12. 王子様の力
(……これ、は)
───私の身体に流れ込んでくるものからシグルド様の魔力を感じた。
同時にまだ続いていた頭痛もどんどん和らいでいく。
そして何だか身体の奥が温かい。
「ルキア、大丈夫か?」
少ししてから、そっと唇を離したシグルド様がおそるおそる私に訊ねる。
シグルド様の瞳は大きく揺れていて、顔もどこか不安そうだった。
「…………大丈夫、です」
「強引に唇を奪ってすまなかった」
申し訳ないと私に頭を下げるシグルド様。
王太子殿下に頭を下げさせるなんてと私は慌てて首を横に振る。
「い、いえ! でも今、魔力を感じましたが私に何をしたのですか?」
「……ルキアは私の“特殊な力”を知っている?」
「え?」
私は首を傾げた。
シグルド様の“特殊な力”
それは私で言うところの“癒しの力”みたいなもの。
そしてシグルド様の持つ力は確か──……
「シグルド様って特殊能力は沢山持っていますよね?」
私は思いっ切り顔をしかめた。
王子である彼は色々な能力を持っていて片手では数え足りない。
「ははは、そうだね。それで、その中の一つに“浄化”があるんだ」
「浄化……?」
つまり、シグルド様はさっき私に魔力を流して“浄化”を行ったということ?
私の考えが伝わったのかシグルド様は大きく頷いた。
「ルキアの見た嫌な夢はうなされ方から言って“単なる夢”じゃないと思う」
「え?」
「明らかにルキアを狙ってかけた呪術の一つだ」
呪術という言葉に身体が跳ねる。
そう口にしたシグルド様からもピリッとした空気を感じた。
「…………それをシグルド様の力で浄化したということでしょうか?」
シグルド様はその通りだと頷く。
「ルキア、頭痛は?」
「あ、はい。今は大丈夫です」
私がそう答えるとシグルド様は安心したのかホッとした表情を見せた。
「我ながらちょっと強引な方法だったけど、うまくいったみたいで良かった」
「シグルド様……」
頭痛だけじゃない。
夢なのか現実なのかも分からなくなっていた頭の中もかなりすっきりしている。
(シグルド様の力ってすごい……!)
「ルキア」
名前を呼ばれたので顔を上げると、熱っぽい瞳をして私を見つめてくるシグルド様と目が合う。
ドキンッと私の胸が大きく跳ねた。
「シグルドさ…………んっ」
シグルド様の顔が再び近づいて来た──? と思ったらそのまま、また唇を奪われる。
そのまま、チュッ、チュッ……とシグルド様は何度も何度も私にキスをした。
「……ルキア」
(こ、このキスは魔力とか関係ない気がする……!)
てっきり、また魔力を流されるのかと思って身構えたけれど、今回は違う。
これは絶対にシグルド様が私にキスをしたいだけ───
(~~~っっ)
「シグルド……様!!」
「うん?」
そのうちシグルド様は、チュッ、チュッと唇以外の場所にもキスをし始めた。
もはや、ただのキス魔と化したシグルド様からどうにか離れて私は訊ねる。
(だって、どうしても胸の奥がモヤモヤする……)
「シグルド様は先程、浄化の力を使って私を助けてくれましたけど!」
「うん」
ニコッと笑ったシグルド様にチュッと再び唇を奪われる。
今は話をさせて欲しいのにどうやら止める気はないらしい。
私は少し強引に引き離す。
「シ、シグルド様は浄化の力を使われる時──」
「うん」
チュッ
(また!?)
今度は額にキスされた。
「~~っっ」
(くっ……甘いキス攻撃に負けていないで、聞くのよ、私!)
キッと私は顔を上げた。
「シグルド様は!」
「?」
「だ、誰にでもこんなことをしているのですかっ!?」
「…………え!?」
ニコニコしていたシグルド様の笑顔がピシッと固まった。
「浄化の力を使われる時は、い、いつもこ、こんな風に口移しで……するものなのですか!?」
「ええ!?」
目を丸くして驚いたシグルド様は天を仰いだ。
─────
「えー……コホッ、ルキアさん。すみませんでした」
シュンッと肩を落としたシグルド様が私に頭を下げる。
私はジロッとシグルド様を睨む。
「一応お聞きしますね? それは何の謝罪でしょう?」
「はい。久しぶりにルキアさんの甘い甘い唇に触れたので、その甘さと可愛さに負けて暴走したことです」
「うぐっ」
(言い方ーーーー!!)
軽くむせてしまった私は誤魔化すために軽く咳払いをする。
「コホッ……つ、つまり、シグルド様は最初のキスこそは浄化が目的でしたけど、その後はただ私にキスをしたかっただけだと?」
「そうです、その通りですルキアさん」
「……」
ますます シュンッと項垂れていくシグルド様。
「……私、あまりにも沢山のキス攻撃に息が苦しくて幸せで甘くて胸が破裂するかと思いました」
「そうですよね、あんなにされたら苦し……ん? 幸せ?」
項垂れていたはずのシグルド様がガバッと勢いよく顔を上げる。
「ル、キア……君、今なんて言っ、た?」
「……」
私はその問いかけには答えずにプイッと横を向いた。
どうしよう。顔が熱い。
絶対に今、私の顔は真っ赤になっていると思う。
正直…………苦しかった。
でも、愛に溢れた甘い甘いキスは嬉しくて幸せ……なんて思ってしまったなんて絶対に言ってやらない!
「ルキア……」
気のせいでなければシグルド様の声が少し震えている。
「……」
しばらくシグルド様は黙って私を見ていた。
けれど、ハッと我に返ったのか慌てて説明を始めた。
「そ、そうだ! えっと、浄化の力を使うのに誰にでもこんなことをしているのかという質問の答えだけど──」
「……」
「す、するわけない! 私が触れるのはルキアだけだ!!」
「!」
思いっ切り頬を真っ赤に染めたシグルド様が声を張り上げて堂々とそう宣言した。
─────
「つまり? 本来その力は口移しでなくてもかけられるものなのですね?」
「そうなる。まあ、そもそも“浄化”なんて力は使う機会なんてそうそう無いが」
「では、何故わざわざ口移しで……?」
やっぱりキスしたかっただけなんじゃ……と疑った私がそう訊ねると、シグルド様は少し辛そうな顔をした。
そしてそっと私の手を取ると指を絡めながらそっと握り締めた。
「あの……?」
「ルキアが魔力を失っていたからだ」
「え?」
「魔力が無いルキアには、おそらく通常の方法で浄化の力をかけても効かない」
「あ……」
「それに、ルキアがかけられた呪術はかなり強力なものだった。だから、一刻も早く浄化しないと危険だった」
「そんなことまで分かるのですか!?」
驚いた私が聞き返すとあっさり頷かれた。
「さっきのルキアは現実との境も分からなくなるくらい夢に引っ張られていた」
「……」
まさにその通りなので私は頷く。
そんな私を見てシグルド様が悲しそうに笑った。
「ルキアは悪夢を見ている時に何か思った?」
「思う、ですか?」
そう言われて、あまり思い出したくはないものの先程みた悪夢の内容を振り返る。
シグルド様の方から婚約解消の申し出があって、私よりミネルヴァ様が良いのだと言われた。
「どんな感じだった?」
「そうですね……頭痛と共に変な声が頭の中で聞こえて来て──」
「変な声?」
シグルド様の眉間に皺が寄る。
同時に私の手を握っている力が強くなった気がした。
「それで、私は役立たずだからシグルド様には相応しくない。だから私はもう生きている価値なんて無いって思って──……あ!」
「!」
ようやく気付いた。
あのまま流されて抗おうとしていなかったら、私はあのまま自ら命を絶っていたかもしれない。
「────っ」
そのことに思い至ってしまい恐ろしさにぶるっと身体が震える。
「ルキア、大丈夫だ」
「……」
シグルド様が優しく抱きしめてくれる。
その温かい温もりを感じながら私もギュッと背中に自分の腕を回す。
「あの黒魔術のようなものといい、敵は本気だな」
「敵……」
私の耳元でそう囁いたシグルド様。
私はそっと目を伏せる。
(やっぱり、これは全てミネルヴァ様の仕業なのかしら?)
でも……
もし、本当に全て彼女が企んだことなら、最近、諸々の力が発現したばかりのはずなのにどうしてこんなことが出来るのかと不思議で仕方ない。
(彼女は……いったい何者なの?)
ミネルヴァ様の得体の知れない様子に再び私の身体がブルッと震えた。




