75,別行動
フェルノは王城へ戻るなり、駆けてゆく。息を切らしながら、リオンの部屋に飛び込んだ。
「リオン様、只今もどりました」
昨日と同じように、テーブル席に座ろうとしたところで、リオンが手を伸ばし、フェルノの腕を掴んだ。すぐさま、空間を変化させる。
リオンの行動に、フェルノは何があったと目を丸くする。腕をつかむ大きな手。その力に、男女の違いを感じ、言い知れない震えが芯を駆け上った。そんな自分に、フェルノは驚愕するものの、顔には出さなかった。
「アノンとライオットの居場所が分かりました」
その言葉で、リオンの態度の意味を解すれば、芯を震わせた感情も霧散する。
「本当か!」
「はい。二人は森の民に拾われ、彼らと共にいます」
「よく突き止めた」
明るい表情で労われ、護衛のリオンは恐縮する。
「遺跡の文字盤とアノンの本に書かれていた文字が同じで、二人は遺跡に確認のため向かったそうです」
「遺跡へか!? そうか、そう判断したのか。あの二人なら魔物なんて怖くないからな」
「また、フェルノと同じようにアノンも性別が変わっていると聞きました」
フェルノはふっと吹き出した。
「やっぱりね。アノンなら、さぞ可愛いだろう」
「どうでしょうね……」
デザイアの反応を考えると、むしろ扱いに困っていそうである。
「もう一つ、先日の夜、鏡の部屋に入りました。向こうの時間は動いており、鏡越しに預言者に会いました」
「その予言者とは、人なのか」
「おそらく、影のように黒々しく。魔法使いのようないで立ちで……。預言者は、魔王城いると言っていました」
フェルノは天井を仰ぎ見た。
「ここで、魔王城までご登場か」
「預言者は、魔王城にいて、この地に神託を与えていたということでしょうね」
さらに、フェルノは皮肉な笑みを浮かべる。
「預言者は何か言っていたのか」
「四日後、つまり、今からでしたら三日後に魔神が復活するそうです」
「それはまた、急だね。ここではまだ、近いうちに復活するという感覚なのにな」
「預言者側は分かっていて、伝えていないと思います」
「何をしようとしているのか、本当によく分からないね」
「俺は、森の民のところに行こうかと思います。アノンとライオットと合流し、こちらに戻ってきます。魔神が復活してどういう動きをするにしても、結局、魔寄せの体質を持つフェルノに呼びよせられるはずです」
「私は聖女というより生贄みたいだな」
フェルノはさもおかしそうに笑う。
「笑い事ではないでしょう。女性になったせいで、剣もうまく扱えない、この街にいては魔力も扱えない。ただの女の子になってしまっている。フェルノは魔神に食べられて死ぬつもりですか。そんなつもりはないでしょう」
「なにが言いたい、リオン」
「俺が行って、本当にいいのかと……」
フェルノは一瞬驚き両目を瞬かせ、茶化すように笑った。
「惚れたか」
「まさか」
「妹姫に似ているのに、つれないな」
切なそうに眉をひそめて見せる。
「そういうのは結構です」
リオンはげんなりする。
「あからさまにふるなよ。傷つくな」
「どの口が言う」
「切ないな。私はそんなに魅力ないか」
「手を離しますよ」
「まだ、答えを聞いてないのに」
「どういう意味ですか」
フェルノの顔から笑みが消える。リオンをすっと睨み上げた。
「二人と合流せよ」
「……わかりました」
最初からそれを言えと茶番につき合わされたリオンは軽く腹立たしい。
フェルノは退室し、彼の了承を得たリオンが準備を終え、階下に降りようと廊下へ出た。
廊下には、自身の長剣を抱くフェルノが壁にもたれて立っていた。リオンの姿を見とめると顔をあげて、眉をひそめて笑んだ。
「リオン様」
リオンは廊下の中央で立ち止まる。
(よく、そういう表情と声を作れるものだが……)
呆れるやら、感心するやら、もうそれはそれでフェルノとして認めるしかない。
「廊下でどうしましたか、フェルノ」
ただ立っているだけのリオンにフェルノはしゃべりながら近づく。
「これを持っていってくださいませ。私が持っていても、役にはたちません。使える方が持っていた方がよろしいかと存じます」
「何を……」
目の前に立ったフェルノが、リオンの胸に剣を押し付けてきた。目元が、苦し気に歪んでいた。
リオンはフェルノの手を掴んだ。世界の時を再び止める。
「これは、あなたの身を守るための剣です! 俺が受け取って良い品ではない」
「今の私に、これはふるえないんだ」
フェルノはリオンを睨む。
「重いんだ。女の腕では使い切れない」
「抜いてみたのか……」
「ああ」
自嘲気味な返事をし、床下に視線を落とした。
「使えるなら置いておく。しかし、これは今の私には、抜くこともままならない」
フェルノの双眸が悔し気な色をにじませた。
「魔神が復活するのだろう。魔力を通じさせる剣はここに二本しかない。使える者が持たなくてどうする」
「しかし」
「持っていけ、持っていってくれ。頼むから、持っていってくれ。私には使えないんだ」
そう言うと、フェルノは力任せに腕を引いた。
手がわずかに離れれば、フェルノは固まる。リオンは剣を握りしめた。
時を動かせば、フェルノは笑んで、踵を返し、部屋へと引き返していった。
剣を握ったまま、リオンはぽつんと残される。
リオンにフェルノの真意ははかりかねた。
階下に降りてリュートと合流する。フェルノからの了解を得られたことを伝え自動車に乗りこむ。彼の運転する車中にて、気だるく車窓を眺めた。
(俺は、フェルノを置いて行って良かったのか)
弱っている彼を残していくことに、迷いを感じながらも、引き返すことはできない。魔神は間もなく復活するというのだから。
森の民が住む屋敷は、砂漠と環の国の際にあった。周囲は草も少なく、民家もない、人寂しい雰囲気が漂う。森の民とのつなぎのために、ここに居を構えていると理解できた。
自動車から降りて、リュートと共に、屋敷の入口へと向かう。周囲は土があり草がところどころ生えているものの、民家はない。
「人気があまりないですね」
「この辺はまだ十分な治水工事も進んでいないので、畑もままならないのです。井戸が一つ掘られており、その水で、森の民の方々はここに住んでいます。どうしても、彼らには大樹の森へと通じる砂漠の渡し場が必要なので、ここに居を構えているのです」
「渡し場、ですか」
「砂漠を渡る車がありまして、それをとめるための場ですね。独特な乗り物ですよ。運転席があり、後方すべて荷台という車です」
屋敷の外壁は白く、今まで見た建物と変わらない。扉をノックすると、すぐに開いた。階段ですれ違った男の一人がでてきた。
挨拶をかわすと、リュートの後ろに立つリオンに目をむけた。
「リオン殿、よくぞお越しくださいました」
「いえ、こちらこそ、お世話になります」
リオンは深く頭を下げる。
「お二人ともどうぞ、まずは中へ」
男はどうぞと室内へ促すと、リュートが手のひらを見せた。
「申し訳ありません。私はすぐに戻らねばならないのです。ここで失礼させていただきます」
「それは、それは、残念です」
リュートは丁寧に頭をさげる。森の民の男も深々と頭を下げた。
「リオン殿。それでは、先に失礼いたします」
「送っていただき、ありがとうございます」
リュートはリオンの横を通り、自動車へと戻っていった。




