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95,四姉妹の憂慮

 魔王城の食堂奥にある台所で、さらさらとした若葉色のショートヘアのデイジーがエプロンをつけて、おやつ代わりに野菜を刻んみ入れた卵を焼いている。


 卵がじゅうと焼かれる音に誘われるように、テンペストが顔を出した。やわらかくカールしたミルクティー色の髪を後ろでまとめて、ポケットから取り出した紐で縛り上げた。


「そろそろみんな集まってくるわね」

「白姉様こそ、早いわね。まだ出来ていないのに……」

「気にしないで、私はお茶を淹れる準備をしにきただけよ」


 デイジーは焼き加減を見ている。テンペストは彼女の邪魔をしないように、戸棚へと向かった。


「今日のお話って何かしらね、白姉様」

「サッドネス様は、伝言役の方だから、また人間の国からの大切なお話じゃない。フェルノたちを飛ばしたことについて言いがかりつけられなければいいいけど……」


 カチャカチャとテンペストはカップをお盆に乗せ始める。


「そうね。人間の国には目をつけられたくはないわね」

「魔術師や魔法使いもたくさんいるのに、私たちがかなうわけないもの」


 テンペストは、これから集ってくる想定人数より多めのカップをお盆に乗せた。


「それにしても、エクリプス様と魔道具師様方はお忙しそうね。ここ数日、朝と夜しか食事をされていないのではないかしら」

 

 城に住む者の食事を一手に引き受けるデイジーは、誰かが食事をとっていないことがひどく気になっていた。

 テンペストも、フェルノ達を異世界に飛ばしてから、三人が急に慌ただしく動き出し、絶えず外に出るようになったことを気にしていた。


「大丈夫よ。夜は、しっかり休まれているようじゃない」


 表面的な受け答えで濁す。心配している風に見せて、分からないことが魔王城で起こっている気配を感じ、互いに胸騒ぎを感じていることをテンペストとデイジーは無言のうちに確かめ合っていた。


 大丈夫と言いながら、大丈夫な気は二人ともしてない。


 お盆を台所へと運んでいきテンペストは戻ってきた。デイジーの横に立ち、やかんに水を汲み、火にかける。

「ねえ、デイジー。私たちって、知らないことの方が多い気がしない?」


 デイジーは焼いた卵をひっくり返しながらテンペストの言葉に耳を傾ける。


「フェルノ達を飛ばした魔道具、魔道具師様方だってあんな大掛かりなものを簡単に作れないもの。あれだけのものを作る材料調達含めて、どうしたのかしらね」

「魔道具師様方は昔から、人間の国とはつながりがありますものね。白姉様」

「そう。人間の国の一部の方とつながりが昔からずっと続いている。魔王城で、最も人間とのパイプが強いのは魔道具師様方よ」

「今も、エクリプス様と共同で作業されてますわね」


 デイジーとテンペストは沈黙する。


「これって、終わってないってことよね……」


 ぽつりとテンペストがこぼした言葉に、デイジーは何も答えられなかった。




 

 塔の上からエムは街道を見下ろしている。

 フェルノ達が去って以降、街道に巨大な魔物が現れることはなかった。森の奥に影さえも出てこない。


 風が吹いて、肩ほどまで伸びたまっすぐで艶のある黒髪がはためく。開け放たれた塔の窓を森の香りが抜けていった。


 いつも通りの街道の営みが見える。街道に住む魔人は変わり映えしない。なのに、無性に静寂が痛い。


 背後から階段を駆け上がる音が響き、エムは振り向いた。同時にひょっこりとドリームが顔を出す。


「にねえ。そろそろお茶の時間だよ」

「もう?」

「うん。いちねえがお茶入れて、さんねえが卵料理を作ってくれているよ」


 ドリームがエムの傍に駆け寄ってきた。隣に立ち、街道を見下ろす。長く続く一本道は、真っ直ぐに人間の国へとつながる。


「静かだね。なにも、起きないのが一番だね」

 身を乗り出し、窓の外へと顔を突き出したドリームが胸いっぱいに息を吸い込む。


 エムは、無表情で街道を流し見る。

「本当に、静か……」


 フェルノ達が消えてから、無性に静かだった。いつも通りのようでいつもと違う。


 人間の国からの使者が常駐しているからだろうか。

 預言者と魔王が頻繁に会っているからだろうか。

 魔道具師様方と魔術師が常に共同で作業しているからだろうか。


 食事の風景も、街道の風景も、これから始まるお茶の時間もいつもと同じだった。

 風景だけ同じで、心にしこりを残すような、後ろ髪引かれる違和感だけが残る。


 同じなのに、違う。


 フェルノ達を異世界に飛ばしてから、魔王城は変わってしまった。


 過敏にそれを察知しても、ンペストやデイジーでさえとらえどこがないままでいるなかで、しゃべることを苦手とするエムはきちんと言語化できなかった。


 ドリームの薄桃色の髪が躍る。吹いてくる風に気持ちよさそうに目を細めた。


 ドリームは末娘だ。誰かの手伝いをしながら、褒めてもらうのが嬉しい。それだけのただの子どもなのだ。エムを迎えにきたのもお手伝いの一環だ。

 末っ子らしく、笑顔で過ごす。そうすることで、この魔王城が前と変わらないとふりまきたかった。


 何が違うのか。

 どう違うのか。


 ドリームもエムも、十分にとらえきれていなかった。


「いこうか、ドリー」

「いこう、いつものお茶の時間だよ」


 いつもの時間がいつもと違う。


 魔王城は、何が変わったのだろう。

  

 

 


 エムとドリームが食堂に入ると、テンペストがサッドネスに紅茶を淹れていた。奥から、大皿に卵料理をのせたデイジーが出てくる。


「ちょうど出来上がったのよ」

 いつもの柔らかい笑顔に、ドリームが真っ先に反応して、満面の笑みを返す。跳ねるように、デイジーの傍へとかけていく。


「お皿出す? フォーク出す?」

「取り皿をお願いするわ」

「わかった」


「エムもいらっしゃい。見回りご苦労様。寒くなかった?」

 エムは左右に首を振った。


「そう、あたたかいお茶を淹れるから、どうぞ座って」

 テンペストに促されるまま、エムはサッドネスの斜め前に座った。紅茶がすぐに前に出てくる。


「ありがとう、姉さん」 

 エムはまずは紅茶の香りを楽しみ、ほっと息を吐いた。


 いつの間にかキャンドルとリキッドが魔王を連れてきていた。

 にぎやかなお茶の時間が始まる。デイジーは大皿の卵料理と切り分け、小皿にもり、ドリームがそれぞれに配っていく。

 

 紅茶を淹れ終えたテンペストがサッドネスの前に座る。  

「さてと。サッドネス様、大事な話とはなんでしょう」

 魔王城の責任者は人間の国の使者と向き合った。


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