77,預言者
【禁呪預言者 アノニマスエクリプス】は鏡の中の世界がぴたりと止まり、(やれやれ、またか)と嘆息した。どのような魔法が発現しているのかは知りようもないが、環の国では時がたまに止まるようになった。
この点について、司祭や王に伝えようかと考えもした。もし、あちらへ飛ばした者が能力開花し、時を止めているなら、彼らの動きを邪魔したくなかった。
預言者は、代弁者であり、指示者ではなく、決断者でもない。
フェルノとアノンは聖女として召喚されている。あれは約束されている子達である。すでに数日たっている。こちらが意図して送り込んでいるぐらいは察しているかもしれない。
鏡の向こうが動かなければ、預言者の為すことは何もなかった。
鏡の中が揺れた。人が近づいてくる。預言者は見えないところに、身を引き、闇に隠れた。鏡の前に現れた人間は右に左に動きながら、鏡の中を様子見ている。
【串刺し多面体 コズミックリベリオン】の顔が見えた。黒髪の男が、時を止めたかと預言者は悟る。
預言者は、気まぐれを起こした。時が止まる暇が彼を突き動かしたのかもしれない。代弁者としてはあるまじき行為だと自覚していても、郷愁が彼を動かした。
鏡の前に預言者は立った。
「……ここまで、たどり着いたか……」
黒騎士の目がすわる。凄みが増し、射貫かれるような殺意を感じた。
「……恐ろしいのお……」
「誰だ」
「……預言者だよ……」
「預言者……、神託を与える者か」
「ああ。そちらの時を止めたのはお前だな」
「だとしたら」
「睨むな。お前のことは知っている。異世界へ飛んだ黒騎士、【串刺し多面体 コズミックリベリオン】だろう」
黒騎士の表情は冷める。預言者は空間が隔てられており良かったと安堵した。すぐに手を出すような愚かな男ではなくとも、同室にいては預言者の方が畏れ多く声が出なかったかもしれない。
「私は【禁呪預言者 アノニマスエクリプス】よ」
「預言者、お前はどこにいる」
「どこかか……。ここは魔王城内だよ」
黒騎士は瞠目する。
「やはり、魔王城と、いや人間の国と魔王城、そして異世界はつながっていたのだな」
預言者は身震いする。
「察しておるか」
「決まっている。魔法と呼ばれない魔法があり、魔術具と呼ばれない魔術具がある。あれはなんだ」
「見ての通りだ」
「国教と魔王城がつながっていたのだな」
「ああ、そうだよ。よく、ここまでたどり着いたなあ」
冷えた眼光を受け続けるには、彼の双眸は預言者にとって眩しすぎた。
「黒騎士【串刺し多面体 コズミックリベリオン】、そなたに神託を与える」
ただの気まぐれか、その場から逃げ出すための戯言か。動揺のなかで預言者は、言葉を紡ぐ。
「魔神の復活は四日後である」
「四日後? なぜそこまではっきりわかる」
「なぜかな。そこまでは言えない。四日後復活したらどうなると思う」
「魔神が魔物の一種であるなら、フェルノに向かってくる」
リオンの言葉に満足し、鏡が映す視界から預言者は消えた。
闇に紛れ、隅に身を寄せる。
「おおお、怖ろし。おおお、懐かし」
向こうの時が動くまでじっと闇に身を寄せた。
預言者の記憶の底にも黒髪の男がいる。
黒騎士【串刺し多面体 コズミックリベリオン】は瞳の色は違えど、あのかたく厳しい雰囲気により彼を思い起こさせる。
「懐かしいのか、怖ろしいのか。黒騎士【串刺し多面体 コズミックリベリオン】は【地裂貫通 グラインドコア】を思い起こさせる」
似ているとも言えた。
平民だと聞く男は、何代かにわたって、市井に紛れた血筋の果てに生まれたのだろう。
「この時代に現れるとはまた、それも運命か」
じっとしているうちに転寝をしていた。待ちすぎるのは老体にこたえる。
鏡の奥の時が動き出したのか声が響く。
「預言者様、預言者様」
王の声が聞こえた。
先ほどまで鏡の前にいたのに、突如消えて驚いているのだろう。
預言者は鏡の前に立った。そして告げた。
「四日後に、聖女召喚を祝う宴を催し、この鏡を表に出せ。預言者もまた、聖女と面会す」
王と司祭は目を見開いた。これまで、隠し通してきたものを表に出せと言うのだ。
「しかし……」
司祭が言葉にならないまま、口を上下に動かすのみだった。
預言者は鏡の前から退いた。
鏡の向こうで、ざわめき、おののく、王と司祭がいる。王妃は一歩引き、何も言わない。
預言者は、鏡の向こうが静まるまでじっと闇に紛れた。
朝が来るまでじっとしていた。時が過ぎ、鏡はただの鏡面に戻っていた。すでに何も映さない。
扉がきいと開かれる。
「預言者様、朝ご飯を持ってきたよ」
ドリームが顔を出した。
「ありがとう」
「テーブルに置いておくから、ちゃんと食べてね」
「ああ、あああ」
「何か、言伝はない?」
「朝食が終わったら、魔王と人間の国の使者を呼んでもらいたい」
「うん分かった。他は」
「今はいいよ」
ドリームはそう言って、また出て行った。暗い部屋の中で、闇に紛れて、預言者は佇む。
朝食を食べ終え、待っていると、再び扉が開いた。
ドリームが最初に顔を出し、弾むように机に近づくと「お膳を下げるね」と言い、それを持って出て行った。
すれ違うように、【混濁僭主 クリムゾンディシプリン】と【論理嗜虐 ロジカルサッドネス】が現れる。
「魔王と使者か」
預言者は呟く。
サッドネスが大きな紙をぐるっと巻いて持ってきていた。
「失礼いたします。【禁呪預言者 アノニマスエクリプス】様地図も持ってきました。机に広げてもよろしいでしょうか」
「かまわないよ」
「ありがとうございます」
サッドネスは机に地図を広げる。
「預言者」
「なんだ、魔王」
「あちらには何と」
「四日後に宴を開けと伝えた。その場に鏡も出せと言った」
「ああ」
魔王は嘆息し、首を左右に振る。
「どうなるかな」
「どうにもなるまい。潮時も兼ねている」
「……そうだな」
「この三日間で、行う預言も決まっている。後はそれを伝えるだけさ」
「やっと、お役御免となるか」
「長い、長い」
「潮時だな。【地裂貫通 グラインドコア】の望むままに……、すべてを消す」
「我々は、ただの駒だ」
乾いた声で二人は、おかしくもないまま枯れた声で喉を鳴らし笑った。
声がかすれ消え、サッドネスは話しかけた。
「お二人とも、よろしいでしょうか。地図を広げました」
預言者と魔王はサッドネスが脇に立つ机に寄る。
「こちらが、魔物の国の地図。もう一つのこちらは、異世界の地図です。こちらは二百五十年程前に、【地裂貫通 グラインドコア】が、現地の王と司祭より聞き取り描いた物ですので、現状とは若干違うかもしれません」
「懐かしいな」
「ああ、懐かし」
「【地裂貫通 グラインドコア】の聴き取った内容を、魔道具師が記し、保存した地図だ。やっと、これも役目をまっとうする時がきたな」
「では、最終確認前の、調整を行いましょう」
魔王と預言者は沈黙し、サッドネスの説明に耳を傾けた。




