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94,氷を撃つ

 ライオットが見上げると、樹上に大蛇【叫喚 フェスティバル】が迫ってきた。肚をうねらせ、尖る顎を突き出し、大樹の枝葉を這い進む。


「けっこう、でかいな」


 ライオットは片眉を曲げながら、短機関銃に並べて、単車の横に備え付けてもらった槍に手を伸ばす。くくっていた鎖の留め金を外した。ひらりと飛ばされた鎖を手繰り寄せ、がたがたと揺れ始めた柄を掴んだ。もう一つくくっていた鎖はそのままに、引き抜く。


 久しぶりの感触だ。魔術具にうっすらと魔力を通すと、白刃から冷気が漂った。それがブルースの頭部から首筋に触れて、運転中のブルースが肩をぶるっと震わせる。片手を首筋にあてがった。


「なんだ、今の冷気」

「これが魔法だよ。俺は、何もないところから風や炎を出すような真似はできない。あくまで、こういう魔術具に魔力を通して、ある方向に増幅させて魔力を具現するんだ。そういう意味では、道具がなければ、俺もただの人だよ」


 口元は笑っていても、目がすわっているライオットを見て、ブルースの背筋に悪寒が走った。


「さっき氷の欠片はなんだよ」

「あれは、遊びだよ。ただの児戯さ」


 ライオットはふっと笑い、頭上を見上げる。大蛇はうねりながら、追ってくる。ただ、動くものを追いかけているのか、食おうとしているのかまで判断はつかなかった。

 

 追ってくるなら追い払うか、屠るか。


「俺、ここらへんで降りるから、後で戻ってきてよ」

「ここで一旦、止めるか」

「いい。そのまま走って。俺だけおりるから」


 そう言うなり、ライオットは眼前に迫る巨木のめぼしい大枝に目をつけた。片手の槍を背後に構え、空いた片手をブルースの肩に乗せる。座席に足をのせた。膝を曲げ、つま先立ちで身を屈める。


 大枝がせまると背後から枝に向かって槍を突き立てた。走り去るブルースの背を見送る。触れた手の感触が流れた瞬間、ブルースが背後をちらっと視線を流し、すぐに前を向いた。


 大枝に水平に打ち立てた槍へ飛び乗り、その大枝へと足場をうつすライオット。槍を引き抜き、立ち上がるなり身をひるがえす。

 眼前に走り去る単車六台。上方から、大蛇が追いかける。

 ライオットは石突をがんと大枝にぶつけ置くなり、容赦なく魔力を放出した。

 枝から幹にかけて、一気に氷が走る。幹を駆け上がる氷結が頭上を走る大蛇へと迫った。

 蛇の胴がうごめき前進する。尻尾が過ぎ去る間際、その先端をライオットの氷がとらえた。

 

 尻尾が氷結し、幹につなぎとめられる。急ぎ胴を動かしていた大蛇が勢いあまり、ぴいんと巨体を引き延ばされ、反り返った。


 動きを止められた大蛇が、なぜと怒りをたたえた双眸をもって振り向いた。

 ライオットは冷静に大蛇の怒れる顔を凝視する。


 ライオットには試したいことがあった。アノンに作ってもらった拳銃を改造した魔術具。それを自分の力だけで、使ってみたい。


 昨日は底から魔力を引きずり出される感覚と共に、魔力を注がれる無体な感触を味わった。


(あれは、ひでえよ。アノン……)


 底は見えていると思っていた魔力の奥底にあった、淀んだ底蓋をごっそりつかみ上げた。その上に容赦ない魔力をかぶせられる。


 強い者に引きあげられ総毛だった。暴かれるような感触が、肚に据える怒りと共に蘇る。

 もう一度、ライオットは、誰の邪魔もされずに、魔術具の拳銃を使ってみたかった。あの不快感を拭い去るために。


 大蛇がライオットに気づく。尻尾を凍結させた勢いもまだ衰えてはいない。放った魔力がむしばむように大蛇の表皮を氷となり這い続ける。


 イルバーに教えてもらった拳銃の構えをとった。右手で持ち、右足をわずかに下げる。左手を添え、左目で狙いを定めるように覗き込む。


(誰が、お前を動けなくしたか、分かっているだろう)

 挑発するような言葉が浮かび、沈んだ。


 意識は沈殿し、ライオットは無となった。音はかき消え、たぎる双眸と、真っ赤に開かれた口腔を凝視する。

 大蛇がライオットに狙いを定め、反転させた体躯を走らせ始める。赤い口内のさらに喉奥の黒い闇へ向けてライオットは引き金を引いた。


 放たれた小さな弾丸に込められた魔力が、飛び出た間際に具現する。氷の杭が出現し、旋回しながら、迫る大蛇の喉へと飛び込んだ。飲み込まれた氷の杭が大蛇を体内から氷結させてゆく。喉元あたりの表皮から、雪の結晶のような氷のひび模様が広がり始めた。


 大蛇の体内に魔力はさらに浸透する。前から後ろから凍結がすすむ大蛇が動きを止め、身動き一つしなくなる。樹上に尻尾から凍り付いた半身をひっかけ、頭部は地面に落ちた。ぶらんと垂れ下がった体部分も前と後ろから徐々に凍り付き、大蛇は間もなく全身くまなく凍ろうとしていた。

 

 ライオットは、拳銃を腰に隠した。

 その上で、槍の柄に手をかける。枝と石突を繋ぐ氷を割り、柄を持ち直す。身動きが取れないほど凍らせた蛇を粉砕しようと思った時、大蛇の頭部横に小さな人影が現れた。


「アノン……」

 

 アノンは、大蛇の頭部に手のひらを添えると、そこから容赦なく青い炎を放った。大蛇をつつみこんだ青い炎は頭部から駆け上がり、全身を燃やし尽くさんとごうごうと炎を散らす。尻尾の先まであっという間に青い炎は到達した。


 ライオットの頭上を炎が燃え広がり、青い火の粉を飛ばした。爆ぜる音が響き、大蛇は消し炭になり、消滅する。


 ライオットは大ぶりの枝から、下方の枝に飛び移りながらおりてゆく。地面におり立ち、「アノン」と、名を呼びながら駆け寄った。


 少女の目は吊り上がっていた。

(なんで、怒ってんの……)

 ライオットは、アノンが怒れる意味が分からない。胸がざわめき、足取りがゆっくりになる。


「ライオット!」

 アノンに強く名を呼ばれ、あと数歩というところでライオットの足が止まった。


「僕の出番がないじゃないか!」

 ひどいとむくれる少女に真正面から睨まれ、ライオットは複雑な気分になる。


(背後から来たんだから、俺が手出しして、悪いことないはずだけど……)


 荒ぶるアノンの憮然とした表情を見ているうちに、ライオットは気持ちがしぼんでいく。


「ごめん」

 ついて出てきたのは謝罪だった。 


 悪いことを一つもしていないのに、謝っている理不尽さに(なぜ、俺は謝っているんだ)と、ライオットは天を仰ぐ。

 当たり散らされ、燃やし尽くされた大蛇の燃えカスがひらひらと落ちてきた。


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