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70,礼拝室の裏

「復興が進む途中で、王族と宗教を我々は分離しました。

 王族は過去の遺産を管理し平和を維持するための要となりました。

 宗教は、神託を得て、魔除けの祈りをささげます。

 実務を王族の分家が武官長と文官長を持ち回りで担当する体制が整えられ、この二百年弱、僅かずつ技術を進歩させてきたのです」

 王妃はここで言葉をしめる。


 ついで、司祭が話し始める。

「宗教の主たる仕事は、魔物を寄せ付けないこと、もう一つが神託を受けることです。

 私たちは神託を適時受け取りながら、復興を成し遂げていきます。信託とは、私たちの状況に応じて、先行きを示す大切な予言であります」


 砂漠ばかりの土地、資源は明らかに乏しい。わずかな泉を頼りに細々と紡いできた進歩。過去を推し量れば、質素であって当然なのだ。

 彼らからして見たら、現状はやっとたどり着いたという境地なのだろう。

 フェルノは彼らが歩んできた歴史に思いをはせる。


 司祭は語り続ける。

「魔神の存在は数年前まで秘匿されていました。これも神託により示された道です。

 しかし、二年前、その神託が転換しました。魔神復活の開示と、聖女召喚を告げられ、私たちは聖女様こそ、石板に刻まれた魔物を屠る力、と受け取りました」


(二年前ねえ……)

 丁度、フェルノが三人と共に過ごすようになった時期と重なる。


「神託を受け、魔物よけの祈りを捧げられ、聖女を召喚することができるのも神官のみです」


(神官は魔力を備えているものな。自覚なくとも、魔術具を使って召喚を行ったということか)


「伝えられることも限られるなか、聖女様には求めるばかりであり、その点は申し訳なく思います。しかしながら、神託がおり、聖女様に為していただきたいこともお伝えする日は近いと思われます。いましばらく、このままお待ちくださいますよう、お願いいたします」


 司祭が深く頭を垂れるとともに、王を筆頭に、更に深く頭を垂れられて、フェルノは再度恐縮するしかなかった。


 軽い談話が続き、場所をかえて、晩餐の時を過ごした。





 謁見から晩餐まで滞りなく終わった。

 湯殿で身を清め、さらさらと柔らかい寝衣に着替えたフェルノはベッドの上でごろごろ寛いでいた。半渇きに髪にはわずかに油分を塗りこめられしっとりしている。


(女の子は面倒くさい)


 衣装を身につけるにしても、歩くにしても、とかく不自由に感じた。リオンと似た服装なら闊歩もできるが、あれでは誰かに腕を引いてもらわないと不安定だ。湯殿で化粧を落とされるまで言い知れない面をかぶっているようでもあった。

 

 黒髪黒目が主流な割に、髪色や瞳の色に嫌悪感を示されることもない。むしろ、どことなく、楽しまれているような気さえしている。

 侍女たちの嬉々とした表情をどうとらえるべきか、フェルノは惑う。


 仰向けに寝転がり両の腕を広げた時だった。


 ふわっと世界が変わった。


 伸ばした手に重なる手があり、見上げれば、リオンがベッドサイドに座っていた。無表情は変わらない。いつ入ってきたとも、知れなかった。触れられた途端、虚を突かれた。


「いいな、その力」

 ぼんやりと呟いていた。


「なにがですか」

「女の子の部屋に自由に出入りできて」


 リオンの顔に、しょうもない、という感情が滑った。

「使いすぎたら、日常に支障をきたします。使いすぎたり、過信したりすれば、足元をすくわれます。そんな自由気ままに使える能力ではありませんよ」

 

 この体勢はいいな、とフェルノは横を向く。

「でっ、今日は何だ」

「礼拝室覚えてますか」

「今日の謁見の場だな」

「祭壇の裏に部屋があります」


(そんな扉あっただろうか)

 フェルノは部屋の様子を思い描く。記憶には自信がなかった。


「先日、その扉のむこうに広がる部屋で鏡を見ました。鏡面なのに部屋の内部を映していませんでした」

「それは、それは。また別の魔術具かな」

「おそらく。鏡に映るのは真っ暗な空間です。火が揺らめいていたので、鏡の向こうの時間は動いていました」

「魔法もない、魔力もない、ないない尽くしの中で魔術具だけ点在するか」

 フェルノは面白そうに笑む。


「今日は、その部屋の奥に行ってみようと思います」

「いよいよもって、私たちとの繋がりを深く感じてくるね。もう、事前にこちらの世界に飛ばされる予定だったというのは確定でいいだろうな。魔神復活の情報解禁が二年前なら、私たちが出会った頃に重なる。その頃から準備されていた。

 どころじゃないのかもね……」


「三百年前ですからね」

「魔法使いの出現が二百数十年前。なにかしら、重なるとしか考えられないね」


「この世界は、どうして魔法も魔術具も名を失っているのでしょう。魔法も魔術具もあれば、魔物なんか簡単に屠れるのに……」

「魔術具と魔力を魔物を寄せ付けないためにしか使われないなら、時と共に風化するだろうね」


「それさえも、意図があるのでしょうか」

「どうだろうね」

「この世界からは消え、俺たちの世界では発展する。なぜ……」

「さあ……。

 どちらにしろ、私は動けない。リオンが動いてくれるから、助かるよ」


 すると空間は元に戻り、リオンの気配は消えていた。リオンが礼拝室の奥から戻ってきたのだとフェルノは悟った。





 

 リオンが手を離すと、フェルノは空間に溶け込んでしまう。

 

 寝衣を纏い横になる寝姿は、やはり女性の線だ。

 リオンは立ち上がった。あまり考えずに、早々に部屋を出た。


 廊下を渡り、礼拝室を目指した。

 フェルノが女性になった。そして、どことなく素直になっている。


 アストラル達と学園を歩いたのが楽しかったと理解はできた。

 何かあると警戒はしているし、利用される恐れもあると分かっていながら、差し当たって命の心配がない。裏がないと思える相手と一緒にいることでフェルノに変化をもたらしたのかもしれない。


(いいこと、なんだろうな……)

 フェルノの生い立ちと背景を知るリオンはそう思いたかった。


 廊下を進み、礼拝室に足を踏み入れる。


 祭壇の裏の扉は簡単に開いた。鍵がかかっていないことは助かる。誰かがのぞき見する恐れを感じていないのだろう。リオン自身街歩きで感じた通り、この国は基本的に平和なのだ。


 変わらず部屋は真っ白でなにもない。いるのは司祭と王と王妃であった。時を止めているので、彼らが何を話しているかは分からない。表情も乏しく、感情の手掛かりはない。


 触れないように気をつけながら、鏡の前に立った。


 真っ黒い世界が広がる。窓もない部屋なのか、奥にろうそくの火がともっているようだった。火はちろちろと揺らめいている。

 左右に立ち位置を変えて、鏡の奥を見ようとしても暗がりが続くばかり。


(やはり、動いている)


 触れることはしない。眺めているだけでも、火が揺れることにより、向こうの時間が動いていること見て取れた。


 鏡の奥で影がうごめいたように見えた。ふわっと前面に黒い影のような、漆黒のローブを纏う者が現れた。


「ここまで、たどり着いたか」

 しゃがれた声で影は言った。


 リオンの目がすわる。睨む目に凄みがます。


「恐ろしいのお」

「誰だ」

「預言者だよ」

「預言者? 神託を与える者か」

「ああ。そちらの時を止めたのはお前だな」


「だとしたら」

「睨むな。お前のことは知っている。異世界へ飛んだ黒騎士、【串刺し多面体 コズミックリベリオン】だろう」


 いよいよもってリオンの表情は冷めていく。


「私は【禁呪預言者 アノニマスエクリプス】よ」


 リオンの口内は渇いてきた。


「預言者、お前はどこにいる」


「どこかか……。ここは魔王城内だよ」


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