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83,最適解

 フェルノは、リオンに剣を押し付けて、自室に飛び込んだ。

 後ろ手で扉を閉めたまま、じっとその場に立ち続ける。


 廊下をリオンが歩き去って行く靴音を、目を閉じ、消えるまで聴き入った。

 フェルノは無音となるまで、心さえ震わさず、凍り付いたかのようにその場に留まっていた。


 リオンは帰ってくると言った。ならば待とう、フェルノはそう意志をかためた。


(魔神はどういう道を進もうとも魔寄せの体質の私を目指すだろう。私たち四人が行きつく結論はきっと同じだ)


 学園で見た、吸い寄せられた影の魔物たちにより、フェルノの体質は健在であると示めされた。


 ならば、魔神とどこで相対すか。問題はそこであり、その最適な場はすでに目星はついていた。

 環の国で唯一魔法が使える区域がある。中央にぽつんとたたずむ、フェルノが召喚された聖堂。あの場は、魔法も魔術具も使える。青々とした芝生の上に、うまく誘導できれば、被害も少なく魔神と相対せるだろう。


 フェルノは顔をあげた。

 

(三日間だけだ。三日待とう。その間だけ、私が私を保っていれば、いいのだ。必ず、彼らは来る)


 フェルノだけでなく、アノンやライオット、そしてリオンは気づくだろう。人々の営みが失われれば、どんなに魔力を保有し、力を保有する強者でも生きる術を失うことを。


(元の世界に戻る方法を模索するか?)

 飛ばされた方法も分からない中で、戻る方法を模索できない。国教がなにかを掴んでいるかもしれないが、探るにも時間が足りない。

 もし戻る方法があって力を見つけても、その選択肢はないだろう。あの最強を誇るアノンが、人々を見捨てて、尻尾を巻いて逃げるなどありえない。強者にとって、その選択は冒涜と侮辱だ。


(戻ることを考えても、手がかりはないに等しい。人々を見捨てておめおめと逃げる判断するほど、私の護衛は人でなしじゃない。

 なにより、そもそも力だけでは、衣食住は保てないのだ)


 魔物を屠る力だけでは、人の営みは再現できない。つまりフェルノたち四人がどんなに力を持っていても、環の国を見捨てれば、生きる道が絶たれる。


(環の国を守ることは、現状の最適解だ)


 しかし、フェルノは今、力を失っている。これほどまでに無力であったことなど、今までなかった。環の国の中央に行かなくては、フェルノは無能力な少女にすぎない。


 男のフェルノは強いと自認していた。三人の護衛と同等、それ以上の力があった。あふれる魔力を保有し、一級品の剣を軽やかに振るう。魔物が何体襲ってきても笑って屠ることができた。

 

 そんな強い男であったフェルノはどこにもいない。長らく一人ぼっちのフェルノの拠り所であった力は消えてしまった。


 力を失って、孤独だけが残るかと思えば、女のフェルノはあたたかい人に囲まれている。男のフェルノが得られなかったぬくもりを与えられ、弱いまま受け入れられ、許容されている。


 環の国で受け入れられているのは女のフェルノだ。男のフェルノは、どこにもいない。


 女のフェルノと男のフェルノは決裂する。同一人物なのに、違う存在のようである。彼女は受け入れられ、彼は忘れられる。男のフェルノは取り残される。


 それはかつて感じた孤独とも違う。生きながら、殺されて、なお亡霊として立ちすくむかのような、本当に存在しないという孤独だ。

 

 強い男のフェルノがいかに一人であったかと、弱い女のフェルノが受け入れられるほどに、痛感させられる。


(実際、女になっているのだから、男の私はいないわけだがな)


 自虐がもたげ、さらにフェルノを刺す。自分で自分を傷つけることが何がおもしろいのかと言われても、分からない。そうせざる得ないほど、自分で自分を傷つけて、その痛みをもって、フェルノは自分が強い男であったと自認しているようであった。

 

 いるのに、いない。

 いたはずなのに、いなかったことになる。


 リオンの嫌悪はフェルノを男と認識しているから生じるものだ。リオンはフェルノを男ととらえている。アノンとライオットもフェルノを知っている。

 彼らを待ち、合流すれば、そこに、男のフェルノは蘇る。そんな一縷の望みをフェルノは孤独を照らす灯のように握りしめていた。


 環の国の中央で、魔神と対峙し、あふれる魔力を発することができたら、フェルノは元のフェルノに戻れると思っていた。

 分裂し、壊れそうな内面を抱えて、フェルノはこの三日間を過ごす覚悟を決めた。




 トントンと背後の扉が叩かれた。

 フェルノは目を閉じて、息を吸った。

 再び目を開くと、微少を称える白金の髪を揺らす妹姫を模した少女に変わる。


 フェルノはひるがえり、「どうぞ」と声をかけた。

 扉が開くと、アストラルが現れる。


「フェルノ様、夕食のことですが、只今よろしいですか」

 

 フェルノは、先ほどの去り際にアストラルと夕食を共にすることを承諾していたと思い出す。忘れていたことを顔に出さず、笑んで返事とした。 


「ありがとうございます。父と母もリオン様が出立されたことを存じており、ぜひにもフェルノ様と席を共にしたいそうなのです。いかがでしょうか。フェルノ様、よろしいでしょうか」

「はい、かまいませんわ」

「ありがとうございます。父も母も喜びます」

「私も、ご一緒できてうれしいです」


 アストラルは心底ほっとした表情を浮かべ、口元をほころばせた。

「では、フェルノ様、制服より着替えられてからいらしてください」

「はい。楽しみにしております」

「おまちしております」


 アストラルが退室すると入れ替わるように侍女が衣装をもってやってきた。フェルノは寝衣と制服、昨日の正装以外、服はない。王族と同席の食事のため用意してくれたのだろうと察し、フェルノは素直に身につけるのだった。


 フェルノに与えられる衣装は今日も飾り気が少ない。装飾や刺繍は最小限である。妹姫が身につけた柔らかい生地とも違い、重みもある。

 ただスカートの裾に施された衣装と同色の流麗な刺繍だけは丁寧な手仕事を感じさせた。寸法を測ってもらってはいないが、体にはそれなりにあっている。


(この国では、これが良質なものなのだろう)

 華美を抑えてなお、細部に美を施すことで埋め合わせる。資源の少ない国で見出されたのは、細部を凝り、曲線を用いた美なのかもしれない。


 着替えを手伝ってくれた侍女が案内するというのでフェルノはついていく。階下に降り、事務室へ通じる廊下とは反対方向に進む。


 一度天井が壁が狭くなり、抜けると、両開きの大扉があった。


 扉を侍女が押し開くと、抜けるような高い天井があり、またそこに両開きの扉があった。侍女は「私がご案内するのはここまでです」と言い。置かれた呼び鈴を鳴らした。

 程なく、目の前の扉が開かれ、一人の侍従が出てきた。

 侍女が「フェルノ様をお連れしました」と挨拶すると、侍従は「ご苦労様です」と挨拶した。役目を終えた侍女は深くフェルノに頭を下げ、「では明日の朝、お伺いします」と出て行く。フェルノは、頭を下げる必要がないと判断し、微笑むだけで見送った。


 迎えの侍従に案内されて進む廊下は奥まで続いていており、突き当りは階段になっている。そこをのぼると、また廊下があり突き当りが階段になっていた。

 廊下を進むことなく手前の扉に侍従は手をかけて、押し開いた。


 窓辺に立つアストラルが振り返る。

 彼もまた制服から、おそらく日常着に着替えていた。色味が少なく、華美な装飾もない。


 自国の衣装を思えば貧相とも言えるが、それを補う努力を惜しまない、限られた条件の中で努力する美意識にフェルノは好感を抱いていた。


 侍従がどうぞと示すので、フェルノはアストラルの傍へと歩み寄った。

 フェルノが隣に行くまで、アストラルは笑みを絶やすことなく、穏やかな表情を浮かべていた。


 隣に立てばほぼ同じ目線に立つことになる。

「アストラル様、お招きありがとうございます」

「いいえ、こちらまでお越しいただきありがとうございます」


 フェルノは軽く頭をふった。

「こちらは王室の方々の私用空間でございましょう。私など招かれていいものか、困ってしまいますわ」

「気にされないでください。昨日のような場でもありませんので、気楽にされてください。もうすぐ、侍従が父と母を呼んできます」


 アストラルは窓の外へと目をむける。フェルノもつられて窓の外へと目を向けた。


 彼方まで黒々しい帳がおりている。星が瞬き、月がでている。


(世界は違えど、夜空は変わらないものだな)


 フェルノは密やかに思う。

 旅に出た初日の夜空と比べても、砂漠の星は綺麗だった。

 時折、筋のように線がかかり、星が隠れ、また隠れるを繰り返すのは、魔物の影なのかもしれない。


 程なく、王と王妃が現れ、フェルノとアストラルもまた、席についた。


 昨日より気楽な歓談を楽しみながらの夕食を終え、食後の飲み物が運ばれてきた。


(これでお開きだな)

 侍従から受け取ったカップを手にして、ほっと一息つく。


「聖女フェルノ様」


 名を呼ばれ顔をあげると、真顔の【闇黒解放 カスケイドワルツ】王がいた。

 フェルノが目を丸くし、あどけない笑顔を浮かべた。何かあると察して、気づかぬふりをする。


「私どもに新たな神託がおりました」


 王の言葉に、隣のアストラルが手をあげて侍従に下がるよう示す。

 部屋には、フェルノの他、王と王妃、そしてアストラルが残された。


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