71,出発①
アノンとライオットが客間の寝床に落ち着いた真夜中。
互いに背を向けて沈黙する。それぞれ思うことがあるものの、話しかけるべきか否か、なんとなく探りあっていた。
アノンの方が先に寝返りをうつ。ライオットの背がある。掛布から肩が出て、枕を敷いた金髪が昼の光を吸い込んだように光って見えた。
(意外と大きいんだな……)
リオンと並んでいたためか、アノンから見るとライオットはどことなく小柄なイメージだった。
こんな風に背をじっくりと見ることも今までなかっただろう。
肩幅もあり、掛布の稜線は鍛えている男性の形をしていた。しっかりと鍛えている騎士の体格などアノンは気にしたことがなかった。
声をかけたいのに、かけずらい。まごまごしていると、ライオットの金髪が揺れて、垂れた前髪から碧眼が覗いた。
「どうした、アノン」
どきりと心臓が弾いたものの、一呼吸置き、アノンは平静を装う。
「僕たちは遺跡に行く選択で正しかったかもしれない」
「どうして、そう思った」
「遺跡の名前と由来を聞いた。これから行く遺跡はグランノア遺跡と言うんだ」
「それがどうした」
「グランノアの由来は人名だ。その人の名が【地裂貫通 グラインドコア】。魔法術の始祖と同じなんだ」
ライオットが寝返りを打つ。肘を曲げた腕を枕代わりにする。
「同性同名か?」
「普通に考えれば、同一人物なわけないよね」
「別の世界な上に、時代が違いすぎだろ。この世界の三百年前の人物と、二百年前の俺たちの世界の人物。同一人物なんてありえない」
「そうだね。こことむこうの時間軸が違うならともかく、ただの人間なら百年以上生きるなんて不可能だ」
「同姓同名。子孫が名乗る。俺でも思いつくんだ。他にも考えられるだろ……」
「うん。でも、文字盤、気になるんだ。ここまで来たら、僕自身が読んでみたくなった」
語りながら、アノンは目をつむった。目を閉じたアノンをライオットは見下ろすように眺める。
(幼いよなあ)
ライオットからしてみると、後ろからついてくるばかりのアノンは子どもだ。人前でどうしていいか分かない時は、真似ていることも感づいていた。
魔法だけは一流なのに、それ以外はずっぽりと抜け落ちている。
ただのわがままなのかと言えば、そうとも言えない。強いことを自覚し、弱い者を守らないといけないなどと考えているなど、知る由もなかった。
(二年近い付き合いでも、知らないことばかりだ)
アノンが目を開く。もの言いたげな紫の瞳とかち合う。
「遺跡でなにか分かるといいな……」
「それ、反対しないってことだよね」
「ああ」
それだけ答えて、ライオットは仰向けになる。
再び、アノンに背を向けようとぐるっと体を回した。すると肩に手が触れる。ライオットは顔だけ少し後ろに向ける。
身を乗り出していたアノンが静かに見つめてくる。
「ライオット、死なないでくれよ」
「俺が? なんで」
死ぬなんて考えたこともない。過信だと言われても、ライオットは、自分だけは生き残ると思い込んでいた。
「なんでもない」
アノンが手を離す。もぞもぞと寝床の中に引き返していく。
よく分からないまま、ライオットは背を向け、横になる。
ライオットに背を向け、寝床にもぐりこんだアノンは、ギュッと掛布を握った。
(僕らの世界と、異世界にはつながりがあった)
魔法術の始祖と異世界。そして、異世界へ飛ばす魔道具を作っていた魔道具師。魔道具師と魔法協会との古いつながり。
魔物を狩って営む人々。
二百年前に人間の国として統一した先祖が邂逅した始祖。
(全部、つながっているとしたら、今回僕らを飛ばしたことも意味があるんだ)
アノンはまだ答えのでない問いを胸に秘めて、目を閉じた。
朝日が昇り切る前に、アノンとライオットは目覚め、着替え、居間へ向かう。
サラはすでに起きており、朝食を用意してくれていた。
「しっかり食べて、ちゃんと帰ってくるのよ」
イルバーも彼の父もすでに準備万端だった。食事も終えている、と二人に語る。
食事中、初日に着てきた衣類が渇いたと、サラがたたんで持ってきてくれた。
「こっちの方が、しっくりくるなら、これ着てく?」
「俺は、イルバーのをこのまま借りていてもいいだろうか」
「それはかまわないわ」
ライオットは、動きやすい森の民の衣装を気に入っていた。
アノンはサラが持ってきた衣類に手を伸ばす。
「僕は、ローブの方がいい」
洗い立ての衣類を受け取ったアノンは、こっそりサラに囁く。
「下着だけ貸しといて」
サラに見送られて、イルバー親子と共に、ライオットとアノンは家を出た。アノンは着なれた魔法使いの衣装に着替えている。
薄暗く、朝もやがかかる中、進んで行く。
整備を行う車庫はすでに明かりがついていた。先に集まり、準備を終えているラディ隊の面々が談笑をしている。
丁度、ブルースが車庫から単車を押して出てくるところだった。
「アノンと、ライオットはみんなのところで待っていてくれ」
イルバーが車庫へと向かう。ブルースとすれ違い挨拶した。
アノンとライオットはラディ隊の面々に近寄った。
「おはようございます」
ライオットが会釈すると、背後に隠れているアノンもぺこりと頭を下げた。
(これだからなあ……)
塔に一人で籠っている時間が長いからか、性別が変わったせいかライオットも判断しかねていた。
アノンは、小生意気な少年だ。魔物など、対魔法でなんとかなる相手には強い。幼い頃から魔力と魔法に費やしてきた時間が多いのだろう。
その点においては、おそらく誰よりも長けている。
(魔法以外、脆いところが多いんだよ)
ライオットが、アノンを助けずにはいられない根本がふいに浮かんできた。
「悪いな、俺たちも一緒で」
単車のハンドルにもたれて、からかってくるファブルにライオットはヒヤリとした。アノンに余計な口出しをされる前に、ライオットはしゃべり出す。
「アノン、彼はファブル。ラディ隊の一人だ。全員覚えているか」
「覚えているよ。ラディがリーダーで、チェイン、サライ、ファブルだろ」
アノンは記憶力を疑われたと勘違いし、むっとする。
「乗せてもらうのは、俺がブルースで、アノンがイルバーだからな」
「知っているよ」
アノンは口をすぼめた。不満の矛先がライオットに向く。
(ラディ隊と衝突しないでくれよ)
これから同行する誰かと、直前にぶつかりたくなかった。こういういつもと違う時に、ふいのトラブルに見舞わることはままあるものだ。そういうトラブルが尾を引くことをライオットは恐れていた。
「行き先もよく知らないので、案内よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ライオットに続き、アノンまでも殊勝に挨拶したものだから、ラディ隊の面々の目が丸くなる。昨日の一幕を全員が思い出していた。
「昨日の啖呵が嘘みたいだね」
サライが苦笑いをかみ殺す。
「昨日はすごかったな。あんなことを面と向かって言われることもないからな。腹が立つを一瞬ですっ飛ばした」
チェインも同じく苦笑気味。
廊下に出たやり取りまで鮮明に思い出しており、ラディ隊の面々の口角があがる。
「あんまりからかっていると、火だるまにされるぞ」
背後から寄ってきたブルースが全員に声掛けする。
「火だるまとは」
「ファブル、昨日、狙撃場の騒動知らないのか」
「的が燃えたんだろ。原因不明で、すぐに鎮火し、何事もなかったやつ」
ライオットはびくっと緊張する。
(なんで、知っているんだ)
ブルースが、ライオットの横にきて、前かがみになり、声をかける。
「でっ、やらかしたんだろ。親父が言っていた。紫の髪の女の子と、金色の髪の男の子が的を燃やしたってさ。そんな奴、ここに二人しかいないもんな」
「あれ、あの、親父って?」
「あそこのカウンターにいたの。俺の親父」
「あの人、ブルースの……」
ライオットはうげっと唸る。
アノンはきょとんとブルースを見つめる。
「拳銃を改造して、何してんの?」
説明に窮したライオットは、うすら笑うしかなかった。




