさない」
逃がさない───そう言われて、ますます強い力で抱きしめられた。
「え、いや? シグルド様?」
「せっかくルキアの方から近付いて来てくれたのに、それをやすやすと私が逃がすはずがないだろう?」
(──んん? なんですって?)
シグルド様が私の顎に手をかける。
そのまま私は顔を上に向けさせられた。
そしてパチッと私たちの目が合うと、シグルド様はにっこりと優しく微笑み、顔を近付けて来てチュッと唇を奪われた。
(見たかった微笑みと何かが違う!!)
そう思ったけれど……
「ルキア……」
甘い甘いキスが始まって私の頭の中もすぐに蕩けていってしまう。
シグルド様はそうして何度も何度も私にキスを繰り返した。
(……なんだろう?)
「……ん、」
(まるで、私がここにいることを確かめているみたい───)
「……ルキア」
「シグ……あっ……」
そして私が発しようとする言葉は、すぐさま口を塞がれてしまってどうしても最後まで言えない。
「君が大好きだ」
「わ……んっ」
私も! そう言いたいのに。
犬みたいな返事になってしまったじゃないの!
「わん? ははは、ルキアは可愛いね」
「~~~!!」
こうして、まともな言葉を紡ぐことが出来ないまま、私はしばらくの間、シグルド様からの甘いキスに翻弄され続けた。
──────
「シグルド様! さすがにこの体勢は恥ずかしいです!」
「そう? 私としてはルキアの温もりが感じられて幸せしかないのだけれど?」
「うっ……私は恥ずかしいしかありません!」
ようやくシグルド様からの甘い甘いキス攻撃が収まった。
なので、お互いここまでにあった話をすることにしたはずなのに、シグルド様の様子がおかしい。
何が何でも私から離れたくないらしく、今はベッドの上でギューッと後ろから抱きしめられている。
「可愛いな」
「っっ!」
密着の度合いも凄く喋られる度に耳がおかしくなりそうだった。
わざと? わざとなの? と言いたくなるくらい私の耳元で甘い言葉を囁いてくるシグルド様は絶対意地悪だ。
「シ、シグルド様! は、話をするなら……ほら、あちらにソファという物がありまして!」
私は寝室から出た部屋の中央あるソファの方向に指をさす。
「あちらに移動するというのはどうでしょう!」
そうして必死に移動を提案。
しかし……
「私の目には可愛いルキア以外は映らない」
(!?)
何だかとんでもない発言が飛び出した!
思わず吹き出しそうになったけれども、私は何とか気を持ち直し切り返す。
「そ、それは、確実にお医者様案件ですわね!? ……お、お呼びしましょうか!」
「不要だ」
「くっ!」
すげなく却下され更にギュッと強く抱き込まれただけだった。
そして、耳元に甘い囁きが降ってくる。
「───ルキア」
「!!」
(ひゃあぁぁぁ! み、耳! 私の耳が蕩けるーー!!)
心の中で大パニックを起こしていると、背後のシグルド様からクスッと笑った気配がした。
「……すごいな。顔が見えなくても今のルキアがどんな顔をしているのか手に取るように分かる」
「だ、誰のせいだと思っているんですか!」
「私のせいだな」
ははは、とシグルド様が嬉しそうに笑う。
わざと意地悪されてるとしか思えないのに、そんな嬉しそうに笑う声に私の胸はキュンとしてしまう。
「だってルキアはさっき私にイチャイチャしようと誘ってくれたじゃないか」
「え! あ、あれ、き、聞こえて……!?」
「当然だ。だから、私も“する”と答えた」
「あ、あれは──ひゃっ!?」
シグルド様が今度はうなじにキスを落として来たのでビクンッと思いっきり身体が跳ねた。
「…………ルキア、首まで真っ赤だ」
「うぅ……」
「可愛い私のルキア。愛してるよ」
「うぅぅぅ……」
そのまま私は撃沈した。
こうして私が負けたので、そのままの体勢で話を続ける。
「……やっぱりシグルド様はブラッド様のことを疑っていたんですね?」
「うん、だけど色々詰めが甘かったから結果としてこんなことに……すまない、ルキア」
私は首を横に振る。
話してもらえていたらと思わなくもないけれど、知った所で私に出来ることはおそらく無かった。
(初めからブラッド様の狙いはシグルド様だったのだから)
「そして呪いもやっぱり、中途半端にしかかけられなかった黒魔術が原因だったんですね」
「ああ。ルキアから話を聞いた後、叔父上とブラッドのことが結びついた。そこでようやくブラッドが全ての黒幕だったと、確信した」
「……」
シグルド様は今、どんな表情でこの言葉を発しているのかしら?
従兄弟が全ての黒幕だった。
それも、自分を蹴落として王位継承を狙っていたのが理由だなんて。
(二人の仲は悪くなかったからこそ……悲しい)
ブラッド様はミネルヴァ様を利用して私を陥れようとはして来た。
けれど、ブラッド様自身は私にあまり接触して来なかった。
彼はとにかくシグルド様を蹴落すことばかり考えていたのだと思う。
「それで、結局ミネルヴァ様はブラッド様に利用されただけ?」
「ブラッドはそう言っていたけれど、あの女───元々変なことは企んでいたらしい」
「変なこと……?」
私が聞き返すとシグルド様は深いため息を吐く。
何となく苦々しい表情を浮かべているような気がした。
「“私は将来王妃になる存在なのよ”とずっと周囲に言って回っていたらしいんだ」
「え、王妃って……」
「ブラッドはそこに目をつけて声をかけたみたいだから、元々、あの女が何をする気だったのかはよく分かっていない」
「……」
───ルキア様の力を自分の物にすれば、もっと、し、幸せになれるからって……
もっと幸せ……
あの時、確かにミネルヴァ様は無理無理と首を横に振りながらそんなことを言っていた。
意味が分からなかったけれど、本当のストーリーは違うの……とも言っていた……
(ミネルヴァ様の中では決まったストーリー……つまり、何か計画でもあったのかしら?)
そしてその計画通りに進めば、ミネルヴァ様はいずれ王妃になるはずだった?
でも、ブラッド様が唆してそちらの計画にのったことでミネルヴァ様の考えていた“計画”は大きく変わってしまったのかもしれない。
「─────だからといって、シグルド様は絶対に渡さないわ」
「ルキア? 何か今、すごく、すご~く嬉しい言葉が聞こえて来たんだけど!?」
しまった!
心の声のつもりが口に出していたみたい。
私は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「き、気のせい! 気のせいです。空耳よ!」
「ルキア……」
そのまま逃げ切ろうと思ったのに無理やり後ろに顔を向けされられてキスをされた。
「あ! シグルド、様……んんっ」
(…………ん? あれ??)
強引だと怒ろうと思ったのに、この感じは……また力を流されている?
そう感じた。
「シグルド様、また力を流しました?」
「うん。私を助ける為にルキアの中に溜まってた魔力はまた空っぽになってしまったんだろう?」
この言い方……
やっぱりシグルド様は私に力を流して魔力が溜まるかをこっそり試していた。
「お医者様は再び魔力が蓄積出来るようになるかは分からないと言っていました」
「でも、試してみないと分からないだろう?」
……チュッ
再びキスをされて温かい物が私の中に流れてくる。
「────私自身はさ、ルキアに魔力があろうとなかろうと関係無いと思っている。けど……」
「あ……」
「でも、残念ながら父上を始めとした周りの者たちはきっと煩い」
「……」
「その時にルキアが傷つかなければいいと思っている。だから、その為に出来ることは何でも試したいんだ」
ほら、シグルド様は本当に私のことばっかりだわ。
送られてくる魔力と共にその気持ちがとても温かくてホワホワする。
「……まだよく分からないけれど、魔力が流れ出ていっているような感じはしません」
「本当に? それなら、魔力はまたルキアの身体に溜められるかもしれない!」
シグルド様の声が弾んでいる。
そうだったらいいな、と私も思う。
でも、私に魔力を送るシグルド様の負担は凄いことになるけれど──……
なんて心配したらシグルド様はにっこり笑って言った。
「よし、ルキア! それなら、あの女から奪われた力を取り返そう!」
「え?」
取り返す?
シグルド様のその言葉に私は目を丸くして驚いた。




