79,好み
アストラルと学園に到着し、車からおりると、トラッシュが歩み寄ってきた。朝の挨拶を交わし、学園内に向かって歩き始める。三人で歩いていると、どこからかメアとエレンが現れた。
彼女たちが当たり前にフェルノの横に並ぶと、アストラルとトラッシュが一歩引く。フェルノは二人の女の子に囲まれながら、学園内の道を歩む。
「フェルノ、今日はどうしたいとかあるの」
「どうしましょう」
メアにふられてフェルノは考えあぐねる仕草を見せる。
「授業の雰囲気でも見学したいかしら」
「授業なんて見たいの?」
「私は家庭教師で学んだものですから、授業が新鮮なの。特に、つまらなそうにしている方や転寝している方がいるんですもの。後ろから見ていたら楽しいわ」
エレンとメアがふっと吹き出す。
「確かに、家庭教師なら転寝一つできないわよね」
「フェルノはやっぱり魔物の核や歴史に興味があるのよね」
「そうね。でも、今日はどんな授業でもいいわ。それこそ、芸術でも、農学でも」
狭い土地でどのように食料を確保しているのか、フェルノは気になっていた。白く美しい曲線美を基調とした建物を見てきただけに、この二百年で復興していくなかでも美意識を意識した文化を垣間見える点も興味をそそられていた。
「だって。アストラル、トラッシュは今日の授業はどんな感じ?」
雑談をしながら、それぞれの予定を確認し合う。各人受ける授業が異なり、教室が違う。四人はフェルノが一人にならないよう配慮し、誰の授業に参加すると相談し合う。
結局は、アストラルと共に行動し、男性向けの課外授業が行われる時は、メアと行動を共にすることで落ち着いた。
フェルノを一人にはしない。そういう取り決めが四人にあってもおかしくはないし、フェルノ自身広い敷地内で迷子になる恐れを感じ、四人の誰かと一緒に行動することを望んだ。
メアとエレン、トラッシュにアストラルの関係は、ひどく明るく、裏表のない世界に見えた。
この四人の関係に裏を感じない分だけ、今まで警戒を怠らずに、誤魔化し、取り繕った作り笑いで生きてきた生きざまがひどく痛々しく浮き彫りにされた。
まぶしいのである。
その年相応と言える環境を当たり前に享受し、明るく、生きている姿が。
そう思うと、女性のフェルノだけ彼らの中で溶け込み前へと進み。
男性のフェルノが置いていかれて、取り残される感覚に襲われる。
男のフェルノの人生が立ち止まると、目の前の五人が楽し気に歩き去って行く。その中心にいるのは、女のフェルノである。男のフェルノは一人ぼっちで、立ち止まり、彼らを見送る。
フェルノは孤独に苛まれた。それは過去に感じないように生きてきたものかもしれない。フェルノの奥に溜まった鬱屈した淀みかもしれない。
朗らかな四人に紛れているのは、聖女と呼ばれる女性のフェルノだ。
では、男性のフェルノは、この十八年生きてきたフェルノはどこにいるのだ。
「フェルノ、どうしたの。具合悪いの」
エレンが心配そうに覗き込んできた。はっとしてフェルノは誤魔化し笑う。
「そんなことないわ」
「そうかしら、どことなく、苦しそうに見えるわ」
心配そうな表情を浮かべるエレンの鋭さにフェルノは笑みを返し、取り繕う。
「本当に、大丈夫よ」
「いいのよ、フェルノ。無理しなくて。あなたは、単位とか出席とか関係ないのだから」
「はじめての場で、色々まわってますからね。知らずお疲れになっててもおかしくはないでしょう」
メアとトラッシュが顔を見合わせる。
「どうする。私たち、最後の授業あるわ」
「私がフェルノ様と休んでいるよ」
「アストラル。いいの、授業」
「メア、私はね。便宜をはかってもらえるんだ」
苦笑し、アストラルは肩をすくめた。
ああとメアは嘆息し、そうよねと苦々しい表情を浮かべた。
「王子様に任せて、行きましょう。トラッシュ、エレン」
メアの後をにこやかなエレンが追い、トラッシュは別方向に歩いて行った。
教育施設と研究施設をかねているため、ここの敷地はとかく広い。三人は足早に去って行った。
アストラルとフェルノは二人に残される。
「ごめんなさい。私のせいで、授業を棒にふらせてしまいまして」
「お気になさらずに、あなたをお誘いしているのは私ですし、その点についてはもう文官長から学園長まで話が流れております」
「ここは伝達が早いですね」
「小さい国なのです。要点を抑えれば、意思決定は早いに越したことありません」
「もし間違ったら」
「反省し次回に活かします」
「間違いの責めは?」
「責め?」
「はい。罪を追えば罰を、間違えば責めを、負うことはないのですか」
フェルノは不思議そうに問う。
「そうですね。人命に関われば違いますが、決断もリスクを鑑みて行いますし。罰や責めを科しても、隠すことになりかねませんし。それならば、反省点を模索した方が、健全に次の改善につながるので……」
「まるで、そんなことは考えていなかったかのようですね」
アストラルは切なそうに視線を落とす。
「そうですね。一度滅んで、やっとここまできました。人口も少なく、互いに協力し合わねば、始まらなかったのですよ」
ぱっと面を上げた時には、いつもの明るい表情であった。
「カフェテリアへ行きましょう」
アストラルはフェルノを促す。
浮遊する魔物から逃れるように飛び込んだ建物へ向かう。棟内の階段をのぼった。最上階のカフェテリアは、三方に広がる壁面の窓から、街、砂漠、聖堂のある中央の芝生が見える。
二人は自然と、人気の少ない砂漠側の席に向かう。
円形の芝生は和やかな雰囲気だし、街並みは人の息遣いを感じられる。心が和む景色に人は寄せられて行く。その中で砂漠の景色は殺伐とし、時に魔物の影さえチラついている。寛ぐ風景とは言い難い。二人はただ周囲を気にせずにいられる場所に座りたかっただけだった。
「何か飲みましょう。フェルノ様は昨日と同じものにしますか」
喉元にあるはずのない甘さが広がり、フェルノは震えた。
「いえ、昨日のはちょっと……」
甘すぎた。
「なら、私と同じものでいいですか」
お願いしますと答えかけてやめた。
「……甘くないものをお願いします」
昨日と同じ間違いはしたくなかった。
「フェルノ様は甘いの苦手ですよね。昨日も顔に書いてましたよ」
片頬に手を当てて、フェルノは口をつむぐ。
アストラルは明るく笑う。
「苦手なら、苦手と言ってください」
フェルノは口を真一文字に結ぶ。
完全に食べれないわけではない。
ただ、一定量を食べると喉を刺すような甘味が辛くなるのだ。
屋敷にいる時は、誰もがフェルノの好みを知っていた。あからさまな甘さではなく、ほんのりと甘い甘味しか出なかった。甘味だけでなく、好むものが自然と用意され、何も言わずともすべてが用意されていた。
誰かに、好きとか、嫌いとか、自己を表明するような場面もあまりなかったとフェルノは気づく。
「正直、苦手です」
「苦手なものは誰でもありますよ」
「昨日は、私も、おなじもので、って言ってしまった手前どうしても……」
「気をつかわれたんですね。それでも、苦手と言ってくれてかまいませんから」
甘くない飲み物を二つアストラルは注文した。




