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76,森へ渡る

 森の民に招かれた室内は木の匂いがした。

 木の板が床に張り巡らされており、踏み込めば、かつんと懐かしい靴音が響く。壁は白い。今まで見てきた内装と同じでも、床が違うだけでおもむきと香りが違う。


 一階は広く、調度品は見当たらない。端に使わない机と椅子が重なっている。広い一階の一面が窓となっており、開け放たれていた。外にも、木の板が床と同じ高さで敷かれている。

 室内の床面積より、床続きのベランダの方が広いかもしれない。真っ直ぐに続くベランダの横に、平べったい金属製の物体が横付けされていた。


 その向こうは広大な砂漠が広がり、地平線の代わりに森の影が見えた。


 窓手前に置かれた机に、男たちが座っていた。彼らの一人が気づく。

「リオン、よく来たな」

 親し気に声をかけてきたのは、デザイアだった。


「まずは自己紹介しよう。さあ、リオンさんもどうぞ座ってくれ」

 そう言うとここまで連れてきてくれた男は、一人で行けと背を押した。彼は彼で、部屋の反対奥へと進む。見れば、台所があるようで、「おい、リオンさんがきたぞ」とそこに立つ女性に声をかけていた。


 リオンは、デザイアたちが座る席に進んだ。

「どうぞ座って」という、デザイアに促され、リオンは座った。


 デザイアを含め三人の男と年若い成人間際の少年が一人。デザイア以外の三人がいっせいにリオンの瞳の色に気づいた。

「彼が、アノンとライオットが探していたリオンさんだ」

 リオンがデザイアの紹介に、軽く頭を下げた。


「森から今回渡ってきた仲間だよ。

 こちらはジャン、【火焔秩序 マシンガンジャベリン】だ。一緒にチームを組んでいる」

「よろしく」

 頬杖をつきにやっと笑う。階段でデザイアが荷物を載せた男だ。


「二人は運転手。あそこに止めている、運搬車を動かしている。明日の朝、俺たちを森まで運んでくれる人たちだ」


「運転手の【葬送多面体 コズミックパレード】だ。ドミックと呼んでくれ」

「僕はまだ見習いです、運転手と呼べる立場ではないですよ。名前は【呪禁崩壊 ゴシックコラプション】です。コラックと呼ばれています」

 髭をたくわえた男は表情を変えず片手をあげ、少年は素直そうに笑った。


「邪魔するよ」

「ちょうどそろったし、夕食にしましょう」


 さっき案内してくれた男と台所にいた女性が現れる。二人はおぼんに大皿に載った料理を乗せてきた。男がお盆をテーブルにおいた。

「私は、森の民の代表でこちらに居住している。の国との伝達役を担っている【月光円錐 マーダーファントム】、マートム。こちらは家内の【消失脳髄 ヴァニシングパラダイス】」


「ヴァニスよ。よろしくね、リオンさん」

 大皿を並べながら、女性は笑顔を向ける。大皿の料理数品に取り皿が並べられ、リオン達は食事をしながら、互いの情報交換を始めた。





 翌朝、日も明けきらぬうちに、森の民とリオンは出立の用意を終えてた。


 外に突き出した木の床面を渡し場と呼んでおり、環の国と森の民の間で荷物を運搬するために往復する車両をとめている。


 運転席にドミックが座り、その隣にコラック少年が座った。


 ジャンとデザイアがいくつかの木箱を後ろに乗せる。そこに厚手の布をかけて、鎖で荷台に括り付けた。


 勝手知らないリオンは、ここに残る夫婦と一緒にその作業風景を眺めながら、魔物の核をこちらに持ってきて、こちらで必要な品を買い求め持ち帰るのが常だと教えてもらう。


「準備できたぞ、リオンも乗ってくれ」


 デザイアとジャンは荷台に座り込む。運転席には座らないようだ。リオンも彼らを真似て、荷台の上にのった。

 ジャンとデザイアに近づくと彼らはリオンに気安く声をかける。


「リオン、運転席もまだ余裕があるぞ」

「ここでいいのか。客人なら、あっちに座って良いぞ」

「いや。アノンやライオットがどうすごしていたか聞きたいんだ」


 リオンはそう言って、座った。

 ジャンが運転席の背面についている小窓を叩く。

 前から、コラックが顔を出した。


「いいんですか、リオンさん。こっちまだ余裕ありますよ」

「かまわないでいい」


 リオンは、ひらひらと手をふる。

 王城にいる時よりも、リオンは肩の力を抜いていた。文官長や武官長、司祭に王など国の中枢にいる人間に対しては警戒心が働く。昨日から触れ合う森の民という人々は気安く、平民のリオンにとってはなじみやすかった。

 なにより、フェルノがいない。彼のお遊びにつきあうことからの解放感はリオンの心を軽くした。


「じゃあ、出発しますね」


 そう言うと彼は運転席に戻り、程なく車両は動き出した。

 車両が砂漠を滑り出す。渡し場に立つ夫婦が手を振っている。リオンは軽く振り返す。


 運搬車は、背面に飛ばす砂が渡し場にかからない距離がとれると、途端に速度を上げた。


 デザイアとジャンと輪をかこみ、リオンは二人に訊ねた。


「魔物を狩ると聞いているが、森の民はどうやって狩るんだ」


 デザイアは運転席の背面の外壁に備え付けられた細長い金属の品を手の甲でこんこんと叩いた。


「こういう武器です。砂漠を渡る際も、影の魔物が出てくる可能性があります。これは、その時の威嚇用ですね。

 小火器の一つで、短機関銃と言います」

「他は、携帯用狙撃銃である拳銃。魔物にとどめをさすのは狙撃用散弾銃。これは弾薬の装填に時間がかかるため、狩る時は真剣勝負。一発でドン! だ」


 ジャンがリオンには理解できないが、銃を構える仕草を見せた。


(魔物を狩ると聞いていた森の民だが、魔力や魔法はないのか)


 まったく見知らぬ武器を用いて、魔物を狩ると聞き、内心仰天する。

 金属と言えば、自動車などの車体の金属部分には必ず魔物の核が練りこまれていたことをリオンは思い出す。


「それらにも、魔物の核が練りこまれた金属を用いているのか」

「もちろん」

「魔物の核を練りこんでいない鋼を使っても、魔物を傷つけることはできませんよ」


「リオン達は魔法で魔物を狩るんだろ」

 にやりとジャンが揶揄する。

「ライオットの後ろに隠れる人見知りのお嬢ちゃんが一騎当千なんだろ。魔物を一人でも狩れるって。本当かね」


 デザイアも苦笑する。


「自称魔法使いだと言い、確かに魔法の絨毯と呼ぶ乗り物で飛んでいたのは見ました。だからって、一人で何体も魔物を狩れると豪語され、私たちが同行して遺跡に行くことに、弱い者と一緒だと守るのが大変だって騒いで、大変でしたね」

「お守りがついてるんだ。まかせておけばいいんじゃねぇ」


 リオンは、アノンの発言に動揺するライオットに同情の念がわく。結局、フェルノもフェルノなら、アノンもアノンなのだ。


(あっちも大変そうだな)


「イルバーが二人のことを真剣にとらえてるから、否定もしずらいですよね」

「ケガの手当てをしてもらったんだろ、あの子に……」

 

 その時、急に周囲が陰った。晴天が続く砂漠の上に雲はない。見上げれば、魔物の姿が日を遮っていた。


(これは丁度いいところに……)


 リオンは立ち上がる。


「デザイア、ジャン。魔法がどんなものか、見た方が早い」


 とんと跳ねて、運転席の上に飛び乗った。

 頭上に飛ぶ影は青みがかっている。狂暴な【薄闇 ゴーストブルー】だ。魔物はリオンに目星をつけたようだった。

 

 足元の運転席の天井が開いた。そこには正方形の小さな扉があったのだ。


「リオンさん。危ないですよ。降りてください……。って、あれ魔物じゃないですか!!」

「コラック。頭を下げていろ。このまま、車両は走り続けてくれ」


(どうせ見せるなら、派手にいこう)


 リオンは使い慣れた自身の刀剣を引き抜いた。

 印象に残るよう引き抜きざまに魔力を通し、炎を露にする。

 鞘から、剣ではなく炎を抜いたように見えたことだろう。

 リオンが鞘から抜き出した炎は、刀身の数倍長い。


【薄闇 ゴーストブルー】が炎を見て高揚したかのように飛び込んでくる。構えたリオンは、魔物が十分に引き寄せられるまで待つ。【薄闇 ゴーストブルー】は車両に叩きつけんばかりに迫る。

 

 リオンは飛んだ。跳躍した空にて、真横に炎を一振りした。魔物は炎に裂かれ、切り裂かれた面から赤く燃えだす。

 魔物は炎に巻かれて、車両背後の砂地へと落ちた。

 車両は走り、燃える魔物は徐々に小さく消えていく。


 森の民にはその動きの詳細は見えなかった。ただただ、砂地に落ちた魔物を燃やし尽くしていく赤黒い炎に、息を飲んだ。


 運搬車の荷台の端にリオンはおり立った。炎を払い消し、美しい刀剣を煌めかせ、剣を鞘に納めた。

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