30. 届いた想い
とても幸せな夢を見た。
──ルキア!
大好きなシグルド様が優しい声で私の名前をを呼ぶ。
──シグルド様!!
良かった、目が覚めたのね!?
嬉しくなった私はシグルド様に思いっきり抱き着く。
──ルキア?
──シグルド様……あのね私、
そして、自分の素直な気持ちを彼に伝えようと思って口を開く────
「大好きです、シグルド様───」
そんな自分の声でハッと目が覚めた。
(……ん?)
「え? ここはどこ……? え、ベッド?」
目を開けると王宮滞在の間に与えられていあ私の部屋とは違う天井が見えたので大きく戸惑う。
寝心地でとりあえずベッドに寝かされていることだけはかろうじて理解出来た。
だけど、こうなる前に何があったんだっけ……?
とりあえず懸命に記憶を探る。
「そうだ! 私はシグルド様になけなしの魔力を送って……えっと、その後は目眩と眠気に襲われて───倒れた……?」
確か突然凄い眠気に襲われてそのまま意識を失った。
おそらくあの眠気は魔力が再び空っぽになってしまったことの影響だと思う。
「それで、ここに運ばれた?」
そして、寝かされている───ようやく頭の中が動き出す。
「そうよ! …………シグルド様は!?」
意識を失う前の最後に記憶している姿は、なかなか止まってくれなかった血が止まり顔色が良くなって来ていたシグルド様の姿だった。
あれから彼は目が覚めたのかしら?
(助かったのよね? 無事だったのよね?)
そう思いたい。いえ、そう信じている。
今すぐここを飛び出してシグルド様の元に行って彼の姿を見て安心したい!
「……あ、れ?」
そこでようやく私は自分の手が“何か”を握り締めたままでいることに気付く。
「そうだ、わた、し……」
ドクンッ
私の胸の鼓動が大きく跳ねる。
そうだった。
だって、私は自分が倒れる時に強く握りしめたじゃない。
それなら、この手の先は……
「シグルド様……だ」
そっと自分の手の先を見ると、隣にシグルド様が寝ていた。
私の手は彼の手を握りしめたまま。
「───!」
シグルド様は顔も身体も包帯だらけだけれど、青白かった顔色はすっかり元に戻っていて、スースーと寝息をたてていた。
「シグルド様、眠っているわ。え……でも、なんで隣に? って私のせい?」
サイズは広々としているとはいえ、結婚前の未婚の男女が同じベットに寝かされていることに色々思う事はある。
けれど、私の隣にシグルド様がいる。
彼が生きている。
それだけで私の胸はじんっと熱くなった。
(良かった……本当に良かった……)
しばらくシグルド様の顔を眺めていたら部屋の扉がノックされて扉が開いた。
「おや? ルキア様。お目覚めでしたかな?」
「先生!」
部屋に入って来たのはお医者様だった。
お医者様は私の顔を見て微笑む。
「ふむ、顔色も良くなったようだのう」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました……それで、えっと」
これはいったいどういう状況なのでしょう?
そう聞きたかった私の気持ちをお医者様はすぐに分かったのか即座に答えてくれた。
「意識を失っているはずのルキア様が頑なに殿下と繋いだ手を離してくれんでのう」
「え!」
「これは引き離すのは無理だと諦め、婚約者同士だからまあ、ギリギリ許されるだろうということで仲良く並んで寝かせることにしたのじゃ」
「~~~!」
(やっぱり私だった~~~!)
顔から火が出そうな程恥ずかしい。
確かに意識を失う前に“絶対に手を離さない”とは誓ったけれど、自分で自分の執念に恐ろしくなる。
送り込む魔力はもう無いけれど、それでもずっと手を繋いでいたかったの。
「ルキア様、ご安心くだされ」
「え?」
「ルキア様の貴重な癒しの力と、その献身的な想いが身を結んだのでしょうな……殿下はもう大丈夫じゃ」
「!」
その言葉に安心して涙が溢れ力が抜けそうになる。
「念のために、殿下には包帯を巻いていますが、あれからみるみるうちに傷口も塞がっていきましてのう」
「え?」
「さすが、ルキア様のお力じゃとみんな騒いでおった」
「……あ」
シグルド様が良くなったことは凄く凄く嬉しい。 けれど“力”の事に関しては少し複雑な気持ちはある。
今回のことで私が力を失くしていたことは皆に知れ渡ってしまった。
今はシグルド様が助かったことから私を持ち上げているけれど、落ち着いて時間が経てば……
「……っ」
(でも、何を言われても負けないって決めた!)
私は顔を上げる。
するとお医者様とばっちり目が合った。
「ふむ。ルキア様のその顔なら大丈夫ですな」
「……はい?」
「さて、そういうわけじゃから後は殿下の目覚めをゆっくり待ちなされ」
そう言ってお医者様は部屋から出て行こうとする。
(……あ!)
私は慌てて引き止めた。
何故ならどうしても一つ気になっていることがある。
「あの、先生! お待ちください!」
「何じゃ?」
「……ブ、ブラッド様は」
私の問いかけにお医者様は一瞬だけ顔を曇らせた。
私はシグルド様のことで頭がいっぱいだったからブラッド様には何もしていない。
彼は助かったのかどうかも知らない。
一連の黒幕かもしれない彼を助けろと言われてもきっと気持ちは複雑だっただろうけども、真相を明らかにするためにもあの場で死なれては困る。
「瀕死の重症ではあったが、一命は取り留めて今も眠っておる。容態は大丈夫だろう。あちらさんの方が殿下より先に血も止まっておったようだしな」
「そう、ですか……」
「そうそう、ルキア様が倒れられた後、ブラッド様にも癒しの力をと男爵令嬢は詰め寄られておったが、最後まで無理無理と叫んでおったぞ」
ブラッド様は癒しの力無しに自分の治癒能力だけで今は何とか生きている。
そして、ミネルヴァ様は相変わらずだった。
「ミネルヴァ様はどこに?」
「あの男爵令嬢は、何か不穏なことを企んでいたと明るみになったからのう」
「……」
「皆に“約立たず”と散々罵られ、陛下も怒らせたこともあり再び収容されておる。今度は警備も厳重にしてな」
「そうでしたか」
野放しになっていないことにとりあえず安心した。
「ではこれで。何かあったらいつでも呼びなされ」
「はい……ありがとうございました」
私が頭を下げるとお医者様は部屋を出て行った。
そうして、この部屋には私とシグルド様の二人が残される。
「……シグルド様」
私はそっと呼びかけてシグルド様の手を再び握る。
温もりが感じられる。
それだけで嬉しくて泣きそうになった。
「早く起きて下さい……それでミネルヴァ様とブラッド様の犯した罪を明らかにして二人をメタメタにしちゃいましょう?」
なんて声を掛けてみるけれど反応はない。
さすがにまだ目は覚めないみたい。
「うーん、それじゃあ……」
私はそう言いながらそっとシグルド様に顔を近付ける。
昔、好きだった絵本で読んだ眠っているお姫様にキスをして起こすのはいつだって王子様の役目だった。
(たまには逆があってもいいわよね?)
「は、早く起きて、私とイ……イチャイチャしましょ──……」
ちょっと照れつつそんなことを口にしながら私はシグルド様の唇に自分の唇を重ねようとした。
「───する!」
「!?」
あと少しで唇が触れるというところで突然、目の前のシグルド様がパチッと目を開けて叫んだ。
驚いた私はそのまま固まる。
「え……シグルド……様?」
「ルキア?」
シグルド様は優しく笑うと、空いてる方の手が私に向かって伸ばされそっと頬に触れる。
「ルキアだ。可愛い可愛い私のルキアがいる」
「シグルド様……」
(シグルド様だ、目が覚めて……喋っている……!)
嬉しくてそれ以上の言葉が出て来ない。
そして泣かない! そう決めたはずなのに私の目からはどんどん涙が溢れてくる。
ポタポタと涙がこぼれ落ちていく。
「ル、ルキア!? どうして泣いているんだ?」
「……」
私の涙を見て焦るシグルド様。
困ったわ。
でも、一度溢れ出した涙は全然止まってくれない。
シグルド様はどこか切なそうな顔で口を開く。
「目が覚めたら、可愛い可愛いルキアの顔がすごく近くにあって……これまた可愛い顔で泣いている……ルキアの涙を見るのはいつ以来だろうか?」
シグルド様はそっと指で私の涙を拭うと、顔を上げてその涙の跡にそっとキスをした。
「すまない。ルキアがそんなに泣くということはそれだけ私が心配をかけたということなのだろう?」
「……」
「長い長い夢を見ていた気がする……このままずっとそこから出られないと感じるような深い夢」
「え?」
「でも……」
そこまで口にしたシグルド様がチュッと素早く私の唇を奪う。
「ルキアの声が聞こえた。その後だ……何だかとても温かいものが身体に流れ込んで来た」
「……」
「それからはずっと心と身体がポカポカ温かくて……ああ、この温もりの元に……ルキアの所に戻らなくてはと思った」
その言葉に再び涙がたくさん溢れてくる。
届いていた。
私の想いと力はちゃんと届いていた────!
「あれは、ルキアの……力だね?」
「……」
やっぱりうまく言葉が出て来てくれないので、私はコクコクと頷くことしか出来ない。
シグルド様はクスッと笑った。
「…………ありがとう、ルキア」
「シグ……ルド様……」
シグルド様はもう一度私に顔を近付けると、そっと私にキスをした。
その後、私の大好きな笑顔を浮かべて言った。
「ただいま、ルキア」
「……っ、おかえりなさい…………シグルド様……」
私はシグルド様の生きているという温もりを確かめるかのように、泣きじゃくりながら思いっきり抱き着いた。




