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80,綻び

「フェルノ様。この国はいかがですか」

「いかがとは……」

 

 アストラルが砂漠へと目をむけ、ぽつりぽつりと話し始めた。


「この世界は砂漠ばかりです。魔物も多く、人が住める地は限られています。我々は少ない水辺にやっと生きながらえています」


 砂地に草木はない。生き物の気配がない死の大地と形容しうる。


「それでも、懸命に繋いできたのではないですか」

「はい。それはもう……」


 砂漠の果てに、緑が映える。森の民たちが暮らす大樹の森であり、この真っ直ぐに向かう先には遺跡がある。


「フェルノ様の国はどのような国でしたか」

「私の、ですか」

「はい。砂漠はありましたか」

「砂漠らしい砂漠はありませんね。海近くの砂丘はあると聞きますが、私は行ったことはありません。都は山を背景に川が流れる平野にあります。

 地域ごとも特色がありますので、一概に語ることは難しいです」


「地域ごとに特色ですか」

「ええ、元はいくつもの国が乱立し、対立ばかりしていました」

「それは、また……」

「でも、二百年前に平定され、それ以降は平和に暮らしております。それぞれの国の文化も地域ごとに特色として残り、観光資源になっております」


「何よりですね」

「はい。私から見ましたら、ここの技術が興味深くあります。魔物の核を鋼に練り込むなど、考えてもみませんでした。魔物の核を利用できるとなれば、私どもの国にも多大な恩恵があると考えられます。とかく魔物は沢山いますもの」


 フェルノは笑む。騎士達が魔物を狩らずとも、大人しい魔物を飼い、そこから魔法使いが魔物の核を取り出せばいいのだ。肉体に核一つ残せば、魔物は半永久的に生きることができる。そう考えると、魔物の核を鋼に盛り込む技術は、非常に発展性があると感じられた。


「私の国では魔物は小型で、大人しい物もおります。そんな魔物を飼育すれば、魔物の核に困ることはないのですわ」


 ひとしきり明るく笑うフェルノの顔が曇る。


「でも、戻る方法がないのですから、意味のない話ですね」


 遠く砂漠に視線を投げる。

 戻る方法は分からない。魔法術協会、人間の国、魔物の国、三者がどのような意図をもって、環の国へと四人を飛ばしたのかも不明瞭だ。


 戻り方が分からない以上、戻れないと考えるしかないだろう。そして、戻れないからこそ、魔神の脅威はフェルノたちへも降りかかる。


(この地に、四人だけで残されて生きれる気はしないよ)


 自嘲が浮かぶ。


「申し訳ありません」

「いいのです。私の方も色々ありまして、アストラル様のせいだけではないのです」

「しかし……」

 

 人の良いアストラルは、申し訳なさげな表情を浮かべる。


「ねえ、アストラル様。この環の国は、私の国と比べてもとても狭いです。これだけの人が暮らしていて、土地が足りなくなることはないのですか」


 アストラルの表情が強張った。


「なぜ、そのようなことを……」

「いえ、ただ単に、これだけ平和でしたら、人も徐々に増えていきそうではないですか。当初は魔物に襲われていても、教会もあり、魔物を寄せつけないのでしょう。安全が確保され、学術研究により医療が発展しましたら、この土地の広さではいつか、人が住み切れなくなるか、食料の確保なども気になるでは……」


 フェルノは軽い感想を述べたつもりだったが、アストラルの表情変化に口をつぐむ。不安が胸に膨らんだ。

(私はなにかおかしなことを言っていたろうか)


「……フェルノ様。それは私どもの目下の課題でございます」

「課題ですか」

「はい。近いうちに、この国の面積では人が養いきれなくなります。その時に、私たちは森での暮らしを考え、移住も余儀なくされるでしょう。

 それには年単位の調査を行う必要もあります。近々魔神が復活するという現状で、取り組む計画ではないのです」

「まずは、今の生活を破壊されないこと。守ることが先決なのですね」


 飲み物が運ばれてきて、二人は沈黙した。また二人きりになるまで、外を見つめる。

 アストラルもまた、何かを背負っているとフェルノは意識した。滅び枯れた地を背負う第一王子だ。フェルノとは違うまでも、ただ安穏と第一王子であるわけではなかった。


「いずれは、森の民の力も借り、祈りをささげる地の選定からはじめることになります。調査だけでも私の代で始めねばなりません」

「時間がかかりますね」

「時間と人員と、その安全と……さまざまな要点を熟慮し、実行しなくてはいけません。タイミングは今ではない。ということです」

「将来的を見据えて検討されていらっしゃるのですね」

「森の暮らしは森の民の援助も必要です。長い目でみても、彼らとの協力は軽んじることはできません。互いに協力関係を保たねば……」


 そこで、アストラルが口をつぐんだ。淀みなく語られた言葉が途切れる。

 聴き入っていたフェルノをアストラルは恨みがましい目で見つめる。 


「いかがされました?」

「フェルノ様は、相槌がお上手です……」

「どういうことでしょうか?」

「こんなことまで興味を持たれるなんて思いませんでした。ついつい、語ってしまうではないですか」

 

 フェルノは戸惑う。

(私はなにかおかしな対応をしただろうか)


「これだけの砂漠が広がるなかで国を治めているのです。限られた条件の中で責任ある立場に立たれるアストラル様が、先行きを憂慮されるのは当然ではないのですか」


 取り繕うように語る言葉が、乾いている。


「いえ、そういう意味だけではなく。昨日から、フェルノ様はずるいです」

「ずるい、ですか」


 狡いと言われれば、フェルノは身に覚えがありすぎる。しかし、言葉を向けられ困惑する。アストラルにはまだ、そこまで、はっきりとしたずるい一面は見せていないはずだった。

 アストラルは目を閉じて、背ける。


「すいません、女性にずるいなんて失礼でした。失言です。フェルノ様とお話していると、まるで私の立場を理解してくれているかのように感じてしまうのです」


(私も第一王子だしな……)

 第二王子の予備ではあっても、立太子される可能性を秘めている以上、それ相応の教育を受けていた。ある意味、王となる可能性をもって教育を受けている以上、国の産業、や農業、歴史、税、教育、気候、政治に至るまで、あらゆる勉学をこなしている。フェルノもまた従順にそれを受け入れてきた。

 アストラルと同じ目線で見るのは、フェルノにとって特別なことではなかった。


「私は第一王子ですので、この年ですでに神託の実際も、遺跡の秘密も知っております。いずれ、私の伴侶もそれを知ることになりましょう。でも今は誰にも言うことができません。こんな話をできる方は他にいないのです」


 アストラルは肘をつき、彼にしてはめずらしく頬杖をつく。

 そこまで言われても、フェルノはとんとピンとこなかった。


(私は、何かしただろうか)


 アストラルにずるいことなどした記憶はない。近々のフェルノのいびり相手はリオンなのだ。乾く口内を潤すためフェルノは飲み物に口をつけた。


「フェルノ様はやっぱりずるいです」


 呟いたアストラルは頬杖をした手の腹を口に寄せる。飲み物が入ったカップの飲み口を空いた手の指先でなぞった。

 ほどよく苦い飲み物が半分なくなるほどの時間を、沈黙するアストラルに合わせて、フェルノも黙っていた。


 フェルノから見れば、アストラルの方がずるい。ずるいというより、うらやましい。それを飛び越えて、もっと黒い感情が底から顔を出してくる。


 同じ第一王子でありながら、大事にされ、生きてきた。それをあらわす穏やかな雰囲気と、丁寧な言葉と、誠実な対応。


(この第一王子はどれだけ……)


 それ以上、言葉にしたくなかった。同じ立場でありながら、フェルノが得られなかったものを、すべて得ている第一王子にしか見えないのだ。

 アストラルは頬杖えをやめて、姿勢を正す。


「フェルノ様はどういったお立場だったのですか」


 フェルノはいつもの困ったような笑みを浮かべた。


「それなりの教育を受けられる立場でいらっしゃることは召喚された当日から察しておりました」

「ですので、私は……」

「フェルノ様!」


 アストラルの今までにない低い声に、フェルノは驚き、黙る。


「メアとエレンと一緒にいればわかります。彼女たちは、芸事や読書、甘味、服飾などが話題の中心です。フェルノ様のように、国の産業や加工技術、人口や統治に目をむける方が珍しいのです」


 フェルノは押し黙った。そんな些細な話題からほころびがでてくるかと悔しくもあった。妹姫と話していてもそうだ。アストラルの言うように、王都内で何がはやっている、これが美味しいなど、噂話程度の話題がほとんどではなかったか。

 いつもフェルノは彼女の持ってくる他愛無い話題に相槌を打つだけだった。

 表面は似せれても、芯からは似せれなかった。それだけと言えば、それだけだった。


「フェルノ様、あなたは元の世界で、どのような立場だったのですか」


 フェルノは目を閉じた。

(嘘をついても仕方ないな)

 婉曲な表現を用いて誤魔化すことと、嘘をつくことは違う。


 ここに来た時、すでに最大値の嘘をついてしまったフェルノは、真実に近いところをなぞる以外道がないと肚を据えた。


「お察しの通りです、アストラル様。私は、故郷にて、王位継承権を持つ王族の一人でございました」



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