23. “夢”を操る力を持っている人
「え? 夢を操れる力を持った人?」
「はい。どんな形でも構わないのですが、そういう力を持った方がいれば……と」
私に聞き返してくるシグルド様の顔が少し強ばっている。
「…………ルキアはどうしてそう思ったの?」
「外で倒れていた看守が眠らされていただけでなく、今も目覚めないからです」
人を眠らせるような攻撃は特殊な力でなくても普通にある。
けれど、その場合はそんなに効果は持続はしない。
なので今も目覚める気配のない看守が“特別な力”を使われた可能性はかなり高い。
「それに……もし、夢を操ったり関連する力を使える人がいるのなら、私の見せられた悪夢も同じ人の仕業かしれません」
てっきりあの時見せられた悪夢は呪術の一つだと思っていた。
けれど、特別な力を持った人であれば呪いや黒魔術などという禁忌の力を使わなくても悪夢を見せることだって可能かもしれない。
(もちろん、それは許されない力の使い方だけど───)
ただ、そうなるとやっぱりどう考えても私にはミネルヴァ様にそこまでの力があるようには思えない。
そうなると浮かび上がるのはミネルヴァ様の協力者となる。
「夢の力か……私が知っている中に一人だけいるにはいる」
「では、その人が!」
怪しいのでは? と言いかけたのだけど、シグルド様は目を伏せて顔を曇らせる。
「何か問題のある方なのですか?」
「いや、問題と言うか……ティティ男爵令嬢とその人の直接的な接点と繋がりが見つけられない」
「……? どういうことです?」
私が聞き返すと、シグルド様は小さく微笑んでそっと私の頭を撫でながら教えてくれた。
「……叔父上だ」
「え?」
「私の知っている“夢”関連の力を持った人物は叔父上、ハーワード公爵なんだよ」
「え───えぇええ!?」
ハーワード公爵……王弟!
さすがの大物登場に私は驚きを隠せない。
(まさか、公爵閣下がミネルヴァ様に協力を?)
「あれ? でも公爵閣下ならブラッド様のお父様に当たりますよね?」
「うん」
「それなら、ミネルヴァ様と接点はあるかも……」
「と、思いたくなる気持ちは分かるのだけど、さっきも言ったように公爵自身とティティ男爵令嬢との繋がりが見つけられないんだよ」
シグルド様が首を振って否定する。
「え?」
「ルキアは今、叔父上が何処にいるか知っている?」
「…………あ!」
その言葉で思い出した。
ハーワード公爵は現在、領地に戻っていて今、王都にはいない。
それも、まだ私が力を失くす前……つまり、ミネルヴァ様が現れる前に、突然引退宣言のようなものをして奥様と共に領地に戻って生活をしている。
そして、そこから一切表舞台には現れていない。
爵位の継承そのものはまだのようだけど、だからこそ騎士団の責任者も息子のブラッド様に引き継がれていたわけで……
「確かに引退宣言より後に王宮に通い出したミネルヴァ様との接点が感じられないですし、私の悪夢の件はともかく、今回の看守の件は……」
「そうなんだ」
今回の件はハーワード公爵がこっそり王都に来ていない限りは有り得ない話。
だけど、あんな目立つ大物がこっそり王都に戻って来ていてこそこそした行動なんて出来るのかと言われれば……
(絶対に無理ね……)
「少なくともティティ男爵令嬢が現れてからハーワード公爵夫妻が王都に来ているなんて話を私は誰からも聞いていないし、気配を感じたこともない」
「そうなのですね……」
王宮のことに明るいシグルド様がそう言うのだからその通りなのだろう。
違ったのかと私はがっくり肩を落とす。
「せっかく何らかの手がかりが掴めたと思ったのに」
「ルキア、そんな顔をしないでくれ」
シグルド様の手がそっと私の頬に触れる。
「……シグルド様?」
「ルキアの可愛い顔が曇っている」
「……! も、もう!!」
シグルド様ったらいつもそんなことばかり言うのだから───……
なんて文句の一つでも言いたかったのに、そのままシグルド様の唇が私の唇を塞いでしまったので何も言えなくなってしまった。
しかも……
(あ、これはただのキスだわ)
何かの力を流しているわけではない。
ただ“好き”だからするキス。
シグルド様のそんな私への想いが直に私に伝わって来る。
「───あああ、ダメだと分かっていてもこのまま、ルキアと朝まで過ごしたい……」
「っっ!?」
シグルド様がキスの合間にとんでもない発言をする。
「シグルド様! へ、変なことはしないって! 言っ…………ん、」
「言ったけど! “今から寝るところです”というルキアを初めて見たから、こう気持ちがブワッと……」
「シグルド様!!」
何やらシグルド様の興奮が止まらない。
ブワッとされても困るものは困る。
「ははは、ごめん───ルキア、好きだよ」
シグルド様は落ち着いたのか少し真面目なトーンでそう言った。
「シグ、ルド様……」
「この先、父上がなんと言って来ても、あの女が何を企もうとも……どんな奴が協力者となっていても私の最愛はルキアだけだ」
「……」
「それは絶対に変わらない」
チュッとシグルド様の唇が私の唇に再び触れる。
(……あ、今度は力が流れ込んでくる)
甘い甘いキスと力の供給のキスをされながら、王宮での夜は過ぎて行った。
****
「もぉぉぉう! ミネルヴァ様はいったいどこにいるの!?」
バンッと私は机を軽く叩いてからそのまま突っ伏す。
「ルキア……落ち着いてくれ」
シグルド様が荒ぶった私を落ち着かせようとオロオロしている。
あれから三日は経った。
けれど、ミネルヴァ様の行方は依然として分からないまま。
ただ、殴られて昏倒していた方の看守は無事に目を覚ました為、彼からの話は聞くことが出来た。
しかし────
『最初に外で物音がしました。“うわぁ!?”という悲鳴と人が倒れる音です』
そして、何だろうと扉を開けると同僚が倒れているのを発見。
『どうしたのかと、駆け寄ろうとした所でガツンと頭を殴られました』
その殴って来た相手の姿は見たのか? という問いには首を横に振ったと言う。
『倒れる寸前、一瞬だけ姿が見えました……がフードを深く被っていて顔も性別も全く分かりませんでした。また、この時牢屋の中にいたはずの男爵令嬢は騒ぐこともなく静かでした』
この証言を受けて、ミネルヴァ様の逃亡には協力者がいたことがはっきりした。
そして、行き当たりばったりなどではなく、計画的なものも感じる。
「ルキア。ついでに言うなら協力者はかなり魔力の強い人だと思う」
「え? どうしてですか?」
「うん。仕事上、牢屋の看守は魔力も多く鍛えられている人から選ばれるんだ」
つまり、殴られていた方の看守はともかく、未だに目覚めていない方の看守を術で眠らせたということは、その彼よりも強い力を持っているという証拠。
「…………そうなると………………ど」
「シグルド様?」
ポソッとシグルド様がすごく小さな声で何かを呟いた。
「いや? 何でもないよ、ルキア。大丈夫だ」
「……?」
全然何を言ったのか分からなかったので聞き返したけれど、シグルド様は優しく笑って私の頭を撫でてそっと額にキスをした。
この時、シグルド様が呟いたその声を私がちゃんと聞けていたのなら。
そして、その呟いた内容を有耶無耶にせずしっかり追求していたのなら。
この後にやって来る未来は違っていたかもしれない────……




