67,意図を考える
「愚門か……」
フェルノはぽつりぽつりとつぶやく。
「三百年前に、魔神【凶劇 ディアスポラ】が現れた。
失われた文明の手によって、森の奥にある遺跡に封印された。
文明を失うも、復興に百年。安定に百年強。
封印は完全なものではなく、魔神を永遠にとどめられる力はない。
三百年後に魔神復活を知りえる者が、どこかの時期に、私たちの世界にやってきたにしても、な……」
「なぜ魔力も魔術具もありながら、この異世界ではないことになっているのでしょう。その力があれば、魔物に対抗できるはずなのに……」
「三百年もあれば、魔神への備えを準備できそうものなのにな。不思議だな、リオン」
「はい、魔術具と魔力さえあれば、魔物など恐れるに足りません」
二人は軽く頷き合う。
「私たちは魔物を一人でも屠れるというのに、ここにいる者は見ただけで子どものように驚く」
「武官でもです。屠るのは、森の民だけですからね」
「森の民は魔力をもっているのだろうか。ここは知らずに魔術具を使用しているからな」
「どうでしょう。接触する機会があれば、確認してみたいですね」
「まったく、色々なことが不明確だ。二つの世界につながりも含めて……。
だが、魔法使いがこの世界と元から関わるとしたら、魔法術協会や魔王城の魔道具師が知っていているのも合点がいく。私たちを意図的にこちらに飛ばしたと納得ゆくし、確信も持てるな」
「アノンは知っていたのでしょうか」
「どうだろう。彼が知っていたら、違う行動に出た気もする。特に性別が変わる可能性を知っていたら、加担はしなかっただろうね」
「でしょうね」
「ピースはそろいつつあるが、つながりきらないね」
「俺たちは、何も知りませんね」
「そろそろ、この体勢もつかれてきた。戻るぞ」
フェルノは肩肘をついたまま話し続けていた。息を吐き、リオンから手を離した。
世界が元に戻ると、フェルノは立ち上がり、妹姫のように笑み「また後程」と手を振って部屋を出て行く。女性的な物言いは継続してても、リオンをからかうことはしなかった。
(楽しかったんだろう、な……)
からかわれると思っていただけに、あっさりとした去り方にリオンは拍子抜けする。
ついで、木箱を抱えた侍従が部屋に入ってきた。
環の国の礼服だという見慣れない衣装が箱には入っていた。動きやすい装いではあったものの、装飾は少ない。
侍従より丁寧に着方を教えられ着替え終える。今後の予定を尋ねると、準備出来次第案内しますと言われた。
フェルノが気になるリオンは、侍従とともに、廊下に出て、隣の扉を叩いた。
扉を開けたのは侍女だった。
「もうすぐ終わりますので、もう少しおまちくださいませんか」
侍女は申し訳なさそうに、深々と頭を下げる。
これにはリオンの方が恐縮してしまう。元は平民であり、ただの騎士である。魔力がなければ、兵士どまりであった。レントやリュートの案内にしても、本来はこういう扱いを受ける身分ではないと改めて思うのだ。
「リオン様がいらしたなら、入れて差し上げて」
フェルノの明るい声が飛んできた。
「よろしいのですか」
「かまわないわ。椅子に座って待ってもらえばいいのよ」
「侍従の方もおりますが……」
「もう髪をととのえるぐらいよ。問題ないわ」
リオンは天井に視線を流した。
(声だけ聴いていれば、まるっきりフレイ様じゃないか)
フェルノらしい嫌味な物言いがあってこそ、妹姫と違うとしっかりと認識できた。このような素直な声だけ聴いていれば、想像するのは、もう少し小柄で髪の長い女の子である。
(いかがお過ごしだろうか……)
平民の騎士など忘れてほしいものだが、たまに兄を訪ねてきていた彼女をリオンなりには懐かしく思う。
「リオン様方、どうぞ、中でお待ちください」
侍女が身を引き、礼をする。困ったなとリオンは頭を下げつつ扉をくぐった。
入室すると、姿見の前に置かれた椅子に、ゆったりとフェルノが腰を掛けていた。もう一人の侍女が、フェルノの髪をくしで梳いている。
(あの短い髪に何をするのだろう)
リオンには想像もつかない。テーブル席まで横切って進む。自ら、椅子を引き座った。侍従もついてきており、横に立つ。
リオンの部屋とフェルノの部屋は大きくは変わらなかった。ベッドとテーブル席がある。リオンの部屋との違いは、あの大きな鏡だろう。
華美な装飾はなくても、どこも清潔だ。テーブルの縁に触れる。どんな品も丁寧に作られていた。華美な装飾はなくても、均整な曲線美だけで魅せられる。
髪を梳いていた侍女の手が止まり、椅子が引かれると、フェルノが立った。動きにためらいも遠慮もみられない。人にしてもらう時に物おじを一切しない。
(ああいう慣れているところが、王族という感じがするんだよな)
堂々と応じるものだから、従じる者も気持ちよく傅ける雰囲気を醸す。
椅子を退けられると、女性の後姿が露になる。広く背が開かれ、光沢ある布地から流れる裾は足が隠れるほど長い。肩から腰に流れる曲線、男性にはありえないくびれ、臀部は柔らかく盛り上がり、スカートは綺麗に流れている。
白金の髪が映える光沢ある一枚の布地で作られたドレスは、後姿だけで十分に美しかった。
リオンは思わず自身の装いに目をやる。着た時は関心がわかなかったものの、フェルノの横に並ぶと思うと、見劣りしなか少々気になった。羽織る上着も黒く、靴やズボンも黒い。シャツは白く、タイも白い。
(無駄に、緊張してきた……)
手のひらに汗を握りそうだった。
先ほど、嫌味の一つでもこぼして去っているようなら違ったのかもしれない。そこをだ。素直に、笑顔で退出し、妹姫を彷彿とさせられたばかりである。
(アストラルが来て、エスコートしてくれればいいのに……)
平民出の騎士は、身の程知らずな状況に胃が痛くなりそうだった。魔物と相対す方がまだましだ。
フェルノが向きを変える。
現状、フェルノは女性である。リオンは、男性であり、人目があるゆえにそのようにふるまうしかない。仕方ないと、リオンも立ち上がった。リオンからフェルノへと近づく。
「似合いますか」
フェルノがはにかむ。一瞬目を伏せ、首をかしげるように、リオンに向け視線を流す。
(こういう日に限って、なんで悪態をつかないのか……)
内心複雑だが、侍女や侍従がいる以上、言葉を選ばねばならない。美しさに息をのんだと誤解して結構と投げやりな気持ちで、深呼吸を一度した。
「お似合いです。とてもお綺麗ですよ」
心根はやけっぱちだが、言うだけは言った。
フェルノは嬉しそうに笑む。いつもより目線が高い。髪には細工が施された髪留めが添えられていた。前髪が半分だけあがり、額がでているとまたいつもと少し雰囲気が違う。
妹姫も、たまに前髪をあげて、結わえていたことをリオンは思い出す。
「御存じとは思いますが、私はヒールのある靴は慣れてませんの。転びそうになるのがちょっと怖いのです」
(ああ、やっぱり、エスコートしろということか……)
うんざりする思いを留めるため間があく。周囲がその間をどのように受け止めるか。想像するのも恐ろしい。
「わかりました」
体を斜めにし、肘を出してやると、フェルノは当たり前に手を添えた。
「ご案内します」と侍従が進み出る。見送る侍女たちは、ほほ笑んでいる。仲睦まじいことでなど思われていたらと思うと、気持ちがずーんと落ちるようだった。
(どうして、こうなるんだ……)
顔には出ないものの、気持ちは淀む。
侍従に案内されたのは、礼拝室であった。模様が描かれた床に、大ぶりな椅子が三脚並べられていた。場には、アストラル、司祭、武官長、文官長がおり、彼らは雑談をしていた。
「お待たせして申し訳ありません」
フェルノが挨拶すると、大ぶりな椅子の一つに座るよう促される。残りの二脚は、国王と王妃のものだという。
リオンはフェルノの背後に立つ。
武官長が一礼して退出した。国王と王妃に声掛けに行くのだという。
文官長が国王と王妃の名を、粗相がないよう事前に伝えてきた。
武官長が戻ってくる。その背後に二人の男女が続く。フェルノは立ち上がった。
国王【闇黒解放 カスケイドワルツ】と、王妃【遍在する惨劇 ヒアゼアエブリウェア】との謁見が始まる。




