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92,示し方

「魔法だよ。魔術具がないから、俺が作れるのはこの程度だけど……」


 ライオットは涼しい顔で答えた。


 そう言って、手のひら一杯の氷を作り出した。瞬く間にあふれ出した氷の粒が地面に落ちる。小石の脇でこつんと止まった一粒の氷が、じわっと小石と乾いた土を濡らし、溶けた。


「なにもなかっただろ」

「信じられない」


 サライとファブルは絶句する。

 ライオットは冷静に二人の様子を見た。説明するなら、今だ。


「俺の手には何もない」


 手のひらを掲げて見せる。袖引き、手首も見せた。

 目の前の二人はまじまじと観察する。


 指をゆっくりと閉じ、ライオットは拳を作る。


「手をだしてよ、二人とも」


 サライとファブルは震える片手を出した。その掌の上あたりに拳をかざすライオットが、ゆっくりと指を緩めると、氷をざらっと落ちた。


「すげえ」

「これを、何もないところから」


 サライとファブルの反応を見たアノンは純粋に驚いた。

 ライオットは相手の出方を見ながら、何をどう話すか、思案していた。アノンの意志を最大限尊重した落としどころに持っていきたかった。

 そんな決意を含んだ精悍なライオットの横顔をアノンは見上げる。


「俺は騎士だから、魔術具の槍がないとデカい氷は出せない。アノンは、魔法使いだから、なんでもだせるよな」


 急にふられて、アノンの心臓が跳ねた。


「できるか」


 静かに確認され、ほやっとライオットを見上げていたアノンは我に返り、頷いた。

 ライオットは、サライとファブルの背後に見える巨木から河原に伸びる大ぶりな枝を指さした。


「じゃあさ。あの枝を、粉砕できるか?」


 うんうんとアノンは頷きながら、(そんな簡単なことでいいの)と思っていた。しかし、目の前の二人が手のひらにこぼした氷程度で驚くなら、それでいいのだろうと思いなおした。


 実際、二人の顔は、何を言っているんだ、という表情になっているのに、アノンは気づかない。ライオットだけ、冷静に二人の様子を伺っていた。


 アノンは、炎で焼き払い延焼したら厄介だと考える。そのような真似はしないつもりでも、不要な魔力の消費は避けたい。

(風で刈ろう)

 風の刃は、鎌のような鋭さを無数に生み出す。大枝を切り刻むことにした。


 アノンはライオットの横で、カップに添えていた手を離した。人差し指を立てて、くるくるとまわす。僅かずつ風が巻き起こる。

 アノンは体をライオットに寄せて、指を立てた手の腕を伸ばした。


 ライオットはアノンが寄りかかってもじっとしていた。ただ、アノンのなすがままに、風を起こす様子を静かに見守る。

 渦を巻く風が、砂埃をあげ始めた。

 突風が吹いたかと、周囲の四人が動きを止め、腰を低くする。

 近くに座るサライとファブルが腕で目をかばう。砂塵が入らないように、二人は目を細めた。


 アノンの指先が、ライオットの示した大枝を指さすと、その先端からうねるような竜巻が直線的に飛び出した。焚火の炎を蹴散らし、風が渦巻く向きにやかんが飛んでいく。


 ドンと一気に飛んだ竜巻が大ぶりな枝を包む。無数の刃で切り裂かれた枝は、鋭利な断面で切り刻まれる。木片がぼとぼとと地面に落ちた。


 横に飛ばされたやかんが地面を二度、三度跳躍し、からんころんと地面に転がる。


 竜巻が霧散すると、静まり返った世界に、滝音だけが残った。


 

 

 ライオットがアノンの頭部を抱いた。

「よくできなた」


 わしゃわしゃと髪を撫でられるアノンは、照れくさそうに口元をほころばせた。何もなくなった指先を握りしめ、腕を体に寄せた。


(これでいいんだ)


 アノンは風を起こした拳を大事そうに胸に抱く。

 わらわらと周囲にいた四人が駆け寄ってくる。

 真っ先に駆け寄ってきたのはチェインだった。


「どうしたんだ、なにがあった。焚火が突然、吹き飛んだぞ。木の枝も突然、あんなことになるし……」


 サライとファブルは沈黙したまま、一声も発することができずにいた。


「魔法だろ。サライ、ファブル。初めて見たら驚くよな」


 イルバーがライオットの背後から声をかけてきた。

 サライとファブルは頷きもせずに、イルバーを見上げた。イルバーはその見開かれた眼光を受けとめる。


「俺も見たんだ。ライオットとアノンが、たった二人で【切断 ウロボロス】を屠るところを目の当たりにした」


 イルバーががらにもなく、おどけた表情を作る。


「本物を見ないと信じられないだろ。

 俺たちが運んできた【切断 ウロボロス】に、小枝が額につき刺さっていたり、両前足が凍傷のような痕跡があったとしても、それをすぐさま魔法によるものだと結論付けられるものじゃない。俺たちにとって、魔法は架空のものだ」


「イルバー、なんで黙っているんだよ。アノンに助けてもらったという話だけで」


 横に立ったブルースが不満げにつぶやく。


「俺が説明して、はいそうですかと疑問もなく納得できると思うか」


 ブルースは押し黙る。


「この現象を見て、不思議だとは思うだろう。しかし、この世界にないものに結論付けることは難しい。本物を見ないで、魔法による傷痕だと簡単に納得できるものじゃない」

「だから、黙っていたんですか」

「悪いな、ブルース。信頼していないわけじゃないんだ」


 口惜しそうなブルースの表情を、すまなそうにイルバーは受け止めた。


「アノンさんが、俺たちを弱いという意味はこれか。たしかに、これだけできたら、俺たちは弱いだろうな」


 ラディが苦笑いを浮かべる。

 ライオットは顔をあげ、話し出す。


「ラディ。確かにアノンは強い。でも、この子は子どもなんだ。まだ十六だ。なんでもできるわけじゃない。頭は悪くないが、早とちりで、気持ちが先走るんだよ。その辺は分かるだろ」

「そうだな。そうじゃなければ、あんな御大層なセリフをはけないよな」


 頭部に降りそそぐ視線が気恥ずかしくて、アノンはうつむいた。


「ラディたちが一緒じゃないとダメなところもあるんだ。一人で行けるほど、この子は強くない。でも、魔法に関しては一流だ。アノンにとって魔物は怖いものじゃない」

「俺たちは邪魔じゃないのか」

「むしろ共に行動いてほしい。俺とアノンの二人では遺跡まで行って帰ってこれない。道案内は必要だ」


「少人数の方が都合が良いならラディ隊が引き返すこともできる。アノンとライオットはどちらがいい。正直に言ってほしい」

「イルバー、俺は六人がいいと思っている。遺跡で何を見るか、俺たちも分からない。なんにせよ、俺たちが力になれるのは、魔物の討伐ぐらいなんだよ。それ以外、この森の常識はなにも知らない」

「いや、魔物を恐れずに済むのはでかいだろう。俺たちの不安材料が半分以上解決する」


 ライオットは、大人六人の顔を一人ずつ確認していく。


「この子のために、誰も、怪我を負ってほしくないし、誰も失いたくないんだ。

 誰かを失って目的を果たしても、アノンが傷つくだけなんだ。

 力のある自分がいるにもかかわらず、誰かかが傷ついてしまうと、この子が自分を責めてしまう」



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