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役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません  作者: Rohdea


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10. 癒しの力

 

 私に起きたこの謎の現象は誰かの手によるもので、使われたのは人を呪い殺す黒魔術──……


「ルキアっっ!」


 シグルド様が悲痛な顔で私の名を叫んだ。


「ですが、もし本当にそうだとするとおかしいのです」

「え? おかしい?」


 苦しそうな顔をしていたシグルド様は、意味が分からなかったようで今度はポカンとした。

 私は自分を指さす。

 

「だって私、生きています」

「え? あ、確かに生きている……な」


 眉をひそめるシグルド様。

 私は本に書かれているある部分を示しながらシグルド様に説明をする。


「ここに書かれていることによりますと───この黒魔術の死の呪いを受けた者はまず魔力を奪われます。次に身体の自由や思考力……と、少しずつ奪っていき最後は死に至るようです」


 真綿で首を絞めるように対象者をゆっくりと死に至らせる呪い。

 しかし……


「ですが、ここ! ここをよーーく見てください!」

「……?」


 シグルド様が目を凝らして本に顔を近付ける。

 そして、該当箇所に目を通すと小さく息を呑んだ。


「……あ!」

「そうです。これらは全て()()()()()の間に完了する、とここには書かれています」

「一週間……」


 私が倒れてからとっくに一週間を過ぎている。

 つまり、本当に私がこの呪いを受けたのならば既に命を失っていなくてはおかしい。

 だけど、私は生きている。

 ついでに言うなら、倒れた時は高熱を出したものの、魔力と癒しの力を失くしただけで身体は健康そのもの。

 検査もしていてお医者様にもそう診断されている。

 実際、あれ以来体調不良を感じたことはない────


「ならば、ルキアが受けたものは“死の呪い”の黒魔術ではない、のか?」


 シグルド様が困惑しながらそう口にする。

 私は静かに首を振った。


「……似て非なるものかもしれません」

「だとすると、ルキアに起きたことは本当に何なんだ!?」

「分かりません……ただ」

「ただ?」

「……いえ」


 死の呪いの黒魔術が使われている───そう断言することは出来ない。

 だけど……この本、()()()()()()()───

 それは、つまり“誰か”が最近この本に触れているということ。


(……いったい誰が?)


 結局、謎が深まっただけで答えは得られず、この日の書庫での閲覧は終了することになった。



*****



 それからも、私はシグルド様と時間を見つけては書庫に籠る日々が続いていた。

 でも力を失った原因は不明のまま。

 原因が黒魔術だと断定も出来ず日にちだけが過ぎていく。


 一方、王宮では少しずつ少しずつ、ミネルヴァ様のまいた種が育っているのか、私を見る皆の目が前と変わって来た気がする。

 その理由の一つとして、私が“癒しの力”を人前で使わなくなったことが大きい。

 力を失う前の私は、定期的に騎士団を訪問して彼らの傷や疲れを癒すという役目も担っていた。

 しかしながら当然、今の私にそれは出来ない。

 騎士団への訪問を控えたいと騎士団長に伝えた際は明らかに不満そうな顔をされた。

 そして、私が担っていたその役目は当然ミネルヴァ様が引き継ぐ事になった─────……


 ───最近、未来の王太子妃は仕事をしない。役立たずになった!

 ───ミネルヴァ様の方が、よっぽど未来の王太子妃としての仕事をしているのでは?


 そんな声ばかりが聞こえてくるようになった。

 私の身体は誰の目から見ても元気そのもの。

 それなら何故やらない? そう思われるのは当然だった。

 公表せずにこのままでいるのはそろそろ限界なのかもしれない。


(ミネルヴァ様のあんな発言さえ聞かなければ、とっくに身を引いていたのだけど)


 今の私が何も出来ないことに変わりはない。

 けれど、このまま黙って身を引くことが本当に正しいのかよく分からなくなってしまった。

 王宮の廊下を歩きながら、小さくため息を吐いた時だった。


「あら? そこにいらっしゃるのは…………ふふふ。こんにちは、ルキア様」


 聞き覚えのある声に振り返る。

 思った通り、後ろから私に声をかけて来たのはミネルヴァ様だった。


(すごいタイミング……)


 私は無理やり笑顔を張りつけてミネルヴァ様に挨拶を返そうとした。

 だけど、今日のミネルヴァ様は一人ではなかった。

 そのことに少し驚く。

 

「……こんにちは、ミネルヴァ様、と……」

「どうも。こんにちは、ルキア様」

「…………ブラッド様でしたか。こんにちは」


 ミネルヴァ様と共に居たのは、ブラッド・ハーワード公爵令息。

 彼は王弟のハーワード公爵の息子なので、シグルド様とは従兄弟という関係。


(なんで二人が一緒に……?)


「私、ブラッド様に頼まれて騎士団に行って来た帰りなんですのよ」

「あ……」


 ミネルヴァ様がニコニコした笑顔で私にそう語る。

 騎士団と言われてチクッと私の胸が痛んだ。


「そうなんです。僕は騎士団の責任者の任を最近父から引き継いだので」


(騎士団の責任者交代……そういえばそうだった)


 ブラッド様のその言葉で私はようやくそのことを思い出す。

 私が騎士団に赴く時はいつもシグルド様が付き添ってくれていたから、すっかり失念していた。


「ふふふ、騎士団の皆様って優しい方ばかりで、毎回すごい感謝されていますの」


 ミネルヴァ様が嬉しそうに語る。


「なんと、私のことを女神様! ですって。もう皆様ったら大袈裟ですわよね~」

「そ、そうでしたか」

 

 私は笑顔を引き攣らせながら頷く。

 ミネルヴァ様は気を良くしたのかさらに笑みを深めた。


「ふふふ。それに、ここだけの話なのですけど……ルキア様の施したお力よりも()()()()()とかで、私が来ることを大変喜ばれていますのよ」

「!」


 私はミネルヴァ様のその言葉を聞いて、ショック……ではなく不信感を覚えた。


「ミネルヴァ様! 待って下さい。それって……」

「え、急に何ですの? 痛いですわ」


 思わず彼女の腕を掴んでしまい、ミネルヴァ様は思いっきり眉をひそめた。

 私は慌ててミネルヴァ様の腕から手を離す。

 

「……ごめんなさい。ですが、ミネルヴァ様。あなたはまさか彼らの傷や怪我を全て力で治してしまっているのですか?」

「え? ルキア様ったら何を言っているんですの? そんなの当然ですわよね?」

「!」


 ミネルヴァ様は不思議そうに首を傾げた。

 その返事を受けて私は慌ててブラッド様の方に視線を送る。

 しかし、彼は何か問題でも? という顔をしてミネルヴァ様と同じように首を傾げている。


(どうして!?)


 シグルド様は一緒に治療に向かう時、私にいつも言っていた。

  “癒しの力”で全ての傷や怪我を治しては駄目だ、と。

 もちろん、力での治療が必要な傷は全力で治すべき。

 でも、力を使わなくても治る傷や怪我は彼らの自然治癒力に任せるべきなのだと。

 全ての傷や怪我を“癒しの力”を使って治してしまうと、彼らの自然治癒の力を奪ってしまい結果、衰えさせることに繋がってしまうから、と。

 実際に魔術の研究を専門としている人や医者からも同じことを私は言われていた。

 どんな特殊な力があったとしても、全てをそれらに頼るような“当たり前”を作ってはいけない。

 だって、特殊な力は全ての人に発現するものではないのだから。

 この“癒しの力”だって私が数年ぶりに発現したと聞いている。

 常に誰かが持っているわけではないこの力。

 だから、慣れさせすぎてはいけないはずなのに。


『ルキアはちゃんとその取捨選択が出来る人だと私は信じてる』


 シグルド様はそう言ってくれていつも優しく私が治療を行う様子を見守ってくれていた。


(前責任者のハーワード公爵も同じ考えだったのに、なぜブラッド様は……)


 現責任者でもあるブラッド様が何も言わないのなら、すでに役目を降りた私からは何も言えない……

 今の私にはそんな権限が無いことがもどかしかった。

 でも……強制は出来ないけれど忠告をするくらいなら出来るかもと思い顔を上げる。


「あの! ミネルヴァ様。全ての傷を力で治してしまうのは今後の彼らの為にも良くないことだというのはご存知ですよね?」

「はぁ~?」


 私の言葉にミネルヴァ様は明らかに不満そうな顔を見せた。


「ですから、自己で治癒出来るような傷や怪我は……」

「───ルキア様! 失礼ですがもうルキア様はお役目を降りられたんですわよね?」


 ミネルヴァ様がジロリと私を睨む。


「え、ええ……」

「でしたら、口出しは無用ですわ! 私には私のやり方がありますの。ですから黙っていて下さいませ! ねぇ、ブラッド様?」

「ああ」


 予想はしていたけれど、やっぱりミネルヴァ様は聞く耳を持ってくれない。

 そして、話をふられたブラッド様もやれやれと肩を竦めて困った顔を私に向けてきた。


「ルキア様、あなたとミネルヴァ嬢は考え方もやり方も違うわけだから、あなたの考えをミネルヴァ嬢に押し付けるのはちょっと困りますね」

「いいえ、ブラッド様。これは私の考えを押し付けているのではなく、ちゃんとお医者様からもはっきり言われていることです」


 私も負けじと反論する。


「きっとその説明はミネルヴァ様もお役目を引き受ける時に聞いているはずで……」

「えー? 何のお話ですの? 私、そんなの知らないですわ。聞いていません」


 ミネルヴァ様の言葉を受けてブラッド様が眉をひそめた。


「ルキア様。彼女は聞いていないそうだよ?」

「そんなはず……」


 ブラッド様だって責任者なら絶対にどこかで言われているはず。

 むしろ、父親の公爵閣下から聞いていないとおかしい。

 なおも反論しようした私を見てミネルヴァ様がため息を吐く。


「はぁ……ルキア様。あなたと違って今、私はとーーっても忙しいんですの。だから、そんなことにいちいち時間を割いてはいられませんわ。さっさと治してしまった方が私も楽ですし、皆も喜びます」

「っ! ミネルヴァ様、お願いです。私からでなくても構いませんから、ちゃんと話を聞……」

「しつこいですわ!」


 私からでなくてもいいからちゃんと話を聞いて欲しい。

 そう言いかけた私をミネルヴァ様はトンッと突き飛ばした。

 押された私はそのままその場に尻もちをつく。


「痛っ……」


 転んだ拍子に足を挫いてしまったのか直ぐに立てなかった。


「あら? ごめんあそばせ、ルキア様。ふふふ」


 ミネルヴァ様が私を見下ろしながらクスクスと笑う。


()()()()のルキア様には(そこ)がお似合いですわ。ねぇ、ブラッド様」

「ああ」


 ブラッド様もミネルヴァ様に同調し頷いた。


「とにかく! もう私のすることにルキア様は口出ししないで下さいませね? さぁ、行きましょう、ブラッド様」

「待って……いっ」


 歩き出した二人を立ち上がって追いかけようとしたけれど足に鋭い痛みが走り立てなかった。


(くっ、足が……)


 私は笑顔で談笑しながら去って行く二人の後ろ姿を見ていることしか出来なかった。


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