24. 黒魔術
それからも、ミネルヴァ様が何処に逃げたのか、なんの手がかりも掴めないまま日にちだけが過ぎていった。
捜索をしようにも圧倒的に人は足りないし、ミネルヴァ様が色んな意味で“危険人物”だと認識している人は殆どいないので周囲から“釈放”の声が出ていたのも事実だった。
ミネルヴァ様は取り調べでも頑固で自白することもなかったらしい。
捕まって事情聴取を受けて牢屋に収容されて……なんてことになったのならもっと取り乱してもおかしくないのに、だ。
ミネルヴァ様がずっと牢屋の中でも余裕綽々でいられたのは、協力者の手によって外に出られることが分かっていたからなのかもしれない────……
「ルキア様? 顔色が優れませんね?」
「え?」
侍女の心配そうな言葉に飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻して顔を上げる。
「そのようなお顔をされていては、心配した殿下が飛んで来てしまいそうです」
「それは、お、大袈裟よ……!」
私は照れながらそう答えた。
でも、シグルド様ならやりかねない……と、私も思っている。
「ルキア様は本当に殿下に愛されていますね」
「……!」
「長年、お二人を見て来た身としては……」
「は、恥ずかしいから!! 分かってるからもうやめてーー」
改めて口に出されると恥ずかしいので私は必死に侍女を止める。
この王宮侍女は私たちが幼かった頃からいる侍女なので余計に恥ずかしさが増す。
「ふふ、すみません。幼かったお二人が仲良く遊んでいた姿を思い出しますと、つい懐かしくなってしまいました」
「っ!」
「特に殿下はルキア様に振り回されてばかりで可愛かったです」
「~~っっ!」
王宮に身を移してから古参の侍女やメイドは皆、口を揃えてそう言うので、かなり恥ずかしい。
(振り回していたつもりはないのに!)
「ルキア様も頑張り屋さんでいつも感心しておりました」
「……シグルド様の隣に立つ相応しい人になりたくて勉強も魔術もたくさん勉強して来たつもりだけど大変だったわ」
私は過ぎ去った日々を懐かしく思いながらそう口にする。
「特に魔術。癒しの力もまだ上手く使えなくて全然、効かなかったり、思っていたのと違う作用になってしまったりとコントロールが大変だったわ」
両掌を見つめながら四苦八苦していた頃の自分を思い出す。
「魔術は力が足りなかったり術に見合った能力がなかったりと、中途半端に力を使おうとすると本来とは違う効果が出たりしますからね」
「ええ、そうなのよ……」
(────ん?)
侍女のその何気ない発言が妙に胸に引っかかった。
「待って? 力が足りない、術に見合っていない能力……本来とは違う効果……」
「ルキア様?」
怪訝そうな様子の侍女の問いかけには答えず私は独りで呟く。
「黒魔術…………黒魔術の死の呪いを受けた者はまず魔力を奪われ、一週間以内に身体の自由や思考力も奪われ最後は死に至る……」
「え? 黒魔術? ルキア様、どうかされたのですか?」
「あ……な、なんでもないわ! 気にしないで?」
侍女が更に怪訝そうな顔を見せたので、我に返って慌てた私はお茶を飲みながら誤魔化した。
事情を知らない侍女からすれば黒魔術なんて言葉が飛び出したものだから物騒でしかない。
仕方がないので声に出さずに頭の中だけで考える。
(まさか……いや、でも……)
思い至ったことを一度は否定するも、それなら私が死なずに今も生きていることにも納得がいく。
だって黒魔術は普通の魔術とは違う。
魔力量だって相当必要なのかもしれない。
つまり、黒魔術を使ったミネルヴァ様の力が見合っていなかったのだとしたら──……
******
「え? ティティ男爵令嬢は、ルキアに黒魔術をかけたけど“失敗”していた?」
「はい、そうです」
その日の夜。
もはや毎日の日課となりつつある就寝前に私の元を訪ねて来たシグルド様に昼間に思いついた話をする。
「黒魔術というからには、通常より多くの魔力や優れた魔法技術が必要なのではと思いまして」
「多くの魔力や技術……」
「ですが、ミネルヴァ様にはきっとそこまでの力はありません」
その言葉でシグルド様もハッとして顔を私に向ける。
「───つまり、力が足りず、かけたはずの黒魔術が中途半端だったことによりルキアは魔力を奪われるだけで命までは取られなかった?」
「かなって」
私は頷く。
切なそうな表情を浮かべたシグルド様がギュッと強く私を抱きしめる。
「シグルド様?」
「もし、そうならあの女がポンコツで良かった……」
「ふふ、ポンコツって」
何だかその言い方が可笑しい。
でも、本当にその通りだ。
ミネルヴァ様がポンコツでなかったら今頃私は生きていなかった可能性が高い。
「……ルキア」
「はい……って、え?」
私が顔を上げるとシグルド様の顔が近付いてきてキス攻撃が開始する。
それも、何だかいつもよりキスが激しい。
「シグ……」
「ごめん。今はルキアをたくさん感じたい」
「え、何を急にそんな際どいことを言って……んんっ」
やんわり静止しようとするも、この甘々モードになったシグルド様に通用しないことはもう分かっている。
シグルド様のキス攻撃が止むことはない。
「~~っっ」
「はは、ルキアはどこもかしこも甘いや」
「なに、を……ひゃっ!? どこ触って……!?」
何だかシグルド様の手付きまでもがいつもと違う。
私を見つめる瞳も何だか熱い。
「ルキア……」
「きゃっ!?」
(後はどうやってミネルヴァ様が黒魔術をかける方法を知ったのかを一緒に考えたかったのにーーー!)
その日は、いつも以上にたくさん愛された。
✣✣✣✣✣✣
「ルキア……」
スースーと可愛い寝息を立てて眠るルキアの頬をそっと撫でる。
可愛いルキアに毎晩触れていると、歯止めが効かなくなって来てしまって最近は悶々とした日々を送っている。
結局さっきも色々止められず、私との攻防に疲れ果てたルキアは眠ってしまった。
「さっさと結婚してしまいたいのに───父上め……!」
侯爵へ嫁がせる事が失敗に終わった父上は、次の候補者をせっせと選定している頃だろう。
想像するだけで腸が煮えくり返る。
「誰がルキアを他の男になんてやるものか!」
侯爵の撃退は上手くいったが毎回撃退出来るとは限らない。
だから、そうなる前に全て解決しなくては、と思う。
「しかし、まさか黒魔術と似て非なるもの……ではなく、本当に黒魔術をかけていて実は失敗していた、か」
言われてみれば、黒魔術が並の魔力で事足りるはずがない。
ルキアの仮説には説得力があった。
「……あの女が使ったのが本当に黒魔術そのものならば、その方法を知ることが出来たのは……やはり、そういうことなんだろうな」
はぁ、と息を吐く。
この間から自分の中で渦巻いてるとある疑惑が確信に変わっていく。
そして、ルキアの言っていた黒魔術の話で、私にはもう一つ思い当たることがあった。
(出来れば当たっていて欲しくないのだが……)
これらの疑惑を確実とするのに話を聞きに行きたいが、今、ルキアを一人にするわけにはいかない。
「だが、自分が思っている通りなら───全ての黒幕は……」
その人物のことを思い、ギリッと唇を噛み締める。
(それなら全て繋がる。そして、黒幕の本当の目的は……)
「……ん」
ここでルキアがモゾモゾ動いて寝返りを打つ。
「ルキア……巻き込んですまない」
今回の件、きっとルキアは巻き込まれたに過ぎない。それなのにこんなに苦しめてしまった。
私は可愛い可愛いルキアの寝顔を見つめる。
「ルキア……」
疲れは見え隠れするが、とても穏やかな顔で眠っている。
ルキアはあれ以来、悪夢にうなされている様子はない。
そのことに安堵しながらも、早く全てを解決してルキアと一緒になりたい。
「……」
黒魔術が失敗していたからといってこの先、ルキアに何も影響が出ないとも限らない。
むしろ、前例がないことだけに悠長にしている場合ではない。
「ルキアに何かあってからじゃ遅いんだ! 急がないと……」
(ルキア……必ず、私が君を守って失った力も元に戻してみせるから────)
可愛い可愛いルキアの寝顔を眺めながら私はそう決意した。




