69,謁見
謁見のために整えられた礼拝室に、王【闇黒解放 カスケイドワルツ】と王妃【遍在する惨劇 ヒアゼアエブリウェア】が武官長に導かれ、入室した。
環の国の衣装は奥ゆかしい。華美な装飾品が少ないのは王や王妃の装いも一緒だった。
フェルノがスカートをつまみ、女性らしく跪こうとすると、王妃が止めた。
「どうぞ聖女様、面をあげてくださいませ」
言われるまま、フェルノは身を起こす。姿勢を正し、肘をわずかに曲げ下腹部に両手を添えた。【闇黒解放 カスケイドワルツ】王が椅子の前立つ。その横の椅子に王妃も立った。
「聖女様、お座りください」
国王が望むままにフェルノは椅子に座りなおす。背もたれは使わず、姿勢と伸ばし、座面の端に座った。手は組んだまま、ゆるく肘をまげ、下腹部に添える。
王と王妃も同時に座した。
(ここの方々は、みな黒髪に黒い瞳だな)
王はアストラルの親にして見れば少し年老いて見えた。高齢で子をなしたのかもしれない。母の方がアストラルに似ており、若かった。
黒髪のリオンでさえ、琥珀色の瞳が珍しがられるのである。白金の髪に、灰褐色の瞳のフェルノは自身が思う以上に毛色の違いが目立つ。
教育された振る舞いをもってすれば、十二分に聖女としての雰囲気を醸している。ただ、フェルノにその自覚は薄かった。
「聖女、フェルノ様。私は環の国の王、【闇黒解放 カスケイドワルツ】。隣におりますのは、王妃です」
「【遍在する惨劇 ヒアゼアエブリウェア】と申します」
軽く会釈され、フェルノも頭を下げた。
「私は、【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】と申します。フェルノとお呼びくださいませ。国王様、王妃様」
「フェルノ様。この度は、聖女として我が国に召喚いただき誠にありがとうございます。国民を代表し、御礼申し上げます」
王と王妃がそろい深く頭を下げると、背後に立っている、王太子、司祭、文官長、武官長も同様に頭を深く下げた。
フェルノは困惑する表情を浮かべた。
「頭をお上げくださいませ、国王様、王妃様。私は、しがない娘でございます。一国を背負われる御方に頭を下げられるような者ではございません」
王と王妃が頭をあげた。
「いいえ、フェルノ様。私どもの危機に応じ召喚されました。あなたは間違いなく、魔神に対抗しうる力を備えた方でございます」
「王妃様。私に力などありようものでしょうか」
か弱くフェルノは笑んでみる。
「フェルノ様は魔物にはお詳しいではないですか。【闇黒 イリュージョン】が大人しい魔物だと看破し、懐かしんでいらいした」
アストラルが口を挟んでくる。フェルノは少し焦る。
「元の世界で魔物は身近にいつもおり、大人しい魔物は何もしないということを知っているにすぎません。魔物と相対せる力をもつこともございません」
誤魔化すため、苦い嘘を真実に絡めて告げたフェルノは、(嘘も重ね過ぎたら苦しいものだな)と考え始めていた。
「司祭、述べよ」
王の声掛けに、司祭が軽く礼をする。
代わり話し始める司祭をフェルノは見つめた。
「私どもが得ている神託は、魔神と対抗する聖女が召喚されること、そして、聖女様を環の国にとどめおくことでございます」
「私が何をすべきかは、まだ神託がおりてこないというわけでしょうか」
「さようでございます」
「それで私にゆるりと過ごせとおっしゃられたのね。ですが、いずれは私の為さねばならないことも神託によって示されることになるのでしょうか」
「おそらく。
三百年間、私どもは適時神託を受け、少しずつ進んできました。時期が来ましたら、ふさわしい神託がおりるものと待っております。近いうちに、聖女様に為していただきたいこともお伝えできると思われます」
「今しばらく、待てということですね……」
謁見は続く。
国のあり方や成り立ちをなどを聞き及ぶも、カフェテラスで教科書から学んだこと以上の答えはなかった。
魔術具と同等の道具が散見され、神官がわずかでも魔力を持ち行使していることなどは、王も王妃も口にすることはなかった。知っていて言わないのか、知らずに語らないのかは、フェルノも判断がつかなかった。
(進展はないか……)
待つだけならフェルノは慣れている。この十八年待った。待った結果ここにいる。
そして、また待てだ。
(いったい私はなんのためにここにいるんだ)
片頬に手を当て、息をついた。
「フェルノ様」
アストラルの呼び声に顔をあげる。
「実は、昼間お伝えしかねることがございました」
怪訝な表情を向けると、周囲にアストラルは目配せする。
「フェルノ様は、知らない地に突然召喚され、戸惑っておられます。その中で、この国のことを知ろうと努力されています。みなさま方も、そのようなフェルノ様の姿勢はご存じのはずです」
アストラルが周囲を見回すと、武官長や文官長が顔を見合わせ、司祭は頷いた。
「この際、グランノア遺跡にあります。文字盤についてはお伝えしてもよいのではなしでしょうか」
「グランノア遺跡の文字盤、とは……」
知らない情報が出てきて、フェルノは気になる言葉を繰り返した。
「フェルノ様、教科書にのせられないこともあるのです。カフェテリアにいました四人のうち、その文字盤について知るのは私だけ。恐らく、エレンにも伝えていないはずです。そうでしょう、司祭様」
司祭は静かに頷いた。
「グランノア遺跡には、魔神が封じられております。
我々がなぜ今魔神が復活すると知れるか、それは遺跡の文字盤に書かれているからです。
文字盤の文字は特殊な文字となっております。我々が今、使っております言語とは別の言語で記されており、ほぼ解読不能です。今は魔物の狂暴化に伴い、森の民でさえ遺跡に近づくことままなりません。
そんな遺跡の文字盤には、魔神復活の時期が書かれており、私たちは前もって魔神の復活の時期が分かっていました」
「三百年前からご存じだったのですね」
「文字盤の文字を読めるのは、王族だけです。それは、遺跡に魔神を封じた者の子孫が私たち王族で、王族はその文字盤の内容を継承しているからです。
これからお伝えすることは、フェルノ様も口外はなさらずにお願いします。もちろん、リオン様も……」
アストラルは静かに語り続ける。
「文字盤に記されている重要な点は二つです。
一つは、魔神復活の時期。
もう一つは、復活の時が来たら魔神を屠る力を届ける約束。
になります」
「一点目ははっきりされているのに、二点目が曖昧なのですね」
「当時、分かるのがそれだけだったのだと思います。
魔神を封じたというのは成功ではなく、失敗だったのです。私たちの祖先は、魔神を屠ることを目的としていたのにも関わらず達成することができなかったのです。それで、急きょ封印という手段を選んだ。封印の効力は三百年。それは封じた時点ではっきりしていたのです。
三百年前は、まだ魔神に対抗する力を獲得できていなかったのではないかと思われます。それにより、文字盤の内容も抽象的な約束となっていると私たちは解釈しております」
「やむなく封印し得た猶予三百年を用いて、魔神と対抗する力を手に入れようとしていたということですか」
アストラル含め、王と王妃が頷いた。王が、語り始める。
「聖女フェルノ様。三百年前、どんな力が授けられるかは判明しないなかで、私たちの先祖は朗報を待ちつつも、生き残りの同胞を捜し歩きました。そこで行きついたのが、砂漠のオアシスなのです」
王に代わり王妃が語る。
「王族の祖先がこの泉にたどり着いた時、集まって間もない人々は砂漠の影の魔物たちに怯え暮らしておりました。
その忌まわしい光景を目の当たりにし、私たち祖先は魔物を払う教会を建てていきます。
魔物を払い、神託を受け広めてゆき、この地に王族と宗教が根付いていったのです」




