68,遺跡の名称
狙撃場から、イルバーの自宅へ戻ってきたライオットとアノンは休みたいと、客間に籠った。入室するなり、ライオットは板の間の壁に背をつけて、座り込む。
床を見つめて、嘆息し、顔をあげた。
「アノン、やめてくれよ。俺は肝が冷えた」
「肝が冷えるって何が?」
「あの射撃場でだ。あんな、あからさまに魔力を使うなよ」
壁に後頭部をぶつけながらライオットは呻いた。
イルバーでさえ絶句していた。その場にいた者は、燃え消えた的を見て、何が起こったか理解できない。アノンは満足そうだったが、ライオットは全身総毛立ち、冷や汗が噴き出るままに、震え立ち呆けた。
あんなに強い魔力を放った経験もない。アノンを見れは飄々としている。
(怖え……)
ぞっとした。魔力量だけ見れば、アノンはそこら辺の魔物なんて霧散する化け物だ。
イルバーに背を押され、逃げるように狙撃場から立ち去った。
家路につく間、三人は終始無言。玄関でサラに「おかえり」と向かえ入れられ、やっと人心地つき、今に至る。
アノンもライオットの横に座った。
「だってさ、拳銃使いたそうだったろ」
ライオットは否定できない。リオンが炎を放つ様を見て、憧れていないわけではなかった。
アノンの行動にそんなライオットの内面が裏打ちされいるとしたら、彼だけを責めるわけにもいかない気がした。
それでも、場はわきまえてほしかった。
「アノン。ここには魔力も魔法もないだろ。カウンターの人も、他の射撃の練習している人も、度肝抜かれていたじゃないか」
「あれぐらいしないと試しにならないんだよ」
ため息交じりのライオットの弁に、アノンも憮然と答える。
ライオットは立てた膝に肘をつける。手の甲を頬にあて、アノンを見つめる。
「何でも武器にしてしまうんだな」
呆れ半分、感心半分の嫌味だった。
アノンはライオットの方に身を寄せる。覗き込むように近づく。真剣な面持ちで、低い声で囁いた。
「何でもじゃない。銃も、単車も、元々魔術具に近い品だ」
「魔術具に近い?」
「ここで使われている金属には、魔物の核が練りこまれている」
片手を床につけ、もう片方の手のひらをアノンは見つめる。
「そう言えば、初日に鍛冶場に寄って、鋼に魔物の核を練りこむ話していたよな」
ライオットの声音も低くなる。
アノンは顔を斜めにし、見上げながら、薄く頷く。
「騎士が魔物を狩る時は、武器に魔力を込めないとダメだろ。ただの武器では魔物を傷つけても、屠るまではできない。魔力を武器に浸透させるから、致命傷を与え、武器に集約した魔力から火や氷を放ち、魔物を殺せる。
ただの武器では、対魔物には、僕らの世界でも、子どもが枝をふるうようなものだと笑うだろう」
「まあ、そうだな」
「ここの人たちは魔力を持っていない。これは間違いない。魔法使いの僕が言うんだ、断言する」
「魔力がないなかで、彼らは魔物を狩っているか……」
「だからこそ、対魔物には、鋼に魔物の核を練りこみ武器にする。単車、ナイフ、拳銃。恐らく弾薬にも……。すべての武器を作る金属に魔物の核が組み込まれているんだ、ライオット」
「魔法が使えないから工夫したんだろ。そういう方法もあるってことだよな。そういう武器に、魔力を通して、使えたら、すげえよな」
「だから試したんだよ」
「拳銃か……」
「ああ。あの拳銃、使えただろ。ちゃんと魔力を込めたら、一発で魔物を屠るぞ」
ライオットは生唾を飲み込んだ。アノンが作り出した武器の威力を思い出し、震える。
ライオットへとアノンは身を寄せる。覗き込む態勢で、かすれる声で囁いた。
「ねえ、僕は思うんだ、ライオット……」
「ねえ、アノン。お風呂の準備が……」
突如扉が開き、サラが顔を出した。
ばっとライオットが顔をあげる。
サラが口元に拳を寄せて、「あっ」と呟いた。
(しまった!)
二人の距離が近すぎた。サラの反応から、意識が外に向き、ライオットは青ざめる。片やアノンは気にせず、ゆっくりと振り向く。
「どうしたの、サラ」
何事もないようなアノンの返答にも、サラの方が若干動揺しているようにライオットには見えた。
(っつ……ちっ、違う!!)
ライオット一人、殴られたような動揺に打たれる。
「あっ、のね。明日のこと、お兄ちゃんから聞いたから、早めにお風呂入って、ご飯食べて、寝た方がいいよねって思って……、アノンかライオットかどちらかお風呂先に入ったら、いいかなって思っただけよ。うん、それで声をかけに来ただけね。
お風呂の準備ができたよって、呼びにきただけ、かな」
「人数、多いもんな。早めに回さないと……」
答えるライオットの声が若干上ずっていた。
「そう、そうなのよ。でも、順番よ。一人づつだからね」
話しを聞いたアノンが立ちあがる。
「じゃあ、僕からでもいいの」
「もちろん、いいわよ」
「じゃあ、僕先。あがったら、ライオットに声かけるね」
アノンが座るライオットに視線を落とす。
「どうしたの、ライオット。何か不満?」
ライオットは首をぶんぶんと横に振った。
「いい、それで、いいから。さっさと行け」
怪訝そうにアノンは首をかしぐ。
ライオットは、両手を前につく。
(ああ……無駄に、俺、墓穴ほってる……)
「じゃあ、後で」
そう言って、アノンは部屋を出て行った。
ライオットは座り直し、あぐらをかく。前のめりになり嘆息する。
(今日だけで、一体、何回、誤解されてんだ……)
昨日から後ろにぴったりついてくる女の子を見て、何を想像するか分からないライオットではない。公爵家の令嬢だと告げ、護衛の騎士だと告げた。嘘をつくのはうまくない。
(それだけだって、済ませてくれよ……)
両手で額を覆う。
「……アノンは、男だ……」
かすれる声で呻いていた。
風呂上がりのアノンが客間を覗く。壁にもたれたまま、暗がりの中でライオットはしゃがみ込んでいた。
「風呂空いたから先入って……、って伝えに来たんだけど。行けそう」
「……ありがと、行くわ」
「そっ、じゃあ、僕居間に行くから」
アノンは、ライオットに声をかけ、用事は済んだとばかりに居間へと向かった。
居間には、イルバーとサラ、そして彼らの父がいる。
アノンが顔を出すと、サラが「どうぞ、座ってね」と軽く声をかけてきた。促されるまま、テーブル席につく。昨日と座る位置は一緒だった。
「次はライオットがお風呂かります」
「じゃあ、その次は俺だな」
イルバーが答えた。
「今朝、急に動きましたね。なにか、きっかけあったんですか」
伝えることを伝えたアノンは、イルバーの父を見て、意味深な物言いを吹っ掛ける。
昨夜の段階では、それほど積極的に遺跡に向かってほしい意志は感じ取れなかった。遺跡の文字盤と本の文字が同じであることを不思議がっている程度だったはずだ。
何かイルバーの父に変化を促したとしたら、本を居間に置いていった今日の朝だろうとアノンは考えていた。
イルバーの父は穏やかに笑む。
「すまないね。昨日、本を見せてもらって、夜中に改めて家にある資料を見返した。なにか手がかりはないかなと思ってね。
翌日、アノンさんが本をテーブルに置いて出かけただろう。そこで改めて確認した表紙の著者名に驚いたんだ」
「【地裂貫通 グラインドコア】ですね」
「ああ。私たちも、遺跡は、遺跡としか言わない。私たちにとって遺跡とは、世界に一つしかないからね。固有の名称を使わないんだ。だから、すぐに気づかなかった」
イルバーの父が一呼吸置く。
「遺跡の正式な名前は、グランノア遺跡。これなら誰でも知っている。知られていなのは、その由来だ。グランノアとは人の名前をもじってつけられている。
その人物の名前が、【地裂貫通 グラインドコア】なんだ」




