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役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません  作者: Rohdea


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19/34

19. 王子様は最強です

 

「───さて、侯爵様。あなたの先程のシグルド殿下への侮辱発言ですけれど」

「!」


 ビクッと侯爵の身体が震えた。

 そしてブンブンと全力で首を横に振る。


「わ、儂は侮辱発言など……!」

「そうですか? はっきりとこの耳で聞きましたわ?」

「ふ、吹き飛ばされたことに驚いて、つ、つい口から出てしまっただけだ! けけ、決して侮辱したわけではない!」


 何とまぁ、調子の良いことを言っている。

 私はわざとらしく首を傾げた。


「うーん……そうは仰いますが───そこの我が家の使用人も耳にしておりましてよ?」


 部屋に飛び込んで来た護衛たちに視線を向けると彼らもうんうんと大きく頷いてくれた。

 侯爵は苦しそうに胸を押さえる。


「ぐっ」

「このままでは、確実に“侮辱罪”が適用になってしまいますわね」

「な、何が言いたい!」

「……ですから、私の要求は一つですわ。先程からお願いをしているではありませんか。グレメンディ侯爵様?」


 にっこり微笑みながら侯爵を追い詰めていくも、ダラダラ汗を流した侯爵が必死に抵抗する。

 なんて往生際の悪い人なのかしら。


「い、いや! 待て。だが、今からそれを陛下に申し出るにしても儂とルキア嬢の婚約はもうすぐ発表が──」

「いいえ。発表は行われません」

「は、あァ??」


 私の断定するような言葉に目を白黒させた侯爵の声が裏返る。


「侯爵様もここまで発表が遅いのはおかしいなと思っているでしょう?」

「そ、それは……」


(……そうよね、シグルド様?)


 私は心の中でシグルド様に語りかける。

 だって、私に触れる人を弾き飛ばしてしまうような術をかける彼が、婚約解消になるかもしれないという時に呑気に大人しくしているはずがないじゃない?


 ──逃がさないよ、ルキア。


 あの時のシグルド様の言葉が頭の中に浮かぶ。


(だから、私はシグルド様を信じる!)


 そして今、ここで私は私に出来ることをする。


「きっとこの件はシグルド様が動いてくれていますもの」

「な、何?」


 ダラダラ汗を流しながら怪訝そうに顔を曇らせる侯爵。


「ですから、私とシグルド様は婚約解消しません。なので、グレメンディ侯爵様と私の結婚は有り得ませんわ」

「ちょ、ちょっと待つのだ……ルキア嬢」

「いえ、待ちません」


 さっさと侯爵からこの婚約の申し出を取り下げると口にさせないと。

 私は最後の追い込みをかける。


「ですが、これ以上は我が家も巻き込んで付け込まれるのは勘弁して欲しいのですわ。なので婚約の申し込み───さっさと取り下げてくださいませ?」

「~~~ぅぐっ」


 私がきっぱりとそう言い切った所で、私の背後からパチパチと手を叩く音と声がした。


「───そういうことだ。さすが私のルキアだ」


(……ん?)


 今、シグルド様の声が聞こえた気がする。

 彼のことばかり考えていたから……もしかして幻聴?

 自分の耳がおかしくなったかもと思ったら、グレメンディ侯爵が目に見えて慌て出した。


「な、ななな! 何故ここに!」


(あ、この反応)


 この声は私の幻聴なんかではなく────

 私は怖くて後ろが振り向けない。

 本当の本当に? 来てくれた??


「───ルキア」


 聞きなれた大好きな優しい声に泣きそうになる。


「私の可愛いルキア、おいで」


 その言葉に私がおそるおそる振り向く。

 思った通り、そこにいたのは私の───


「シグルド様!」

「ルキア!」


 私は真っ直ぐシグルド様の元に駆け寄り、そのままギュッと彼に抱き着いた。


「え!? ルキアが積極的なんだけど!?」

「……シグルド様!」


 シグルド様は驚きの声をあげながらも手はしっかり背中に回してくれて私を抱きしめ返す。


(この温もり……夢じゃない)


 妄想でも想像でもない本物のシグルド様を感じたくて私はもっともっと強く彼を抱きしめた。

 すると、頭上から苦笑混じりの声で名前を呼ばれた。


「ルキア」

「はい、シグルド様」


 私が顔を上げると目がバッチリと合う。

 そのまま互いを見つめ名前を呼び合いながら、その温もりを確かめ合った。


「怪我はない? 大丈夫?」


 シグルド様がそっと、私の両頬に手を添える。

  心配そうな彼に安心して欲しくて私は微笑んで答えた。


「大丈夫ですわ。シグルド様が守ってくれましたから」

「私が?」

「……はい。あなたの“力”が守ってくれました。だから……」

「だから?」


 シグルド様は不思議そうな顔をした。

 私はニコッと笑う。


「指一本触れられてません!」


 シグルド様はホッと安心したのか嬉しそうな笑顔を見せた。

 だけど、少し間を置いてから考える素振りを見せて怪訝そうな顔になる。


「ん? 待てよ? 私の力に守られた……? ルキアがそう言ったということは───」


 シグルド様から冷気が放たれる。

 部屋の温度は一気に急降下。

 シグルド様はじろっと冷たい目で侯爵に視線を向けた。


「ひ、ひいぃぃい!?」


 この世の終わりのような悲鳴をあげる侯爵にシグルド様はますます鋭く冷たい視線を送る。


「つまり、そこの男は私の可愛い可愛いルキアに汚い手で触れようと……つまり汚そうとした?」

「ひっ!? ひっひっ……ひぇ」


 侯爵は言葉が発せず、ひたすら首をブンブンと横に振るばかり。

 シグルド様は腰に手を回して私を抱き寄せると黒い笑顔を浮かべた。


「グレメンディ侯爵」

「ひっ!」

「私のルキアは可愛いだろう? それはそれは貴殿が求婚したくなる程に」

「ひっ!」


 シグルド様の笑顔が黒すぎて、侯爵はさっきからひっと悲鳴しかあげれていない。

 そこにシグルド様はわざと見せつけるように私の髪を掬うとそこに軽くキスを落とした。


「貴殿の大好きな、この美しい銀の髪一本一本から全て私の可愛いルキアなんだ」

「ひっ!」

「弾き飛ばされた()()で済んで良かったな」

「ひっ! ひえ?」


 “だけ”という言葉が気になったのか侯爵の動きが一瞬止まる。

 シグルド様は黒い笑顔を浮かべたまま淡々と告げた。


「ルキアに傷の一つでもついていたなら、今頃貴殿の命は無かったかもしれないよ?」

「ひっ! ひっひぃぃいい!?!?」


(シ、シグルド様の目が本気……! 本気なんだけど!?)


 これは、最初の計画を実施しなくても良かったかもしれない。

 そう思った。

 私はこそっと懐に忍ばせた“ナイフ”を見る。

 本当は、侯爵が私の要求をのんでくれないのなら、目の前でこの髪の毛を切ってしまうわよ?

 などと言って侯爵を脅す予定だった。

 最悪、切ることも厭わない。

 その為に、ここにナイフを忍ばせておいた。

 この特殊性癖を持つ侯爵は、風に吹かれて靡く銀の髪の毛が特に好きらしい。

 なので、私のこの髪の毛が短くなるのはかなり耐え難いこと。


(そこを突いて取り下げるよう脅すつもりだったんだけど)


 結果として先にシグルド様への侮辱発言があったから急遽そっちを利用することにした。


「……」


 私の髪の毛一本一本から全てを自分のものだと言い切ったシグルド様。

 私が髪の毛を切るつもりだったなんて知ったら、これは激怒どころでは済まなかったかもしれない。


(ここは、余計なことは言わずに黙ってお……)


「あ、ルキア。君がその懐に忍ばせている“物騒な物”については後でゆっくり話を聞くからね?」

「…………え?」

 

 私の耳元でそっと囁くシグルド様。

 彼はにっこり笑った。


(バ! ババババレ……!?)


 シグルド様は軽く私の頭をポンポンすると侯爵に視線を戻す。


「───さて、侯爵殿、これからどうされますか?」

「ど、ど、どうとは?」

「貴殿が今すぐ父上……陛下の元に赴き、私の可愛いルキアへの婚約の申し込みを取り下げられるならすぐにこの場から解放しよう」


 シグルド様は淡々と追い詰めていく。

 ゴクリと唾を飲み込む侯爵。

 おそるおそるシグルド様に聞き返す。


「と、取り下げなかったら……?」

「……二度と日の目は見れないんじゃないかな?」


 間髪入れずにあっさりとそう答えたシグルド様。

 サァァ……と侯爵の顔色が悪くなる。


「と、と、取り下げます! 取り下げますから! い、命だけは!!」

「そう? なら、この場で誓約書を記入して今すぐ陛下の元に行ってくれるかな?」


 シグルド様はにこっと笑うと懐から紙とペンを取り出す。

 準備が良すぎる……!


「は、はぃぃ! ただ今……」


 完全に腰の抜けた侯爵は間抜けな格好で動き出し、へっぴり腰でサインを記入。

 そこで、私は一つ忘れそうになっていたことを思い出す。


「そうだわ、グレメンディ侯爵様?」

「な、な、な、何だろうか、ル、ル、ルキア嬢……」


 おそるおそる振り向く侯爵ににっこり微笑むと、侯爵はまた身体を震わせた。


「先程あなたがお話して下さったことですが」

「は、話?」


 侯爵が怪訝そうな顔をする。


「私が魔力を失ったのをということを知った時の話ですわ」

「あ、あ、あぁ……?」

「その“証言”、そのうち必要になるかもしれません。ですから、その時はちゃんと証言するとここで誓ってくれませんか?」


 私はにっこり笑顔を浮かべてそう要求した。

 あの発言は、この先ミネルヴァ様を追い詰める時に必要になるかもしれない。


「……ヒッ!」


 コクコクコク!

 侯爵は怯えた顔のまま何度も何度も強く頷いた。



────



 それから侯爵は慌てて王宮へと向かったので、部屋の中には私とシグルド様が取り残される。

  護衛もこそっと退出。


(二人っきりになってしまったわ……)


 とりあえず、色々と説明しないといけない。

 そう思った時だった。

 

「ルキア……私を見て?」

「え?」


 甘い声で私の名を呼んだシグルド様に再び抱きしめられた。


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