91,休憩
「何を焦って力を示そうとするんだよ」
「思い付きさ。魔法を使って見せれば早いかなと思っただけだよ」
ライオットは頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てた。
「もっと穏やかな魔法でいいだろ」
「例えば、そこの湖を干上がらせるとか」
「違う! 自然破壊は発想から除外しろ!!」
「ダメ?」
再び声を荒げても、アノンは飄然と小首をかしぐ。
ライオットは、ここで誰かが、ちゃんと言わなければいけないと肚をくくった。
「ダメだ! アノン。一度壊したものは元には戻らない。わかるか」
毅然とくぎを刺すライオットをアノンはまっすぐ見つめる。
「そうだよね」
「自然だってそうだ。あの岩場で生きているものもいるかもしれない。力があるから、それを示すために誇示して、その余波で住処を追われるものだっているかもしれないだろう。
水場を頼って生きるものも多い。ここに水が無くなることで、水生生物だけではなく、この周辺に生きる水を頼りに生きているものだってなぁ……」
アノンが急にしゅんとなる。しぼんでいくアノンを見て、ライオットの語気も弱くなり、立ち消えた。
「ごめん、ライオット。僕が考えなしだった」
「なあ、アノン。お前は、なにを焦っているんだ」
アノンは下唇を食み、口角を震わせてから、口を開いた。
「きっとさ。狂暴な魔物が出てきたら、僕とイルバーを先に行かせて、ラディ隊がおとりになるとか考えていると思うんだよ」
「かもな」
アノンの察している通りだとライオットは苦虫を噛む。
「だから、早いうちに僕が守る必要がないって証明したかっただけ……。僕が強いなら、彼らの判断も変わってくる。僕の届かないところに彼らの一人も消えても欲しくないんだ。
僕が助けられる距離にいてほしい。それだけだよ」
「アノン……」
「どんなに、僕は大丈夫だって言っても、信じてもらえそうにないじゃない。力を示す方法、ないかなって考えちゃったんだよ」
アノンは崖を見上げる。空と崖の際から、のそっと魔物が現れないかと期待してしまう。
「魔物が出てくればいいのに。一発でやっつけたら、信じてもらえそうじゃない。僕が強いって……」
子どもだなあ、とライオットは改めて思う。
目の前に魔物が現れて、口で説明するより、屠る方が早いという状況ならまだしも、今は、魔物の影もない。そういう時に、対話する言葉を持たないのだ。
ライオットは優し気に口元を緩ませる。
「なあ、アノン」
ふわっと見上げてくるアノンの両眼が潤んでいた。ライオットの手が自然に伸びて、小さな子の頭部を撫でた。
「アノンが思うより、ラディやイルバーは大人だ。強い魔法を見せなければ、理解できない子どもじゃない。そりゃあ、この世界に無いものを信じろというのは難しいかもしれない。
でもな、アノン。
俺たちは、まだ、彼らに、俺たちがどんな力をもっているのか、きちんと示していないんだ」
「どういうこと?」
「魔法を見たことないなら、俺たちが当たり前だと思っている初歩の魔法でも、十分彼らと話ができるってことだよ」
アノンは意味が分からず、戸惑いの色を瞳ににじませた。
「まずは簡単なことから始めよう。彼らの作戦に、俺たちを組み込んでもらおう」
「うん」
「まずは俺に任せて、なっ。悪いようにはしないから、そのぐらい信用しろよ」
ライオットはアノンの頭部から手を離した。イルバー達に目をむけると、半数が焚火を囲んで寛いでいた。
「ライオット、アノン。食事にしよう」
立っていたブルースが声をかけ、手を振ってきた。
ライオットはアノンの背にそっと触れた。その僅かな力に押されて、アノンはゆっくりと歩き出した。
焚火の一角に、アノンとライオットは並んで座った。
ライオットの隣にいると、大人しいアノンを男たちは見慣れている。いつも彼女は彼の後ろに隠れるように佇んでいた。
差し出された椀をそれぞれ受け取った。焚火に座りきれない者は立って食べる。飲むように食べて立ち上がり、単車の様子を見に行く者もいた。
盛られた薄味のスープに匙をつけながら、隣でアノンはそわそわしている。ライオットが何をどう話すのか気になっているのだろう。
ラディとイルバーが立ち話をしている。二人はリーダー格だから行程の確認をしているのかもしれない。ブルースとチェインは単車の点検を行っている。焚火の前にいるのは、サライとファブルだった。
空腹には勝てず、一匙口に含んでから、ライオットはまず食べることに集中した。
「急いで食べなくてもだいじょうぶだよ。まだ出発はしないから」
サライの言葉が耳に届いても、ライオットはまず食べた。食べ盛りの子どものような食べっぷりに、サライとファブルは目を細めた。
ファブルが火にかけていた鍋を傾けて、底に溜まったスープを寄せた。
「ライオット、最後のおかわりがあるぞ」
かけられた声にはっと顔をあげて、椀を差し出す。受け取ったファブルは、立ち上がって、ライオットの椀に鍋を傾けて残ったスープを流しいれた。
「悪いな、旅の最中は、食事はこんなものだ」
ライオットはふるふると左右に頭を振った。
男たちから見れば、ライオットもまだ子どもだ。成人して間もない見習いを卒業するかどうかという年齢でありながら、女の子を支え奮闘している。その姿は、けなげに見えていた。
「アノンさんはもういいかい」
「はい」
アノンは食べ終わった椀と匙を差し出した。受け取ったファブルが訊ねる。
「お茶もあるが飲むか」
「はい、いただきます」
火にかけていたやかんを傾けて、金属製のカップになみなみと茶色い液体が注がれる。ファブルが入れてくれたものをアノンはありがたく受け取る。
ライオットはお椀を傾けて、最後の汁の飲み干そうとしていた。
アノンが両手でカップを包み、湯気のたつカップの縁から息を吹きかける。
傾けたカップに唇をよせる。その液体の表面が少しだけ口内の舌先に触れた瞬間。
「あつ……」
アノンはカップを離し、熱でぴりりと痛んだ舌先を出した。
呷った椀を下げながら、匙を口に含んだライオットが、その柄から手をはなす。空を泳ぐ手がまっすぐ、アノンの前に伸びてゆく。手首をひねる間に手先に氷を作り出し、アノンが熱さのあまり、出していた舌の上にちょんと氷の欠片を乗せた。
「これ、舐めてろ」
さらに手のひらを返し、氷の粒を数個作り出した。
「入れるか、お茶が冷えるぞ」
舌先ですくいあげた氷を口内で転がしながら、アノンはうんうんと二回頷く。
ライオットは手の平にて生み出した氷を、カップにぽちゃんぽちゃんと落とした。途端に氷はじわっと溶けて、消えた。
その一瞬を、サライとファブルは見逃さなかった。
「ライオット、今、何をした」




