26. -黒幕との対峙-(シグルド視点)
─────……
「殿下、大変です! ティティ男爵令嬢が現れました!」
「!」
執務室で仕事の書類と睨めっこしていた私は駆け込んで来た従者のその一報に顔を上げる。
やはり逃げ出したままでは終わらない女なのだな、と思った。
「どこに現れた?」
「王宮内にボロボロの姿で現れたそうです!」
「ボロボロ?」
様子を聞いてやはり外には逃げずに王宮内にいたのか、と思った。
こうまで数日探しても見つからないのは、もはや誰かに匿われていた以外に考えられなかった。
ルキアの滞在する部屋には厳重な防御の力をかけておいて本当に良かったと思う。
だが、おそらくそのボロボロの姿で現れたのはわざとだろう。
「今は、どこで何をしているんだ?」
私のその言葉に従者は少し躊躇う様子で答えた。
「なんだ?」
「そ、それがルキア様に絡んでいます!」
「は!? それを早く言え!!」
私は慌てて椅子からガタンッと大きく音を立てて立ち上がった。
(……最悪だ)
ルキアには護衛もついているし、防御の力も念入りにかけてはいる。
だが、得体の知れないあの女のことだ。
油断ならない。
私には全く効かなかったが、あの女は人の心に取り入る術でも使っているのか、不思議と周囲を味方に付けやすい傾向がある。
魅了術とは違う力のようにも思え、取調べの際に一緒に調べてみたが
「人の心に取り入る術と言うよりも、これは私の持って生まれた体質かもしれませんわ」
などと言われてしまい分からないままだった。
「ルキアの元に行く! その場に案内しろ!」
「はっ!」
その時だった。
「───駄目だよ、行かせない」
「!」
部屋の扉の入り口から声が聞こえた。
この声は……
「ブラッド!」
「やぁ、シグルド。こんにちは。お邪魔するよ」
ブラッドは不気味な微笑みを浮かべながらそのまま部屋へと入って来る。
「……行かせないとはどういうつもりだ?」
「え? どうってそのままの意味だよ?」
そう言って今度はにっこりと笑うブラッド。
こいつは遂に本性を表したらしい。
「ブラッド……」
───ルキアの魔力消失から始まったこの一連の事件。
全ての黒幕はブラッドだと私は思っている。
残念ながら証拠がないため、まだどうにも出来ずにいたがあの女を匿っていたのもこいつだと私は睨んでいる。
「今はお前の言うことなど聞いていられない」
今はルキアの元に駆け付ける以外に大事なことなどない。
しかし、ブラッドは余裕の笑みを浮かべる。
「ふーん、シグルドは本当にあのお姫様が大好きなんだね」
「……」
「まぁ、それなりに顔も可愛いし性格もあの妄想女……ミネルヴァ嬢よりは素直そうだしね」
その言葉にイラッとする。
男爵令嬢のことはどうでもいいが、ルキアの名が出ては黙ってなどいられない。
「お前がルキアを語るな!」
ルキアのことを何も分かっていないブラッドに大事なルキアを語られるほど腹の立つことはない。
「ははは、怖いな~。しかし、すごい独占欲だね。そんな様子じゃ彼女に逃げられても知らないよ?」
「……」
ギリッと唇を噛み締める。
これ以上、ブラッドとどうでもいい押し問答している時間はない。
こうしている間にもルキアが……!
「ブラッドを足止めしておいてくれ。私はルキアの元に向かう」
「はっ!」
私は従者や護衛にそう頼んでルキアの元へと向かおうとした。
「だから駄目だってば。────させないよ?」
「なに?」
そう言ったブラッドが手をかざして呪文を唱えると部屋の中にいた私の護衛たちと従者がその場にバタバタと一斉に倒れた。
(これは───)
「ブラッド!」
「へぇ、さすがだね。やっぱりシグルドには効かないのか、残念だなぁ」
「……お前、今、何をした!?」
「何って眠ってもらっただけだよ?」
ブラッドはまたしてもにっこり笑う。
「──!」
ブラッドは特殊な力は持っていないはずだ。
それなのに今、こんな簡単に護衛たちを眠らせたということは、やはり───
「ブラッド! ……叔父上の力を奪ったのはやっぱりお前だったのか!」
「あれ? ははは! 気付いてたの? 意外だな~呑気な王太子殿下様は気付いてないと思っていたのになー」
「……」
ブラッドは小馬鹿にしたように鼻で笑う。
実のところ正直、気付いていなかった。
叔父上がブラッドに爵位以外の全権を譲って領地に戻ると言い出した時も、特に何も思わなかった。
だが、ルキアから黒魔術の話を聞いた時に初めてまさか、と思った。
───そこで、ようやくブラッドが全て裏で手を引いていたと気付いた……
「王族の一員でもあるお前は、書庫に入る資格がある」
「そうそう。だから、すぐ気付くと思ったのに間抜けだなと思ってたよ」
「お前はそこで調べた“黒魔術”を叔父上に使ったな?」
その言葉にブラッドは、ははは! と笑いだした。
「その通りさ! 昔と違って腑抜けになった父上に幻滅したんだ!」
「幻滅……?」
「今の父上は昔と違って王位を奪おうという気力が全くなくなっていてね。そんな父親はもう要らなくて邪魔なだけだから退場願おうと思ったんだよ」
「……ブラッド……お前」
そんな理由で父親に黒魔術をかけたのか?
そう怒鳴りたくなるのをグッと堪えた。
「でも、残念。僕の魔力ではどうも力が足りなかったみたいでさ。術は中途半端にしかかからなかったんだ~」
「……」
「結果、僕は父上の持っていた“夢を操る”力と膨大な魔力だけ貰ったというわけさ」
「貰った? 奪った……の間違いだろう!」
ブラッドはそうして力を失くした父親を追い込んだ、というのが突然の引退と隠居の真相だったのか。
それなりにプライドの高い叔父上は自分が魔力を失くしたなどと口にも出したくなかったのだろう。
「王位は魔力の強いハーワード公爵家のものになるべきなんだ!」
「……」
「それを父上がやらないなら僕が代わりにやる。国王陛下の魔力は大したことがないから引きずり下ろすのはそう難しくはない。だが、シグルド。君は邪魔だった!」
ブラッドがこんなことをしでかした理由は王位が欲しかったから。
やはり、ルキアは巻き込まれたのだと実感させられた。
そして、こいつも魔力、魔力、魔力……
「シグルド。君を引きずり下ろす方法は色々考えたよ。そして思いついたのが、君の最愛のお姫様……ルキア嬢と君を引き離すことだった」
「!」
「シグルドの原動力は彼女だからね。そんな大事な彼女と引き離された君は確実に腑抜けになるだろうと睨んだわけだ」
「……」
「そして、その最適な方法を考えている時、妄想女……ミネルヴァ嬢に会ったんだ」
「……妄想女?」
ブラッドが言うには、出会った時のティティ男爵令嬢は自分こそが王妃になるのに相応しい人間なの、と吹いて回っていたらしい。
男爵令嬢はそうなる理由やらそれまでにすべきことなどを何やら具体的な話としてペラペラ語っていたらしいが、ブラッドはそんなまるで空想のような妄想話より、自分の作戦にこの女は使えると睨み駒として使う事を決めた……と語る。
「当然だけどミネルヴァ嬢も力が足りないからね。でも、中途半端な黒魔術のおかげで僕の目論見通りにルキア嬢の“癒しの力”と、魔力を奪うことには成功してくれたよ」
ブラッドが得意そうにそう話す。
こっちは先程から怒りがおさまらない。
「陛下のあの性格だ。あの膨大な魔力と癒しの力を失い役立たずとなったルキア嬢と、シグルドの婚約は直ぐになくなると思ったんだけどなー、何でまだ続いてるの? これは誤算だったよ」
(何で、だと?)
ブラッドは私がルキアを何より大切に想っていることは頭で理解していただけなんだろう。
私はそう思った。
(きっと、こいつには愛する人がいないんだろうな)
だから、簡単に諦めることなんて出来ない……そんな私の気持ちが分からないんだ。
「ブラッド! お前の思い通りにはさせない!」
「あははは! だから無理だってばシグルド。忘れた? 僕は父上の魔力も手にしているんだよ? 」
「!」
「─────だからさ、今の僕は君より力は強いんだ!!」
「っっっ!」
ニヤリと笑ったブラッドは私に向けて攻撃魔法を放った。




