72,出発②
話し込んでいた首領とイルバーの父が、ラディ隊と合流したライオットとアノンのそばに来る。
「すまないね、アノンさん。危ないところに行ってもらうことになって……」
紫の髪をした女の子となったアノンが、イルバーの父を見上げる。
横に立つライオットは願う。
(余計なこと、言うなよ)
「いいえ。僕も、遺跡の文字盤に興味がわいたので、気にしないでください」
「それでも、申し訳ないのですよ。環の国には集約された過去の文明に関する資料があっても、私たちが読むことができない……」
「資料がある?」
「ええ、環の国は前文明の遺物や資料を集め保管しています。保存のため、持ち出しは厳禁。それらに接触出来ない我々は、情報が乏しく、手も足もでない状況なのです」
イルバーの父は眉を歪め、左右に首を振る。
首領が話を引き継ぐ。
「二年前、遺跡から魔神が復活すると、環の国で発表された。我々が本腰を入れて調べ始めたのはそれからだ。さらに、その頃から魔物が活発になってきてしまった」
アノンは、イルバーの父と首領の困り果てた顔を眺める。
「環の国ではその文字盤が読めているのですか」
「可能性は高いと思います。我々は三百年前に生き残った子孫の寄り集まりですが、あの国は魔神を封印した一族の末裔が治めています」
「魔神復活を開示したかと思えば、聖女召喚の儀式が行われている。事の進め方は性急でも、根拠がなければそこまで動かないだろう。遺跡に近いところに住んでいるにもかかわらず、このままでは災害を指をくわえ、手招くしかない俺たちは、何も分からず、困り果てていた」
「聖女召喚も嘘ではなさそうですしね」
「このタイミングでアノンとライオットが現れたら、さすがに、考えるよ」
力のなさに落胆し、すまなそうな表情を見せる首領が頭を下げた。
「申し訳ない。あなたのような女の子にお願いしなくてはいけないほど、俺たちは切羽詰まっている」
場の空気がしんとなった。
ライオットもその変化を感じ取る。それほどまでに、彼らが危機感を抱いているとは考えてもいなかった。もっと楽観的にとらえていると誤解していた。
「僕が一緒に行く限り、無事に行って誰一人かけることなく帰ってきますよ!」
胸を張り、力強くアノンは答えた。
首領が頭をあげて、「んっ」と妙な表情を浮かべた。
ライオットは焦った。
(違う! ここにいる面々は、こんな小さな女の子に頼らなくてはいけない不甲斐なさを恥じているんだ!!)
アノンは自分の強さを知っている。誰一人怪我をすることなく自分が守ってやるという意気込みを持ったに違いない。しかしだ、彼らはアノンの力を知らない。
ただの女の子にすがるしかないことに責任を感じ、アノンが怪我一つなく無事に戻れるよう配慮しているのだ。
どんな突飛な発言をしても、苦笑して受け止めるラディ達。
(彼らが嫌な顔をしないでいる理由をアノンは理解できていない)
そんなアノンをライオットは後ろから抱きこむように羽交い絞めた。
「なにっ!」
反抗しようとするアノンに、「黙れ」と囁き、ライオットはさっと顔をあげた。
「大丈夫です。俺もついてますから!」
必死な断言の後、空間に妙な沈黙が降りる。
「いや、そうだな。ライオット君もいてくれるしな」
頭をあげ、姿勢を正した首領がにやりと笑う。
(墓穴ほった!)
気づいても遅い。ひるんだ瞬間に、ライオットの腕をアノンは振り払う。
「いきなり何するんだ。びっくりするだろ」
わずかによろめいて、視界が周囲をとらえると、ラディ隊の面々の呆れたようなにやけるような顔がうつる。
眉をひそめて、額を抑えた。
(違う……、違うけど、もう……いいよ……。アノンは最強の魔法使いで、男なんだ……)
誰も信じてくれない本当のことをライオットは叫びたい。
「準備はできたか」
単車を押して、近寄ってきたイルバーに首領が声をかけた。
「はい、お待たせしました」
額を抑えてうつむくライオットに、アノンは「まったく、何するんだ」と不平をつぶやく。
「イルバー」
寄ってきたイルバーに、アノンは呼びかけた。
「僕、イルバーの単車にのせてもらうんだよね」
「あっ、ああ」
怒りぎみのアノンにイルバーがたじろぐ。サラとの関係における癖で(なにか怒らせただろうか)と余計な気を回してしまう。
「人にのせてもらうのって久しぶりだから新鮮だな。ねえイルバー、僕を乗せる時って、前に乗せてもらうの、それとも後ろなの」
「普通は、後ろだが、何か」
「僕、前に乗りたい」
その場にいる全員がぎょっとした。アノンはそんな反応を無視して話し続ける。
「イルバー大きいから、後ろだったら景色見えないだろう。僕、前の方が良い」
「まあ、乗れないこともないけど……」
「やった。人に乗せてもらって風切るのって気持ちいいだろうな」
アノンは純粋に喜んだ。
いつも誰かを乗せるか、自分で飛ぶかしか選択肢がない。誰かにのせてもらうなんて久しぶりだ。なのに、風も切れない、風景も楽しめないのはつまらない。その上、不便だ。
イルバーは深いため息を吐いた。
(郷に入れば郷に従えと言うだろうに……)
ライオットは額に両手を当てうつむいた。
「ライオット」
声をかけられ、ライオットは顔をあげた。
そこにはブルースがいる。
「ほんと、自由なお姫様で、大変だな」
こちらもニヤニヤしながら声をかけてきていた。
何を言っても誤解されそうだった。力ない声音でブルースにライオットは問う。
「普通は、後ろにまたがるものなんだろう」
「普通はな」
「俺は普通にのせてもらうよ」
「そうしてくれ」
「護衛も大変だな、騎士様」
ラディ隊の誰かの声が飛んできた。
ラディ隊はすでに準備万端だった。ライオットも、ブルースの後ろにまたがる。
アノンは、同行者を完璧に守り戻ってくると決めた。
そして、遺跡の秘密を解読し、森の民 ディーダイガル の誰一人、傷つけない道を探しだすと決意した。
面々はアノンの魔法使いとしての力を知らない。知らないのだから信じられないのは当然だ。気づいていないわけではなかった。
(周りがどう思うかと、自分がどう決心するかは別なんだ)
ここには世話になった人がたくさんいる。
寝床を用意し、ご飯を作ってくれたサラ。
お菓子をくれたリンダ。
かかわった誰かが傷つくことを見過ごし、守れなくて、何が最強だと、アノンは言いたい。
(自分が強いと自覚するなら、その強さに見合った行動を選択するんだ)
騎士達の乱暴な魔法を好まない理由は、その魔法の威力がはじけ飛んだ弾みで、関係ない誰かの何かが傷つく可能性が高いからだ。
強いならば、誰のなにも傷つけず、おさめるべきだ。街道を守る時もそうだ。攻撃は騎士に任せていい。二次被害を抑える方がアノンの矜持に準じる。
視界に入る世界はすべて、アノンにとって守るものだ。
単車のシート前方にアノンは座らせてもらう。
後ろにぴったりとイルバーが座った。
彼の胸に後頭部をすり寄せ、見上げたアノンは言った。
「イルバー。君の傷は僕が癒した。絨毯を操作し、魔物の額に致命傷を与える場面も見ている」
アノンは悪辣に笑み、イルバーは生唾を飲み込む。
「この旅では誰も怪我をさせない。誰も傷つけない。遺跡でどんな事実に触れても、たとえ魔神が復活しても、この居住区に被害を与えない。
僕はそのために遺跡に行く。
僕を証明するのは強さではない。強さを行使する僕の意志そのものが、僕という人間を形成しているんだ」




