18. “変態紳士”の好きなもの
───え?
何が起きたの? 私はまだ何もしていないのに?
吹き飛んでいった侯爵の姿を見て最初はそう思った。
(……あ!)
そして、ようやく理解した。
(シグルド様の“力”だわ!)
────私の持っている力の一つ“防御”の力をルキアに送った
あの時送られたシグルド様の“防御”の力が働いたに違いない。
てっきり、あの時に施された“防御”は悪夢を見せられた呪いの時のように、術に関する攻撃だけを跳ね除けるものだとばかり思っていた。
けれど……まさか、物理攻撃にも効くとは思わなかった。
「もしかしてシグルド様って、他の人が私に触れるのも……嫌なの?」
そう思い至った私はポッと顔が赤くなって照れてしまう。
これは思っていた以上の独占欲。
そして思う。
「この“防御”の力、他にも私の知らない追加機能とか付いていそう……」
とはいえ、あまり持続は出来ないだろうから何時まで持つかは不明だけれども。
それでもこうして守って貰えたことがたまらなく嬉しい。
物語のように危機一髪の所で飛び込んで来るなんていう助けがなくても、シグルド様はこうやって私を守ろうとしてくれていた。
「う……うぅ……くっ」
私がシグルド様にときめいていると、部屋の隅まで吹き飛ばされた侯爵が唸り声を上げていた。
私は慌てて身を引きしめる。
いくらこの強そうな“防御”があるといっても油断は出来ない!
警戒をゆるめてはいけないわよね、と思ったその時だった。
部屋に人が飛び込んでくる。
「ルキアお嬢様! 今の音はどうされましたか? 大丈夫ですか!」
「んんん? あの部屋の隅で蹲っているのはなんだ?」
どうやら、お父様とお母様は部屋を離れる時、万が一のことを心配して扉の前に人を配置してくれていたらしい。
侯爵が吹き飛ばされた音を聞いた我が家の使用人が駆け込んで来てくれた。
「あれは────お客様のグレメンディ侯爵様よ」
「「ええっ!?」」
駆け込んで来た二人が同時に驚いた声を出す。
その気持ちはとても分かる。
何がどうしたらあんな部屋の隅まで吹き飛ぶのかって話だ。
「……とりあえず、あのままなのもどうかと思うので起こして来て貰えるかしら?」
「「は、はい!」」
二人は慌てて侯爵の元へ駆け寄っていった。
彼はきっと怒るだろう。
「……うくっ! ル、ルキア嬢!! これはどういう事じゃあぁあ!!?」
案の定、助け起こされたグレメンディ侯爵の顔は怒りでいっぱいだった。
「申し訳ございません。お伝え忘れておりましたわ。私には防御の魔術がかかっておりまして」
「何だと!? 防御魔術!? な、何でそんなものが!」
侯爵の顔が驚きで一杯になる。
私はふふ、と笑って説明を続ける。
「ほら、侯爵様もご存知のように私は魔力を失くしてしまいましたでしょう? 今は自らを守る術がありませんので……厚意でかけて下さった方がおりましたの」
「ぐぬっ」
ぐっ……と、侯爵が黙り込む。
文句が出なかったので理由としては分からないではないらしい。
私はわざとらしくうーんと首を傾げた。
「ですけど……まさか、グレメンディ侯爵様相手に防御の術が発動するなんて思いませんでしたわ。不思議ですわね? 何故でしょう……?」
「ぬあっ!!」
「防御の術って危害を加える可能性のある方に対して発動すると思っていましたのに」
「~~~~っっ!」
侯爵の顔が真っ赤になっていく。
「どうして発動したのでしょうか??」
「……ご、誤作動だ! 誤作動に決まっておる! 儂は決してルキア嬢にとって危険人物などではない!」
「……」
「そ、そのルキア嬢への防御の術をかけたのはいったいどこの誰なのだ!? 余程、不慣れで下手で才能の無い術者に違いないな! ふはっはっは!」
「……」
真っ赤な顔のまま侯爵はそう叫ぶ。
今、自分が誰のことを無能だと貶しているかも知らずに。
「───シグルド様ですわ」
「は?」
「ですから。私にこの“防御”の術をかけたのはシグルド殿下でしてよ? グレメンディ侯爵様」
ピタッと侯爵の動きが止まる。
そして震える声で聞き返してきた。
「シ、シグルド……殿下、が?」
「そうですわ」
私がにっこり笑って頷くと、真っ赤だった侯爵の顔が今度は見る見るうちに青くなっていく。
「まさか、グレメンディ侯爵様ともあろうお方が王太子である殿下のお力にそんなことを思っていただなんて驚きですわ……」
「ち、違う!! 儂はそんなことは思っておらんし、いい言ってもおらん!」
侯爵は必死になって首を横に振る。
今更、そう言っても遅いとは思うけれど。
「そう、ですか……?」
「そうだ、は、ふははは……」
(まぁ、この件はいいわ)
それよりも、私にはすべきことがある。
「────ねぇ、グレメンディ侯爵様?」
「……!」
私は笑顔を浮かべたまま一歩一歩、侯爵に向かって近付いていく。
侯爵はヒッと小さく悲鳴をあげた。
「く、来るな! 近寄らないでくれ……」
「まあ!」
さっきは気持ち悪いくらい近寄って来ていたのに随分な変わり様だわ。と思う。
まあ、再び吹き飛ばされたくはないものね。
私はにっこりと笑いかける。
「……お願いがありますの」
「お、お願い……だと?」
「ええ、お願いですわ」
「な、何だ? 宝石か? ドレスでも欲しいと強請るのか!?」
私は冷めた気持ちで侯爵の顔を見つめる。
この人 何を言っているのかしら?
この状況で何でそんなことを願うと思うの?
そんなもの要らない。私が願うのはただ一つ。
「私への婚約の申し込みを、今すぐこの場で取り下げていただけませんか?」
「……は? 取り……下げ?」
私の申し出に侯爵の目が驚きで大きく見開かれる。
「ええ。そしてこの話は全て白紙に戻すと陛下に伝えていただきたいのです」
「な、何を! せっかくの儂好みの花嫁を手に入れられるチャンスなのにそう簡単に手放すなど──」
「───侯爵様、私、知っていますの」
私がにっこり笑顔を浮かべる。
その様子に侯爵はビクッと少したじろいだ。
「な、何をだ……」
「貴方は挨拶した後も今も、私のことを好みだと口にされましたわよね?」
「ああ! そうだとも。ルキア嬢! 儂は一目見た時からそなたが好みだった! だから、陛下の話に一二もなく飛び付いた! そなたが欲しいと思ったからな!」
今度は興奮した様子でそう語るグレメンディ侯爵。
でも、私は知っている。
この方が私のことを好みだという理由。
それは──
「侯爵様? 貴方はそう仰いますが、貴方が好きなのは私ではなく、私のこの髪の毛ですわよね?」
「ぬぁっ!?」
私の指摘に侯爵様が分かりやすく固まった。
あまりの分かりやすさに思わずクスッと笑ってしまう。
「……貴方は知られてないと思っているようですが、貴方のその特殊な嗜好はそれなりに多くの方に知られておりますのよ」
「なっ、なっ……ぬぁにぃ!?」
「中でも特にお好みなのが、サラサラの銀の髪だとか。そう、私のこの髪の毛のような、ね」
「!!」
侯爵の顔が図星を指されたかのように真っ赤になった。
このグレメンディ侯爵のおかしな性癖は噂でしか聞いていなかった。
けれど今日、本人に会って確信した。
なぜなら、顔を合わせてからずっと侯爵の私を見つめる視線が髪の毛に向かってばかりだったから。
「貴方は、私が欲しいのではなく、私のこの髪の毛が欲しかったのですわよね?」
「う、ぐっ……」
なんて歪んだ性癖の持ち主なのかと思う。
(銀髪限定の)髪の毛フェチで、さらに女性を泣かせていたぶる趣味を持っているとか。
(こんな人に嫁ぐのは真っ平ごめんよ!!)
脅してでも何でも。
どんなことをしてもこの婚約の取り下げをさせる!
───それが昨夜、私が出した結論だった。




