65,狙撃場
「ここが狙撃場だ」
アノンとライオットは車庫を出て、イルバーの案内で狙撃場を訪れた。
広い敷地に高い天井。奥に武器を並べたカウンターがあり、その向こうに人が立つ。ずっと奥には的があった。弓を射る練習場を彷彿とさせる環境で、ずどんと大きな音が轟けば、複数ある的の一つが一瞬にて穴をあけた。
「魔法みたいだな」
小さな火球を鋭く投げ放つさまを彷彿とさせる。目を見張るライオットは、あの小さな武器から何が放たれているのか想像も出来なった。
(この世界には、魔法も魔力もないはずなのに……)
得意は氷結。刃に魔力を通し硬化させ振り下ろす。それがライオットの主たる技術である。リオンが得意な炎系は苦手で、使えない。
アノンのように自由に魔法を使えないライオットは、遠くに火球を放つかに見える武器に魅力を感じた。
「この狙撃場は、ライオットが朝見た拳銃の練習を行う場だよ」
「あの小さな武器で、あんな遠くの的を狙えるのか」
ライオットの声が弾む。
アノンはライオットの嬉々とした横顔を見つめる。
小さな火球も大きな火球も自在に操れるアノンから見れば、武器を扱う方が面倒くさい。ただ、ライオットの反応を見て、思うところはあった。彼が騎士であり、魔術具なしでは魔力を扱える人間でないことは理解していた。
「そういう武器なんだよ。ライオットも使ってみたいかい」
「いいのか」
氷の杭を槍の柄を通じ飛ばすことはできたが、炎を纏う矢を放てないライオットの好奇心がくすぐられる。
車庫での単車にしろ、拳銃にしろ、重そうな道具にアノンの興味はそそられない。ほうきの方が軽いし早い。拳銃なんか使わなくても手のひらで火球は出せる。
それはあくまでアノンの基準であり、ライオットは空を飛ぶことも、火球を放つこともできない。
(ライオットには自分が使えない魔法が使えるように見えるのか)
ライオットの反応をアノンは冷静に受け止めた。
アノンはイルバーに目を向ける。
「ねえ、イルバー。ここで使われている武器は僕も触っていいの」
「いいよ。ここでは拳銃を借りて練習することもできる」
そう言うと、イルバーがカウンターに向かう。
一緒に進もうとするライオット。
その袖をアノンはつかんだ。
「ねえ、ライオットはああいう武器を使ってみたいの」
「そりゃあ、ね」照れくさそうにライオットは答える。「リオンやアノンみたいに、炎を飛ばせないから、俺は……」
アノンはじっとライオットを凝視する。
「あれ、僕なら、魔術具に変換できるよ」
ライオットが目を見開くと同時にイルバーから声がかかる。
「アノン、ライオット」
イルバーがカウンターに肘をかけて、手招きする。二人は招かれるまま、彼の傍に行く。
カウンターには、小ぶりな武器が一つ置かれていた。
「これが拳銃だ」
借りた武器を用いて、簡単な仕組みをイルバーは説明した。
銃把という持ち手、弾薬という小さな金属製の弾を込める弾倉。引き金を引くと、弾は銃身を通り、銃口から放たれ、的へと飛んでいく。銃身と銃把は開くことができ、そこに弾薬を入れる弾倉がある。
「こんな小さな武器で弾も小さいのに、けっこうな威力があるんだな」
「弾は、銃把を握り引き金を引くと放たれる。何も入っていなくとも、元が危ない武器だから、家では触らせなかったんだ」
ライオットもそれは理解できる。槍や剣を素人が触りたいと願い出ても、簡単に貸す気にはならない。
アノンが両手を差し出すと、その手にイルバーが銃を乗せた。持ち手を握り、銃身に触れる。指先でなぞり、握ってみた。
拳銃に見入っていたアノンが顔をあげるなり言った。
「僕、これ一つ欲しい」
イルバーが絶句し、カウンターに立つ男も仰天した。
ライオットだけは、アノンの言葉を思い出していた。
(これを魔術具にするのか!)
見たこともない武器であり、使い方を聞いたばかりの武器でも、魔術具にできるのかと瞠目する。
温和なイルバーが眉をひそめた。
「アノン、これはおもちゃじゃないんだ」
「知っている。武器だよ。僕は使わない、こんなの必要ないからね」
発言に、ますますカウンターの男もイルバーも変な顔に変わる。
ライオットだけ、アノンの言っている意味は理解できたが、それを二人に説明する言葉は思いつかなかった。
「弾はいらない。本体だけあればいい」
アノンはいたって真剣だった。弾を魔力で作り、放てばいい。イメージができれば、ライオットでも使える飛び道具になると踏んでいた。
「子どものおもちゃじゃないんだ。あげれる品はない」
「僕は使わない。使うのは、ライオットだ」
アノンの言葉に、男とイルバーがライオットに目をむける。
「ライオットが使うなら……、まあ……」
「俺ならいいのか!」
「アノンが使うのはどうかと思うが、ライオットなら大丈夫だろう。俺も、ライオットなら狙撃練習に挑戦してもいいかと思って連れてきているし……」
「俺ならいいって……」
国では圧倒的に魔法使いのアノンの方が上であり、魔力量も実力もライオットが下位である。アノンより信頼されるという慣れない評価に、ライオットは不可思議な感覚に襲われた。
「すまない。なにか一つ、銃をもらえないだろうか」
「イルバー。旧式の銃しか渡せないぞ。弾は駄目だ」
カウンターの男は、イルバーの頼みに、渋々応じる。
銃を受け取ったアノンは「ライオット、基本的な武器の使い方、イルバーに教わっておいてね」と言い、カウンターの横に拳銃を持っていく。ポケットから取り出したナイフで、空間を切り、魔術具を作る小道具を取り出した。一瞬の所作に、男とイルバーは両目を瞬かせた。
「今、何か出さなかったか」
「さあ……」
異空間から物を出したとは、ライオットも説明できない。眉を潜め、額に手の甲を押し当てた。
(不用意な行動多すぎ……)
アノンが道具いじりを始めるとライオットはイルバーに拳銃の扱い方を教えてもらった。
姿勢に気をつけて、言われるままに的を定めで、引き金を引く。思った以上に衝撃が重い。小さい武器だから扱いやすいわけでも、軽いわけでもなかった。
何発か試し、的の端をかすめることはできた。
満足感に浸っていると背後からアノンが声をかけてきた。
「ねえ、ライオット。魔術具、使ってみてよ」
振り向いたライオットに、アノンが差し出してきたのは、改造し終えた拳銃。銃身と銃把に文様が刻まれている。
ライオットはイルバーに銃を返し、アノンの拳銃を受け取った。
「構えて」
アノンの静かな声に、ライオットは従う。イルバーが数歩後ろに下がった。
ライオットはイルバーに教わったことをなぞり態勢を整える。
「僕が補助する」
アノンが横に立つ。ライオットの手に指先を這わす。
「弾倉に魔力を込める。イメージは氷。氷の表層を硬質化させるように込めて」
ライオットは言われるままに、銃へ魔力を注ぎ入れる。
「大丈夫、いける。引き金を引いて」
言葉に誘導されて、引き金を引いた。
どおんと銃声が響くなり、的の一つが凍り付いた。
その瞬間、場の空気が変わった。
的が凍りつくなど、誰も予想しえないことだった。
(あからさまに、魔法を使って!)
ライオットは閉口し、驚愕のなかで、慌てかける。
周囲の顔色なんてアノンはどうでもよかった。自身の作った魔術具が間違いなく作動すると分かり満足だった。
次の狙いをライオットに指示する。
「氷ができるなら、粘着性の高い魔力の練り方もできるよ。イメージして、硬化させて」
静かなアノンの言葉に引っ張られるようにライオットの魔力が銃に吸われていく。
「放って」
アノンの言葉に操られるように引き金を引かされる。
放たれた魔力は、凍り付いた的の表面に、蜘蛛の糸のようにべったりと白く張り付いた
「僕が調整するから試しに火球もあつかってみなよ」
ライオットの内側から、アノンは容赦なく、暴力的に魔力を引き上げていく。ライオットは身を引きそうになる。
「逃げるなよ」
アノンが低い声でどやす。
「構えろ」
容赦なく命じられ、ライオットは食いしばった。
拳銃の周囲を魔力が渦を巻く。視覚的にも炎の幻影が映り、拳銃に吸い込まれた。
「硬化した」
炎は消え、世界は静まる。ライオットの耳奥で心臓が早鐘を打つ。
「放て」
言うがままに、引き金を引かされた。
小さな火球が放たれる。すぐにそれは数倍の火球へと膨張し、粘着質な糸に包まれた氷結した的へと吸い寄せられる。
ぶつかるなり、爆ぜ、閃光が飛んだ。刹那、世界は色を失う。
光が薄れ、世界に色味が戻る。ライオットの視界の端で、斜めに顔を傾けるアノンが口角をあげていた。
「僕は魔法使いだよ」
周囲の男たちの視線をすべて受け流し、アノンはすごむ。




