96,歴史と背景
サッドネスは紅茶を口に含み、口内と喉を潤した。
「この度は、勇者一行を異世界へ飛ばしていただきありがとうございます」
「いえ、私たちも、彼を野放しにすることはできませんもの」
テンペストは睨むようにサッドネスを凝視する。
「サッドネス様。もう隠し事はやめてください。始めから彼らを飛ばすことは決まっていたのでしょう」
「はい、決まっておりました」
サッドネスは涼しい顔で肯定する。
「人間の国が彼らを送り出した真の目的は、魔王討伐でも、魔王城へ向かう事でもありません。魔王城で作り上げた技術を使い、勇者と名付けた一行を、異世界へと飛ばすことです」
「なぜ」
「お知りになりたいですか」
「私たちに今後も協力を求めるなら」
「そうですね。今後も四天王の方々にもお力添えいただく必要があるでしょう」
口元柔らかくほほ笑むサッドネスが一度目を閉じ、再び開く。別人のような冷淡な表情が浮かぶ。引き締まった口元、鋭い眼光。文官というより世にも恐ろしい戦士のようだ。
睨まれたと感じたテンペストの背に悪寒が走る。
「話は人間の国が建国した時期までさかのぼります。
その昔、人間の国は一つの国ではありませんでした。多くの国が乱立し、各地で戦いが生じ、戦火の渦にのまれていました。
たくさんの人が死に、たくさんの人が戦いに興じ、けっして平和とは言えない時代が長く続いていたのです。村は滅され、国境は常に荒れ、どこかの国がどこかの国を滅ぼし、その城に御旗をあげたかと思うと、また別の国が乗っ取っていく。そんな荒れた時代が続いていました。
私たちの祖先は、いつ他国に滅ぼされてもおかしくない小さな国でした。他国の侵略に怯えながら、風前の灯火となっていた状況です。
そこに魔法術の始祖【地裂貫通 グラインドコア】が、現在の王朝を築く王家の祖先の元にやってきます。
約二百二十年前です。
始祖は我々に魔法という新しい能力をもたらしました。戦いの最前線に立つ貴族と王族がその能力を手にした時、戦況は覆ります。魔法を用いて、列強と言われた各国をどんどんと滅ぼし、その強さに傅いてきた国々を取り込んでいきました。
そうして約二十年という歳月をかけて世界は平定され、人間の国が建国されたのです。
祖先に魔法を与えるにあたって【地裂貫通 グラインドコア】は、王族と取引をしていました」
「どのような取引をしたの」
デイジーが取り分けた小皿を全員の前に置き終え、自身も座りながら、訊ねた。
「その前に、王族についてお話します。
私たちの祖先は、王家や貴族という制度をもうけてはいませんでした。他国ではそのような制度を用いていた国もありましたが、私たちは一部族、長は部族長、戦う者は戦士。その程度の少数民族でした。
始祖はそこに、制度の改革を要求します。
部族長の親族、血縁を王族。今では、王家と公爵家です。
戦う者は、貴族としました。こちらは、侯爵家と伯爵家になります。
始祖が求めた王制により、代々血縁による王をまつり上げることになります。当然、王家は存続のために血縁を選びながら、より近親婚に近い婚姻を継続することになりました。
始祖はそのような王家を望み、王家となった部族長の親族はそれを受け入れたのです。それを受け入れねばならないほど、戦乱期の先祖は追い詰められていたのでしょう」
サッドネスは、もう一度、紅茶で口内を潤した。
「魔法をもたらした【地裂貫通 グラインドコア】はどこから来たか。それは、謎とされています。実際にはそれを知るのは、王族と貴族の一部のみ。口伝のように申し伝えられているにすぎません」
サッドネスは一度深く息を吸った。
「始祖【地裂貫通 グラインドコア】は、異世界からやってきました」
「なぜ。なぜ異世界から、わざわざ私たちの世界へ?」
「異世界が滅んだからです」
「滅んだ!?」
テンペストが驚いても、サッドネスの表情は変わらない。
「はい。しかも、滅びの原因になった魔神と呼ばれる魔物【凶劇 ディアスポラ】を滅すること叶わず、封印するしかありませんでした。その封印も期限付き、三百年しか効力が持たないものだったです。
僅かな人間しか生き残れなかった、滅んだ異世界では魔神【凶劇 ディアスポラ】へ対抗する力を作れないと判断した始祖がこの世界に渡ってきました。
王家に手を差し伸べた魔法術の始祖【地裂貫通 グラインドコア】の最終目的は、復活する魔神【凶劇 ディアスポラ】を滅する力を創造することだったのです」
「……その力はできたということね……」
「ええ。もう、どのような取引が為されたか、少しは見えてきたでしょう。
建国後、王家は配偶者を選びなら血縁を繋いでいきます。より強い魔力、求められる性質を強く宿した子孫を生み出すための、交配が繰り返されました。
王家とは、魔神【凶劇 ディアスポラ】への対抗するための力を創造する、人工的な管理下に置かれた一族になったのです。
世界を統一する力と引き換えに、二百年後の子孫の命運を生贄に捧げた。それが王家の祖先です。
この世界から送り出した、【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】と【忌避力学 アンノウンクーデター】こそ、三百年という時間の果てに生み出した魔神【凶劇 ディアスポラ】へ、対抗するための力そのものなのです。
しかしながら、この二百年の間に、人間の国は平和に、そして大きくなりました。
二百年前とは状況が違うのです。王子が一人生まれれば、それは国の慶事となります。王子誕生は祝われ、簡単に消すことが難しい事実となります。
始祖が求めた役割をまっとうしたからと言って、王家は王家として残ります。第一王子は生まれながらの王太子でもあり、それを覆すにはそれ相応の理由を必要とします。
政治も少数の貴族で行われるものから、一部の平民を取り込んだ議会が開かれるまでになりました。
時代がすすんだことで、第一王子の処遇一つとっても、王家や貴族が簡単に自由にはできなくなってしまいました。
そこで、考えだされたのが、魔王討伐という茶番です。
幸い、魔物の国に人間が足を踏み入れないよう風聞がわけあって流されています。異世界へ渡る技術を作るのは、魔法術協会から依頼された魔道具師です。
技術を人間の国へ移動させて行使するより、王子自ら罠にかかってもらう方が効率が良いではないですか。
魔王討伐という名目を打ち立て、それを議会が了承する。国の文書に正式に記す内容が定められたことで、やっと第一王子を追い出すことができなのです。
本来の役目である、異世界へ向かって……」
テンペストは苦々しい表情を作った。あからさまな嫌悪は、自分たちさえ駒にされたという不快感の表れだ。
「街道さえ守れたらいいと思う私たちを逆手にとられたということかしら」
「いえ、そういう事ではないんですよ」
テンペストは自嘲的に発言したにもかかわらず、サッドネスは優しく微笑み返す。
「では、なぜ、私たちにそんな大事なことを秘密にされたのです」
「これは私独自の判断です。現場を取り仕切る責任者として、あなた方に伝えないと判断しました」
「なぜ!」
テンペストが語気強く、サッドネスに迫る。
ははっとサッドネスは、悪びれもせずに笑った。
「大事なことをあなた方の一人にでも知られたら、どこかで勇者一行に漏れてしまいそうじゃないですか。お嬢様がたは、思っていることが顔に出やすく、嘘をつくのが苦手でしょう」




