29. 想いよ届け
「先生! 私のこの微々たる力でも、力を送ればシグルド様の回復の見込みはありますか?」
「おそらくは」
お医者様のその言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。
私自身では気付かなかったくらいの力だからきっと今、私の体内にあるらしい魔力はそんなに多くはない。
そもそも癒しの力が使えるくらいの魔力量なのかすらも分からない。
(それでも!)
このまま何も出来ずにいるよりは絶対にいい!
私はシグルド様の手を握っている自分の手に更に力を込める。
(そういえば……)
その時、ふと思った。
シグルド様は防御の術だと言っては、かなりの頻度で私に力を流してくれていた。
頻度が多かったのはそうしないと効き目が持続しないから、そう言っていたけれど……
(本当は防御の術をかけながら私の体内に送られた魔力が私の中に蓄積するかどうかも一緒に試していたのではないかしら?)
私に魔力が戻る可能性はあるのか。
もし送られた魔力が蓄積されるなら、どれくらいの量を送れば溜まるのか。
シグルド様はずっとこっそり模索していたのかもしれない。
もしそうなら……
「シグルド様は本当に私のことばっかりなんだから……」
「愛ですな!」
お医者様はとびっきりのいい笑顔でそう言った。
「あ……愛」
そうはっきり言われてしまうとこっちは照れてしまう。
私は恥ずかしくなった気持ちを必死で隠しつつ、手をギュッと握ってシグルド様にもっと力を送り込もうとする。
(──あ! 待って?)
恥ずかしい、で思い出した。
もっとしっかりきっちり力を送り込む方法を私は知っている。
だってシグルド様はいつも私にそうしていたのだから。
「ルキア様? どうかしましたかな?」
「あ、あの先生……力は、こう手を握って送り込むより、その……えっと」
「……」
はっきり言葉にするのが恥ずかしくて顔を赤くした私の様子を見た先生は、それでも何が言いたいのか分かったらしい。
「ふむ。なるほど、殿下はそうやってルキア様に力を送っていた、ということじゃな」
「!!」
しみじみ語られると余計に恥ずかしくなる。
「ルキア様。仰る通り、力は直接注がれた方が効きやすいと言えますな」
「!」
やっぱりそうだった。
シグルド様もそう言っていたもの。
だから彼はいつもあんな形で……
少し疑った時もあったけれど、ただのキス魔ではなかった!
「───じゃが、ルキア様。直接力を送るとなるとコントロールするのは非常に難しい」
希望の光が見えて気色ばんだ私にお医者様が怪訝そうな表情になる。
「コントロール……」
「そうじゃ。おそらく再びあなたの魔力は空っぽになりますぞ」
「そうですね」
私は頷く。
「……二度も空っぽになると今度こそ……再び蓄積出来るようになるかは分かりませんぞ? それでも?」
お医者様は真剣な顔で私に問い質す。
でも、私の覚悟は初めから決まっている。
だから、私は迷わずに答えた。
「そんなの構いません。今、シグルド様を救えるのなら何だって私はします」
部屋の中はしんっと静まり返っている。
未だにこの部屋には人がたくさん集まったまま。
部屋から出て行くよう言われていても動く人が殆どおらず、皆、シグルド様の安否を気にしている。
そんな皆の前で直接力を注ぐ……と思うと恥ずかしい気持ちはある。
けれど、これはシグルド様を助ける為だから。
そして、この先の自分の魔力がどうなるかなんて二の次で構わない。
「……」
私はフッと小さく微笑む。
(どうせ、もう失ったと思っていたものだしね!)
最後に大事な人の為に使えるならそれが一番!
私は手を離すとそっとシグルド様の両頬に触れる。
血の気の無い青ざめた顔に向かって告げる。
「……シグルド様、私もあなたのことが大好きです」
───ねぇ、シグルド様。
目が覚めたら、また優しく微笑んでたくさん抱きしめてくれる?
私、もう絶対にあなたから逃げたいなんて言わないから。
陛下に対しても一緒に闘わせてくれる?
たとえ、陛下を説得出来ても魔力の無い妃は周囲にあれこれ言われてしまうだろうけど……
でも、私は絶対に負けたりしないから。
「だから、お願い私の中にある力…………シグルド様を助けて」
私はそっと自分の唇をシグルド様の唇に重ねる。
─────私の力と想いが全てシグルド様の中に届くようにと願って。
(……怖いくらい静かだわ)
私がシグルド様に力を送っている間も部屋の中はしんっと静まり返っていて、この場にいる誰もが私とシグルド様の様子を静かに見守ってくれていた。
そして全ての力を送り終えた私は、そっと唇を離す。
(本当に魔力……あったんだ)
最初に力を奪われた時とは少し違う感覚だったけれど、何かが私の中から失くなったという感じがした。
同時にクラッと目眩がして視界が歪んだ。
「……ゔっ!」
「ルキア様!?」
ふらついた私にお医者様が焦った声を出して慌てて私を支えようと手を伸ばしてくれる。
「だ、大丈夫です、ありがとうございます」
「ルキア様……」
「軽い目眩がしただけですから」
耐えられないほどではない。
それよりも、今はシグルド様の様子の方が気になる。
私はうまく力を送れたの?
そう思いながらシグルド様へと視線を向けた。
「ああ、殿下の顔色が戻って来ましたぞ。それに血も止まりましたぞ!」
お医者様や周囲が感嘆の声をあげる。
確かに青白かったシグルド様の頬にほんのり赤みがさし始めた。
「よ、良かった……」
安堵して力が抜ける私を見たお医者様が再び慌てる。
「ルキア様!! 今度はルキア様の顔色が酷いですぞ!?」
「いえいえ、私なら、大丈夫……です」
「駄目じゃ! フラフラではありませんか! ルキア様に無理をさせてそんな酷い顔色にさせたと殿下に知られた日にゃこっちが大変なことになるんですぞ!」
お医者様が真っ青な顔で頭を抱える。
「大変、なこと……?」
「そうじゃ、クビだ……間違いなくクビになる!!」
「え」
「とにかく! ルキア様もすぐに休んでくだされ!」
「ふふ……」
困り果てた様子のお医者様の姿がおかしくてつい笑ってしまう。
確かに知られたらシグルド様は怒ってしまうかもしれない。
でも、自分の命を助けてくれたお医者様なのだからいくら何でもクビにはしないでしょうけれど。
(たとえ、怒っている姿でも……)
シグルド様が元気なら嬉しいから何でもいい。
そして早くそんな彼の姿が見たい。
「……あ」
そう思ったと同時に私は突然大きな眠気に襲われた。
「先生、ごめんなさい…………何だかとても、眠い…………です」
「ルキア様!?」
先生の慌てる声を聞きながらそのままどんどん意識が遠くなっていく。
「……シグルド…………さ、ま」
意識が遠のいていく中、私は手を伸ばしてそっとシグルド様の手を握る。
(───離れたくない……だから、シグルド様と繋がっているこの手だけは絶対に離さないんだから!)
シグルド様の手をギュッと固く握りしめたのを最後に私は意識を失った。




